第二十一話 誤解 3
同性の私から見ても、先輩は表情豊かで綺麗な人だと思う。 おまけに背も高くて、スタイルも良い。 私などが先輩と対峙したって何一つ勝てる要素が無さそうだ。 その先輩が本気でユキくんを落としにかかったら、これまで私の築いてきた彼との関係性など一瞬にして塵と化し、そしてユキくんは私なんかより、きっと先輩を選ぶだろう。 だって、私なんかが先輩に敵いっこないのだから。
「それは、まぁ、君も知ってる筈だし、隠すつもりもないけど、私はあの子の連絡先も知ってるし、何だかんだであの子と気が合うところもあるから、これまでに何度かメッセでやり取りもして、ある程度の事は知ってるよ」
先輩は少し困った様子で、半ば言葉を探すように答えた。 もしかすると、下手な事を言うと私を傷つけてしまうかも知れないから、私に気を遣って言葉を選んでくれていたのかも知れない。
「でもね、君はまだ勘違いしてるっぽいからこの際はっきりしとくけど、私とあの子はそういう関係じゃないし、私もあの子の事は何とも思ってないからね。 むしろ私は、君達の関係を応援してるくらいなんだよ? 成り行きで君達の関係を知っちゃったとは言え、こんな奇妙な恋の話、映画でだって観た事ないからね。 だから私はただの傍観者として君達の行く末を見届けさせてもらうつもりだよ。 あ、でも私は今年で卒業しちゃうから、出来れば私が卒業する前に決着つけて欲しいな。 結末も見ない間に席を立つのは嫌だからね。 だから君も自分にもっと自信を持って、あの子に振り向いて貰えるように頑張りなよ」
「――ふふっ」つい、笑ってしまった。
「え? 今笑うところあった? 結構真面目に答えたつもりなんだけどなぁ」
「いえ、違うんです。 ただ、傍観者の割には結構あれこれ言ってくるなぁって思って、つい、ふふふっ」
また、笑いが堪えられなかった。 でも、実際そうだ。 傍観者を名乗るならば先輩は、黙って私達の関係を見届けなければならないはずだ。 なのにこの人と言えば、傍観者の癖に観客席から演者に注文を出してくるわ、自分の都合で席を立つ前に演目を終わらせろなどと無茶を言うわ、これじゃあまるで、自身の思い通りに私達の関係を脚色する映画監督そのものじゃないか。
そんなわがままを当然の権利のようにぶつけてくる先輩が妙におかしくって、ほんの少し前まで私が先輩に向けていた羨望や嫉妬の念さえもどうでも良くなってしまうほど、私の心は清々しいまでに晴れやかな気持ちになっていた。
「それは当然だよ。 面白そうだと思って見始めた映画がバッドエンドなんて嫌だからね。 だから私は、傍観者って名前のエキストラ。 君達が道に迷った時は道案内人になるし、悩み事がある時は相談者として君達の悩みを受け付けてあげる。 その代わり、必ず私にハッピーエンドを見せるんだよ?」
それはもう傍観者の域を超えてしまっているんじゃないだろうか。 けれど、ユキくんとの関係について遠慮無く相談出来る人が身近に居ると考えると、これ以上頼もしい人材は無いだろう。
「先輩って、結構強引ですよね。 でも、今日先輩と二人きりで話せて、何だかすっきりしました。 あと、先輩に色々失礼な事を言ってしまってすいませんでした」
「いーよ、そんな事気にしなくても。 それだけ度胸があるなら、きっとあの子ともうまくいくよ」
「そうだといいですね。 もしいつか、ユキくんが私に振り向いてくれる日が来たら、その時は私のエンドロールに、先輩の名前を是非載せますよ」
「ほんと? やったね。 それは結婚式に呼ばれるって解釈でいいのかな?」
「え?! いやいや! それはまだ気が早いですって!」
「あはは、冗談冗談。 でも、いつかあの子に君の想いが伝わるといいね」
「はい。 私もそう願っています」
私が観測していた一番星に突如現れた衛星は、いつの間にか、私というちっぽけな星の周囲も回り始めていた。 しかし衛星とは名ばかりで、ちっとも公転周期が安定しておらず、止まるほどゆっくりと動いていると思えば、今度は思いついたかのよう逆回転している。
そうして、気ままにあちらこちらに目まぐるしく動き回り、距離すら正確に把握出来ないその星はまったく自由奔放で、軌道の予測さえさせてくれない。 けれど、それが面白おかしくて、いつまで眺めていようとも飽きが来ない。 次に先輩が私に接近する時は、笑顔で出迎えるとしよう。
「――っ」
無意識の内に動かしてしまった左足が、ずきりと痛む。 でも、この痛みが無かったら私はずっと先輩とすれ違ったまま、一方的な嫉妬を送り続けてしまっていたのかも知れないと思うと、あまり怪我を喜ばしいだなんて言いたくはないけれど、今日、先輩とこうして二人きりで語り合えた事は、私にとって非常に有益だったと言えるだろう。 だからほんの少しだけ、この怪我に感謝しておこう。
怪我の功名って、こういう事を言うのだろうか。




