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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
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第二十一話 誤解 4

『第三位、三年四組。 第二位、二年三組。 そして、優勝は……三年一組のみなさんです!』


 体育館で執り行われていた球技大会の閉会式。 球技大会実行委員の女子生徒が舞台の上でマイク片手に三位から順位を読み上げ、優勝したクラスが読み上げられた時には、恐らく優勝したクラスであろう三年一組の生徒が一斉に、わあっと沸き立った。 それから、順位を読み上げられたそれぞれのクラスの代表が舞台に上がり、校長先生から表彰状を受け取った後『それではもう一度拍手~』と実行委員が生徒にうながし、入賞者達は舞台の上ではにかみながらも、全校生徒からの喝采を誇らしげに受け取っていた。


『えー、今年も夏真っ盛り! 昨日と今日の二日間、実に暑い中、それぞれの競技で学年を超えた熱い戦いが繰り広げられてきたと思いますが、実は! 私個人で惜しいなーと思う事が一つありました』


 入賞者達が壇上を降りている最中、実行委員が再びマイクを通して語り始めた。 舞台の上でただ一人、あまつさえ全校生徒の前で臆する事無く饒舌じょうぜつに喋り続ける事の出来る度胸は、胆力云々うんぬんというよりも、最早才能の一種のように思われた。


『私も三年なんですけど、やっぱりこういう行事って上級生の方が強いんですよ。 まぁ、二、三年生は前年、前々年と球技大会をこなしてる訳で、一年生に比べたら各個人の経験値が全然違うんですねー。 実際私が一年生の時の球技大会も、上位に入賞した学年は三年生ばっかりでした。 えー、ちなみにその年の球技大会、私はドッジボールに出てたんですけど、慈悲の無い野球部の先輩からの剛速球を運悪く顔面に受けて、気絶して担架で運ばれました! 井上ーっ! あんたの事だーっ! おかげでその日から私のあだ名は『鼻血ブー子』だ! 女子相手に本気になりやがって、少しは手加減しろやーっ! って、もう卒業して居ないけど』


 少し話が脱線し、実行委員が自分の身に起こった体験談を面白おかしく語っている。 彼女の自虐混じりの語りは、どっと体育館内に笑いを沸かせた。 こういう自分に対してのマイナスイメージをプラスに転換出来る人は、心が広くて、きっとどんな事をやっても成功させてしまうのだろう。 名前も知らない先輩だけれど、僕も敬意を表して大いに笑った。


『えー、まぁ、私が鼻血出して倒れたなんて話はどうでもいいんですけど、やっぱり、上級生は強いんです。 けど、今年はなんと! 上位入賞は逃しちゃったんですけど、四位に一年一組が滑り込んでいるんです! いやー、点数を見たら実に惜しい! どこかの競技であと一勝か二勝してたら分かんなかったかもしれないですねー。 という事で、惜しくも上位入賞は逃しちゃったんですけど、一年生ながら上級生相手に奮闘した一年一組のみなさんに大きな拍手を~!』


 実行委員がそううながすと、体育館は再び拍手に包まれた。 結果的に僕達一年一組は四位という順位に落ち着いてしまったものの、先の実行委員の話から察するに、この順位は一年生にしてみれば佳良の出来らしい。 ならばそこまで落胆する事も無いだろうと、僕の周囲のクラスメイトは四位という結果を受け入れつつあった。 僕も勿論、この順位には納得しているつもりで、けれど、今もなお僕の胸の内に広がる薄黒い霧は、一向に晴れる気色が無い。


「なんや優紀、まだ落ち込んどるんかいな」

 悄然しょうぜんとしている僕に気が付いたのか、隣に居た竜之介が声を掛けてきた。


「あの試合は確かに惜しかったけど、優紀がいつまでもそんな顔しとったら千佳ちゃんにもいらん心配掛けてまうで」

「いや、僕は大丈夫だよ。 ちょっと考え事してたから落ち込んでるように見えちゃったかも。 でも、心配してくれてありがとうね竜之介」


 それはまったく出まかせの強がりだった。 竜之介は「そうか、ならええけど」と若干のいぶかしみを残しつつもそれ以上僕の様子のおかしいのを追及する事も無く、再び舞台の方へと居直った。


 しかし、彼に心配を掛けまいと強がってはみたものの、それでも彼に平気だとうそぶいてしまった事に対する罪悪感はぬぐえ切れず、やがて濃霧が僕の心を覆い尽くした。 そもそも、このような暗い心持をいつまでも引き摺っている理由は何だろうか。 僕は例の消去法で答えを求めようと思考をめぐ――


"でもじゃないっ!"


