第二十一話 誤解 14
「……まだ繋がらない。 誰かと話し中なのかな」
二十時過ぎ。 私は風呂を済ませたあと、自室のベッドの上に座ってユキくんの携帯電話に通話を試みようとしていた。 しかし、彼は今まさに誰かと通話中のようで、二、三度掛け直してみたものの、呼び出し音は鳴らなかった。 最悪SNS宛のメッセージを送っておけば良いかと妥協しそうになったけれど、やはりこの件については、どうしても口頭で伝えておきたかった。
――今日の球技大会のバドミントンの試合中、私が怪我をしてしまったせいで、私とユキくんペアは、十分狙えていたはずの二位を逃して三位となってしまった。 私は怪我で退場し、治療後は安静を取って保健室で待機していて、閉会式とホームルームが終わった後に真衣が私の持ち物一式を保健室に運んでくれたお陰で教室に戻る手間も無く(その時に球技大会の順位を教えてもらった)、怪我の事もあったから母に連絡して車で迎えに来てもらって帰宅したので、怪我直後からはユキくんと顔を合わせていない。
普段はそれほど熱を帯びていないユキくんがあれほど熱中していた試合を、私の怪我のせいで台無しにしてしまったのだから、取れるはずの二位を逃してしまったという悔しさは少なからずユキくんの胸の内に抱かれているだろう。 だから私は、彼に謝りたかった。
別に明日学校で会った時に謝れば良いとも思う。 でも、何故だか分からないけれど、今日謝らなければ、ユキくんとの距離が遠ざかってしまいそうな予感がしていて、だからこそ掛けた事も無い電話で、彼に謝罪を果たそうとしていたのだ。
今はまだ夜もそれほど深くない。 さすがに一時間以上も長話はしないだろうと勘繰った私は、三十分後にまた掛け直そうと決めた矢先に、ふと、ユキくんの電話の相手に目星をつけた。 その相手は――三郎太くんかも知れない。 もし三郎太くんと通話していれば、三郎太くんの方も電話が繋がらないはずだ。 そして私は何を思ったのか、推測の域も出ないままに三郎太くんへ電話を掛け始めた。
しかし――予想は外れて、呼び出し音が鳴り始めた。 この時私は、何故後先考えずに三郎太くんへ電話してしまったのだろうと冷静になって、少し焦りを覚えた。 しかし、今更電話を切るのも不自然だったから、私は三郎太くんが通話に応じるまで待機していた。 それから呼び出し音が五度ほど鳴ってから、三郎太くんが通話に応じた。
『もしもし? 珍しいな千佳ちゃん、こんな時間に電話なんて掛けてきて。 何かあったのか?』
彼の対応は、学校と変わらず気さくだった。
「急にごめんなさい。 実は――」
私は、ユキくんが通話中であり、その相手が三郎太くんだと思っていて、その予想を確かめようと三郎太くんへ電話してしまった事を正直に話した。 すると彼は『ハハハハ』と大いに笑った。 自分でも自覚はしていたけれど、やはり私の行動はどこか的が外れていたように思う。
『面白い事するんだな千佳ちゃん。 で、何で俺がユキちゃんと電話してると思ったんだ?』
「なんとなく、かな」と私が言うと、三郎太くんはまたハハハと笑った。
『まぁ、リュウの奴より俺の方がユキちゃんと電話してそうってのは合ってると思うわ。 俺も言うほどユキちゃんには電話掛けないけど、リュウはそもそも電話自体を掛けてこられた試しがねーからなぁ。 だから、ユキちゃんの電話の相手はリュウでもないと思うぜ』
「じゃあ、誰と電話してるのかな」
『さすがに真衣ちゃんと長電話するほどの仲でも無いだろうし、他の同級生ってのもあんまりイメージが沸かねーし、――案外、例の先輩だったりしてな』
「……」
三郎太くんが口にした推測を耳にして、私ははっとした。 なるほど彼の言う通り、今ユキくんと電話している可能性の一番高いのは――今日せっかく二人きりで話したのに、名前を聞きそびれてしまったので先輩の名前が分からない。 ひとまず先輩と呼んでおこう――ユキくんと電話している可能性の高いのは、あの先輩だろう。 だとすれば、ユキくんが先輩へ電話を掛けたのか、はたまた、先輩がユキくんへ電話を掛けたのか、そこが少し気になった。
今日、保健室で先輩と二人きりで言葉を交わして、ユキくんの事は何とも思っていないと先輩から直接聞く事が出来たから、たとえ先輩から電話を掛けたにせよ、そういう理由で掛けていないとは信じられる。 だけど、もしユキくんの方から先輩へ電話を掛けていたら、ユキくんは一体何の目的で先輩に電話を掛けたのだろうか。
ユキくんの事を疑っている訳ではないけれど――いや、その思考がそもそもおかしい。 先輩がユキくんを選ばないであろう事は承知しているけれども、ユキくんが先輩を選ばないという確証は、無い。 だって、私とユキくんは、恋人同士でも何でもないのだから。
だから、ユキくんが先輩に好意を持っていたところで、私がユキくんの事を非難したり、失望したりするのはまるで筋違いだという事だ。 私か、先輩か、もしくは他の女の子か。 選ぶのはあくまで彼であって、断じて私じゃあ無い。 それは彼に告白を果たしたあの時から、分かっていた。
――分かっていたはずなのに、どうしてこんなにも、胸が苦しいんだろう。




