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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
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第二十一話 誤解 7

 そうしてようように例の温泉へと辿り着き、三郎太の無料券で受付をスルーした僕達は、男風呂の更衣室で脱衣していた。


「んじゃ、おっ先ー」

 まさにあっという間に、三郎太が脱衣を果たして浴場へと駆け込んでいった。


「早っ。 おいサブ、ちゃんと身体(あろ)てから湯船入れよ!」

 竜之介が、幼子に対する親みたいな事を言っている。

「ったく、なんやかんやで一番はしゃいどるのはあいつやな」

「確かにね。 慌てて滑って転んでなかったらいいけど」


 僕も竜之介同様、親心のようなものが働いてしまい、一人失笑をこぼしていると、隣で脱衣していた竜之介が不意に目にとどまった。 三郎太ほど迅速では無いけれど、竜之介も既に脱衣を終えたようだった。 それにしても、普段の制服の上からでも十分把握はしていたけれど、こうしてじかに彼の肉体を目の当たりにすると、彼の筋骨隆々なのを改めて思い知らされる。


 せんだって彼から、柔道界を退しりぞいてからもうすぐ一年が来ると聞き及んでいて、やはり以前のような激しい柔道稽古をしていない為か、全盛期に比べると徐々に筋肉は落ちてきているらしい。 それでも、腹筋はまだうっすらと割れているのが確認出来るし、恐らく柔道で最も酷使するであろう腕周りは、ことによると僕の腕より三周りほど太いのではないかしらと思ってしまうほどに太い。 両腕を使って彼に腕相撲を挑んだって勝てやしないだろうと僕に思わせるほどの太さだ。

 男が憧れる男というものは、きっと彼のような人物なのだろうなと思っていた矢先に、卒然とこちらを向いた竜之介と目が合った。


「ん、何や優紀、どうかしたんか?」

 僕ははっと我に返った。 覚えず竜之介の肉体を凝視してしまっていたから、ちょっと対応に困った。 挙句僕は彼から露骨に目を逸らした。


「いや、その、竜之介ってやっぱり筋肉凄いなと思って。 じろじろ見ちゃってごめん」

「何やそんな事かいや、気にすんなや。 男が筋肉に憧れる言うんは男として当然やしな。 何ならもっと見てくれてもええんやで? 見られとると意識しとった方が、筋肉がより引き締まる言うしな」


 竜之介はそう言いながら僕に背を向け、突然筋肉を主張するポーズをとり始めた。 今にもはち切れんばかりの彼の筋肉が、僕の目の前で躍動している。 それから彼の上半身を一通り眺めた後、臀部でんぶ辺りに視線を落として間もなく、僕は咄嗟に彼の身体から視線を逸らした。 例の精神的嫌悪が働いてしまったのである。


 上半身ならばまだ平然を保てそうだけれども、やはり下半身に意識を向けるとどうにも精神的嫌悪が働いてしまうらしい。 そうして自己分析を終えた頃、竜之介はポーズをとり終えて、受付でバスタオルとは別に貸し出されたフェイスタオルを肩に担ぎ、まったく威風堂々と浴場へ歩き出したかと思うと「ほんだら俺も先行っとくで」と言い残し、浴場に通じる引き戸をがらがらと開け放って肌色の世界へ進入した。


 竜之介が脱衣所を去った事で、いま脱衣所には僕一人しか居ない。 まだ日中という時間帯も幸いして、想像していたよりも来客は少ないようだ。 よし、と意気込んだ僕は、脱衣所の誰も居ないのを良い事に、残していた下着を一思いに脱衣し、せかせかとタオルを腰に巻いた。


 タオルが比較的丈長のお陰で余裕を持って腰に巻く事が出来たから、絶えず手で支えていなくとも、余程激しく動き回らない限りはタオルが腰からずり落ちる事は無いだろう。 これで肉体的嫌悪の方はひとまずカバーできそうだと、僕は幾許いくばくかの安堵を得た。 残す精神的嫌悪への対策に関しては最早、僕の心の持ちようにゆだねるしか無い。 そうして、鼓動の早いのを深呼吸で落ち着けつつ、とうとう僕は肌色の世界へ足を踏み込んだ。

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