 ――らせるまでもなく、存外答えは近しい所に転がっていて、そうして覚えず首肯しゅこうしてしまいそうなほどに、納得した。

 僕は、怪我をした古谷さんが玲さん達に担架で保健室に運ばれようとしていた際に同行を求めた矢先、玲さんから拒絶に近い口調で申し出を切り捨てられた事を、未だに引き摺っていたのだ。


 ――梅雨の時節、何者かに傘を盗まれた玲さんを雨に濡らしたくなかった僕が、彼女を家まで送り届けてからというもの、僕と玲さんの距離は、一つ傘の下で密着していた時の如く、以前より接近したように思われた。 距離が接近したと言えば誤解を招いてしまうかもしれないけれど、それは別に男女間の関係だとか恋仲だとかではなく、ただ単に人と人との親密の度合いの話である。


 その中でも最も変わったと言えるのは、一月ひとつきに一、二度だった彼女とのSNSをつうじてのやり取りが、週一に一度以上になった事だろうか。 それこそ会話の内容は単調極まりない。 玲さんのまるで気まぐれな内容が最も多く、時には文章を一文字も使わず、SNSアプリに標準で内臓されている絵文字のみを使用して僕に難解な暗号めいたメッセージを送ってきたりもしていた。


 彼女がそうしたものを僕に送り始めた当初は、何かしらの意味合いが込められているものかと思い、それなりに時間を掛けて解読を試みようとしていたものの、いくら時間を掛けても一向に解読は進む事もなく、次第にこの怪文章はただ単に多数の絵文字を無造作に羅列させているだけで別段何の意味も持っていないであろうという事実に気が付いた僕は、玲さんが僕をからかう為の口実として、そうしたものを送りつけていただけに違いないという断案を下した。


 しかし、玲さんの思惑を知った僕が、彼女のメッセージに対しぞんさいな対応をしていると、彼女は不貞ふてくされてしまう。 だから僕は、彼女の思惑を知りつつも、相応の対応を取らなければならなかった。 正直に言ってしまうと、少し面倒ではあった。 けれどその面倒が、僕には何故だか心地が良かった。


 別段理由も無く、解読不能のメッセージを僕に送りつけて玲さんがからかってくるたびに、僕は彼女との距離の近しいのを感じていた。 彼女が以前より頻繁にそうしたメッセージを僕宛に送ってくるという事は、彼女がそれだけ僕に気を許しているという事の裏返しに違いないだろうと思い込んでいたからだ。 けれど、今日の玲さんの一喝で、その思い込みは見るも無残に砕け散った。


 古谷さんとペアを組んでいたからとは言え、出しゃばった真似をしてしまったと自覚はしている。 玲さんの言った通り、僕が古谷さんに付き添ったところで何も出来ないのはあの時点で判り切っていた事だ。 でも、それでも、あそこまで突き放さなくたって良かったのではないだろうかと思わずにはいられず、彼女に一喝されたあの場面を脳裏に思い起こす度に僕はひどく心持を悪くさせられていたのだ。


 あの時の玲さんの声色は、未だに僕の耳底で木霊こだましている。 木霊するたびに僕と彼女との距離は、ひどく遠ざかっていくような気がする。 せっかく近づいた彼女との距離が、僕の些細ささいな出しゃばりで台無しになってしまうなんて思いもしなかった。 後生大事にしていた陶器の置物を、誤って手から落として粉々にしてしまったかのような気分だ。


 覆水盆に返らず。 僕は心に深い影を落としながら、ひたすらにあの時の僕の軽率を悔やみ続けた。

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