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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第一部 僕と私(ぼく)
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第六話 不始末 2

 何故玲さんが、僕と古谷さんしか知らない筈の秘密事を知っているのだろう。 まさか偶然僕達を見つけ、これ幸いと聞き耳をそばだてていたのだろうか。


「ん、だって私その時、君らが話してた非常階段の扉の裏に居たもん」


 その真相は思いもよらぬ方向からやってきた。 なるほど気が付かないはずだと納得しつつも、新たな疑問が浮かび上がってくるのも全く自然だった。


「玲さんは何でそんな所に居たんですか」

「何で、って。 私のいこいの場所だもん、あそこ」


 一つ問いただせばすぐさま答えが導かれ、そして更なる疑問が浮上する。 本来聞かれる立場であったはずの僕が、どうして彼女に聴取しているのか。 考を巡らすほど虚しくなる事は分かり切っていて、しかし敢えて玲さんのペースに巻き込まれた方が余計な詮索をしなくて済みそうであったから、


「玲さんがそう言うほど、いい場所なんですか?」と、僕は彼女の話頭に自ら乗りかかった。


「うん、さすがに冬の間は寒すぎて居られないけど、大の字で寝っ転がれるくらい踊り場が広いし、外枠も高いから風もこなくて今の時期のお昼時だとちょうど太陽が真上にいるからぽかぽかして気持ちいいんだよ。 その場所でお昼食べて、予鈴が鳴るまでお昼寝するのが私の日課なの」


 なるほどそういう理由かと納得した矢先、彼女の顔色の雲行きが次第に怪しくなっていく様を、僕は見逃さなかった。


「でも今日は、思わぬ来客に邪魔されて全然寝られなかったんだよねー。 まったく、君たちは何であんなトコで青春ごっこしてたのさ」


 どうやら玲さんが僕を呼び出した本来の目的は、日課の睡眠を邪魔された事に対するお小言を僕に食らわせる為のようだった。 しかし言うに事欠いて青春『ごっこ』とは、先輩という立場にかんがみてもはなはだ口が過ぎたものだと、僕は心持を悪くした。


 その言葉の意味する諸事しょじ万端ばんたんが僕のみに向けられたものならばともかくとして、あの場には古谷さんも居た訳であり、彼女の心情すらわきまえない玲さんの無神経な発言に、僕は相手が先輩という事すら忘れ、苛立ちを覚え始めていた。


「青春ごっこじゃなくて青春そのものだったんですけど」

 その不機嫌極まりない口吻こうふんはおよそ普段の僕には似つかわしくなかった。


「へぇー言うじゃん。 だったら何であの子にあそこ(・・・)まで言わせといてハッキリした返事あげなかったのかなぁ? ああいうのはやっぱり男の子から迫ってあげないとねー」

 しかし玲さんはそうした僕の無礼な態度すらあっさり受け流したうえで僕を殊更ことさらあげつらってくる。 無神経という言葉が僕の脳裏をよぎった。


「先輩、寝ようとしてた割には結構しっかり聞いてたんじゃ――」

「おだまりっ!」

「……はい」


 重箱の隅をつつくしゅうとめよろしく鋭い一喝で、僕の生意気は無残にも彼女に一蹴いっしゅうされた。 しかし、偶然あの告白を聞いていたとはいえ、今日出会ったばかりの玲さんにすら、竜之介や三郎太と同様の言葉を言われるとは思いもしておらず、次第に僕の心には仄暗ほのぐらい消沈の色がにじみ始めていた。


「大体さぁ、悩む必要なんて無いじゃん。 君らなんてまだ高一だし、とりあえず付き合ってみて、もし合わなそうだったらその時は素直にごめんなさいして、次の恋に花咲かすってのが青春ってもんじゃないの? 恋は一度きりなんてルールは無いのに、だから君らのは青春ごっこ(・・・)なんだよ」


 人の気も知らないでずけずけと言う人だと、僕は下唇を噛んで不服の味を確かめた。 先の『ごっこ』発言といい『男ならば』発言といい、彼女は消沈気味の僕にはばかることなく無作法に心を掻き回してくるものだから、まるで手に負えない。 次第に、この如何いかんともし難い状況に甘んじている自身すらも許せなくなり、更なる苛立ちが僕の中に立ち込め始めていた。


「――そこまで言う先輩はこれまでの人生の中で、さぞかし素敵な恋を実らせては腐らせてきたんでしょうね、羨ましい限りです」


 滾々(こんこん)と胸の内に沸き立つ苛々が、つい表に出てしまったのだろう。まるで僕らしくも無く、実に嫌味ったらしく皮肉たっぷりに彼女へ苛立ちをぶつけてしまった。


「そりゃあまぁ、あれだけ言われて行動も起こせないような誰かさんみたいなつまらない男とは付き合った事はないかなぁ? あ、君ひょっとして、昔恋沙汰で何かやらかしたんじゃないの? だったらその女々(めめ)しい態度にも納得だけど……ん? どしたの?」


"何それありえないんだけど――"


 どくん、と、僕の胸に不整脈のような強い動悸が流れる。 その動悸は徐々に早く、激しくなってゆき、ついには立っていられなくなるほどの眩暈めまいを覚えた僕は、その場に片膝を付いてへたり込んでしまった。


「ちょ、ちょっとどうしたの急に?! 呼吸荒いけど大丈夫なの?」


 玲さんの心配する通り、僕の呼吸は唐突に訪れた激しい動悸の所為せいか、呼吸のタイミングが分からなくなるほどに乱雑なものになってしまっていた。


 胸が、苦しい。 次第に視界が狭くなる。 どうして急に、こんな事になってしまったのか。 いや、確かに僕は耳にしていて、そして思い出してしまったのだ。 『あの時』の出来事を。


「ほんとに大丈夫?! 先生呼んでこようか?!」


 うずくまったまま息も切れ切れな僕の肩を優しく揺すってくれていた玲さんの献身(むな)しく、僕は更なる倦怠感にさいなまれていく。


"ちょっとみんな聞いてよー! 綾瀬って実はさ~!"


「せん……ぱい、は、なれ、て……」

「え?! 何って?」


 既に、限界だった。 何とか押し戻そうとしたものの、それは奔流ほんりゅうの如く僕の内部を滔滔とうとうと駆け巡り、そうして、


"気持ち悪いから二度と近寄らないで――"


「――っ!!!」


 僕は、玲さんの目の前で嘔吐おうとしてしまった。

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