第二十一話 誤解 5
間もなく閉会式は終了した。 僕達は各々の教室へと戻り、制服に着替えた。 それからホームルームが始まって、その時に先生が古谷さんの怪我の具合を教えてくれた。 どうやら軽い捻挫で済んだらしいけれど、今日一日は安静を取って親に迎えに来てもらうようだから、誰か彼女の荷物を纏めて保健室に持っていってやって欲しいと先生が生徒達に依頼し、たちまち平塚さんが名乗りを上げてその役を担う事となった。
そして僕も平塚さんと共に古谷さんの居る保健室に同行しようかとも思ってはみたけれど、先の玲さんとの軋轢の件も相まって心が思うように動いてくれず、結局その案は僕の心の深い所へ沈み込み、二度と浮き上がってくる事は無かった。
そうして程なくしてホームルームが終了し、今日はこれをもって解散となった。 現在の時刻は二時を回った直後で、普段より一時間半ほど早い下校だ。
部活動をやっているクラスメイトの一部からは、部活動の時間が延びたと慨嘆の声も上がっていたけれど、僕見たく部活動に参加していない者からすれば今日の早下校は思わぬ収獲だ。 時間的に余裕が出来るという事は即ち、心の余裕が出来るという事なのだから。 ただ、僕に至っては例の心持を未だ引き摺っていたので、早下校を手放しで喜べるほど気分は優れていなかった。
この心持の件もあった事から、今日はすぐさま帰宅を果たし、球技大会の疲れと汗を風呂で流し、夕食まで一休みし、夕食を終えた後は明日の段取りだけ済ませてからさっさと寝てしまおうと計画した。 こういう心持の優れない日は、すぐ寝てしまうに限る。
「ユキちゃんユキちゃん」
そうして、席を立って肩に鞄を下げようとしていたところを、三郎太に呼び止められた。
「どうしたの、三郎太」
僕の心の暗いのを悟られまいと、僕は努めて明るく対応した。
「あのさ、ユキちゃんってこれから何か用事あんの?」
「ううん、今日は球技大会で疲れたし、このまま真っ直ぐ帰ろうと思ってたけど、どうかしたの?」
「いやさ、ユキちゃんさえ良かったら、このあと風呂でも行かね?」
「――え、お風呂?」
一拍置いてから、思わず僕は聞き返した。
「そう、風呂。 この高校から歩いて十分ぐらいのところに温泉があるんだけどさ、そこの無料券を親が先月ぐらいにどっからか貰ってきてて、その期限が今週で切れちまうんだけど、俺んち温泉好きとかあんまいねーし、でも使わないと勿体無いからお前友達でも連れて行って来いって親に無理矢理渡されてさ。 んで今日は学校も早く終わったし、ちょうど球技大会で汗もかいたし、ユキちゃんさえ良かったら一緒にどうかなーと思ったんだけど。 あ、ちなみにリュウには声掛けてオッケーもらってるぜ。 あいつ結構温泉とか好きらしいから、俺が誘ったらすぐ食いついてきたわ」
なるほどそういう事かと一先ず事情は把握したけれど、正直なところ気が進まなかった。 例の心持も関係していると言えばそうだけれど、それ以上に僕が公衆浴場へ行きたくない理由があったのだ。
「僕、バスタオルとか持ってきて無いんだけど」
だから僕は、何かしらの理由を付けて断る作戦に打って出た。
「ああ大丈夫大丈夫、この無料券に貸し出し用のバスタオルとかのサービスが含まれてるらしいから気にしなくていいぜ」
無料券にしては中々の高待遇っぷりである。 しかし、
「でも、着替えはさすがに貸し出してないよね」
やはりそこが気になった。 特に下着の問題は顕著である。
「それぐらい気にすんなってー。 女だったらそういうの気にするのかも知れねーけど俺ら男だし、家に帰ってからパンツだけ替えりゃ問題ねーっしょ。 なぁ~、行こうぜーユキちゃ~ん」
そう言われてしまったら、僕はぐうの音も出せない。 よし僕がそれでもなお拒否の姿勢を示したら、僕は僕の中に育ちつつある男を否定する事になってしまう。 それだけは肯えない。 結局、二転三転と暗に断ろうとして、却って逃げ道を塞いでしまった僕は「そこまで言うなら僕も行くよ」と、いよいよ承諾せざるを得なかった。
「そうこなくっちゃ! んじゃリュウにも伝えてくるわ」
三郎太は僕の承諾を聞くや否や、竜之介の席へと小走りに向かっていった。 しかし、とんだ事態になってしまったなと、僕は例の心持すら上塗りされるほどの新たな感情に苛まれていた。
僕は、男性の裸を見るのと、男性に裸を見られるのが、頗る苦手なのだ。




