第二十一話 誤解 10
「ん~、やっぱり脚伸ばしながら湯に浸かれるのは気持ちいいよなぁ。 球技大会の疲れも吹っ飛びそうだぜ」
僕は少し遅れて大浴槽で二人と合流した。 そのうち三郎太は両腕を天に掲げながら伸びをしている。 確かに、脚を思い切り伸ばしての入浴はとても心持が良い。 こうもリラックスしてしまうと、風呂でうとうとしてしまう人の気持ちも分からないでもない。 僕も湯の中で目一杯脚と腕を真正面に伸ばしながら、球技大会で酷使した身体を労った。
「なぁ、ここの湯ぅ、ちょっと温ないか?」
突として、竜之介が湯の温度が足りないと言ってくる。
「そうか? 俺はこのぐらいがちょうどいいけど、ユキちゃんは?」
「僕もこれぐらいがいいかな。 何ならもうちょっと温めでもいいぐらいだよ」
今浸かっている湯が適温だと僕達が述べると、竜之介は腕を組みながらうーんと唸っている。 やはり竜之介には、ここの湯の温度が物足りないように思われる。
「ほんだら俺は向こうの湯ぅに行ってみるわ。 向こうの方が温度高いみたいやしな。 どうも温度が低いと疲れが取れ難ぅてなぁ」と言いながら竜之介は立ち上がり、今の湯の真反対側にある大浴槽の方へと向かっていった。
「リュウのやつ、うちのじいさんみたいな事言ってるぜ。 年寄りは感覚が鈍ってるから熱い寒いが伝わりにくいんだってな。 だから風呂は高温が好きらしいぜ。 前テレビでやってたわ。 あいつの場合は全身筋肉のせいで温度が伝わりにくいんじゃねーの?」
高温を求めて去っていった竜之介に理由をこじつけて、三郎太がけらけら笑い飛ばしている。
「感覚を受けるのは皮膚なんだから、筋肉があっても変わらないでしょ。 ただ単に竜之介が熱い風呂好きってだけじゃないのかな」
「ま、それもそうだな。 それよかユキちゃん、球技大会中、千佳ちゃんとはいいムードだったのか?」
竜之介の湯の好みにはもう興味が失せたのか、たちまち話頭を転じた三郎太が身も蓋もない事を訊ねてきた。
「いいムードって。 別に普段通り接してただけだよ」
先の三郎太の物言いにちょっと引っかかるところはあったけれども、どうせ毎度お馴染み僕の古谷さんに対する接し方についてのからかいだろうと踏んだ僕は深く考えず素直にそう答えた。
「何だよ勿体ねーなぁ。 ユキちゃんの方から千佳ちゃんをペアに誘ったって聞いてたから、いよいよユキちゃんも重い腰を上げたのかと思って期待してたのに」
「一体何の期待なんだか。 確かに誘ったのは僕だけど」
「いやいや良く考えてみろよユキちゃん。 自分の好きな人にペア組もうか、って言われて喜ばないヤツがいると思うか? 多分千佳ちゃんは相当喜んでたと思うぜ。 それなのにユキちゃんは普段通り接してたとかつれない事言ってるし。 あー、勿体ねーなぁ」
先程から勿体無い勿体無いと、まるで僕の古谷さんに対する接し方が否定されているかのような三郎太の口ぶりにちょっとむかっ腹が立ってきた。 だから僕は柄にもなく反射的に「じゃあどうすれば良かったのさ」と彼に突っかかってしまった。
「そうだなぁ、俺だったらまず、さりげなしに『俺も君とペアが組めて嬉しい』って事を伝えつつ、相手の出方を見る。 相手が好印象を持ってたらそのままグイグイ攻めていって、もし反応が薄かったら相手に熱が入るまでの下地を固める。 まぁ、相手がこっちの事を好きって前提ならそんなのは必要ないだろうけどな」
三郎太はまもなく自身の思う、女性との『勿体無くない』接し方を語り始めた。 彼にしては至極まっとうな事を述べているような気がする。 ひょっとすると彼の話のどこかに男の容の参考となり得る観念があるかも知れない。 僕はふんふんと相槌を打ちながら、三郎太の言葉に耳を傾けた。
「それで、今ちょうど暑い時期だから、試合の後とかに喉渇いてねーかって気を利かせたりして、喉渇いたって言われたらじゃあ俺が買ってくるよって伝えて、相手が何を飲みたいか聞いてから自販機に走るんだ。 この時に重要なのが、自販機で買うのは相手に頼まれた一本のみな」
「どうして自分の分は買わないの?」思わず僕は口を挟んでしまった。
「そこがこれからの話のミソよ。 んで、戻って相手にそれを渡したら、相手はこう聞いてくるはずだ。 『そっちは喉渇いてないの?』って。 そしたらこう答えるんだ。 『俺は喉渇いてないから大丈夫だよ』ってな。 そう言われたら相手はそうなのかって飲み物を飲み始めるはずだ」
三郎太は依然意気揚々と語りを続けている。 疑問を感じる度にいちいち話の腰を折るのも悪いから、僕はこれ以上口を挟まない事にした。
「それからちょっと間を置いてから『今日は暑いな』って、さりげなく暑さを意識させるんだ。 同時に手で顔に風を送ってみたりすれば尚ベストだ。 それで、その素振りに気が付いた相手は『これで良かったら飲む?』って、さっき買ってあげた飲み物を勧めてくるから、その時は素直に『じゃあ少しだけ貰うよ』って飲むんだ。 んでここからが大切だ。 飲み終わって相手に飲み物を返した直後に『あ、これ間接キスになっちゃったね、ごめん』ってさらりと言うんだよ。 ここで相手に嫌がられてなかったらこっちのもんよ。 『別に嫌じゃない』なんて言われた日には『だったら間接じゃなくって、直接キスしてもいい?』って相手の顔に迫って行って、相手が拒否らなかったらそのまま床に押し倒して熱いキスを――」
「いや待って待って。 生徒も先生も居る所でそんな事出来る訳ないでしょ……」
三郎太らしからぬ真面目な相好で語っていたものだからこちらも大真面目に聞いていたけれど、前半部はまだしも後半部は大真面目に耳を傾けていたのが馬鹿馬鹿しくなるほどに、まったく三郎太の行き過ぎた妄想に違いなかった。 僕は敢え無く彼の語りに割り込んで、もっともらしい正論を彼に突きつけた。 しかし彼はちっとも顔色を変えず、そればかりかどこか誇らしげに腕を組んで、したり顔を決め込んでいた。




