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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
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第二十一話 誤解 1

「じゃあ、後は任せちゃうけどお願いね。 グラウンドの方で熱中症の疑いがある子が居るみたいだから、先生はそっちに行ってくるよ」

「はい、わかりました」

「じゃ俺も一緒に行って来るから、もし人手が足りなかったら呼びに来るよ」

「うん。 って言っても私もすぐ戻ると思うけどね」


 白いカーテン一枚で区切られた向こう側で話し声が聞こえてくる。 何やら私以外にも救護の必要な生徒が居たようで、保険の先生と救護係の男子生徒は休む暇もないまま保健室から去って行った。 私と、救護係の女子生徒を残して。


 それから会話が途切れて間もなく、つかつかとこちらへ向かってくる足音を認めた私は緊張を覚えた。 それも仕方無い。 だって、怪我をした私をここまで運び、今もなお保健室に残っている救護係の女子生徒というのは――


「お、もうすっかり元気そうだね。 痛みも大分引いてきた感じ?」


 いつぞやに食堂で顔を合わせた、あの先輩だったのだから。 先輩は私の怪我の具合をうかがいながら、ベッドの上に腰掛けている私の隣に腰を下ろした。 思ったよりも私の近くに座ったものだから、顔は知っているけれど、やはり三年生の先輩という圧もあって、私は恐縮するように肩をすぼめた。


「あっ、はい。 動かすとまだ少し痛みは走りますけど、我慢出来ないほどじゃないです」


 緊張のせいか、出だしの声がうわずる。 これでは私が先輩に対し気を張り詰めているのが筒抜けだ。


「そっか、良かった良かった。 体育館で君を見てた時はほんとに痛そうだったから、もしかしたら骨折してるんじゃないかって心配してたんだ。 でも、軽い捻挫ねんざで済んで良かったね」


 保険の先生に診断してもらったところ、私の左足の怪我は捻挫だったらしい。 怪我の心当たりは、確かに記憶に残っている。


 ――私はあの時、ラインに乗るか乗らないかという相手の際どいショットがコート内に入ると確信していて、気が付けばシャトル目掛けて走り出していた。 けれど、それまでの激しいラリーの応酬で、私の体力は既に限界だったのも事実で、何とかシャトルは打ち返したものの、最早勢い付いた速度を制止するだけの体力すら残っておらず、結果、まるで言う事を聞かなくなった両足はその場でもつれ、それでも転倒しまいと先に前へ出た左足で踏ん張ろうとした際に、足の外側から床に着地してしまって完全にバランスを崩し、激しく転倒してしまったのだ。


 転倒した直後は、転んだ際に打ち付けた腕や膝などに痛みは走ったものの、この時は不思議とまだ左足首の痛みは無かった。 だから私はユキくんへ声援を送る事が出来たのだ。 それから彼が相手のスマッシュをじかに返球してポイントを得た時には嬉しくって、すぐさま立ち上がって彼と共に喜びを分かち合いたいくらいだった。


 しかし、その場に立ち上がろうと足を動かした次の瞬間、私は突然、左足首の激痛に襲われた。 体中に電流でも流れたかのような衝撃だった。 思わず私はその場でうずくまり、必死に痛みをこらえながら、激痛を発している左足首をさする事しか出来なかった。


 当初は、本当に足でも折れたんじゃないかと思い込んでしまうくらいの痛みだったけれど、保健室で湿布と包帯を巻いてもらってからは嘘の様に痛みが引いて、今では本当に怪我をしているのかと錯覚してしまうほど、すっかり痛みは沈静化していた。 けれど、いざ動かすと痛い事は痛いから、やはり保険の先生が言っていた「大事には至らなかったけど、絶対安静だよ」という言葉はおおむね正しかったと言えるだろう。


「それにしても、君には内向的なイメージを持ってたけど、案外やる時はやるんだね。 あの球を打ち返した時は思わず声が出ちゃったよ」


 先輩は笑顔を作りながら、続けて私の競技中のプレイを褒めている。 先輩は、いつから私達の試合を見ていたのだろう。 気が付かなかった。 と言うよりは、そもそもあれだけ人数の多い体育館内で、しかも先輩を探そうだなんて思考は私の頭にはこれっぽっちも無かったのだから、仮に先輩が体育館内にずっと居たのだとしても、見つけられなくて当然だったのかも知れない。 でも少し、気になった。


「先輩は、ずっと私達の試合を見てたんですか?」

「ううん、たまたまその時に居合わせただけで、それまでは他の競技を回ってたんだ」

「なるほど。 でも、救護係って事は、先輩はどの競技にも参加してなかったんですか?」

「うん、三年は各クラスから一人ずつ救護係を出さないといけなくて、その係に任命された人は競技には参加出来ないからね」

「そうなんですか。 でも、何で救護係は三年生だけなんですか?」


「詳しい事情までは私も知らないけど、三年は今年で球技大会が三回目で大会の流れも良く知ってるし、入学したばかりの一年生に救護係を任命しちゃったら、その子は初めての球技大会なのにどの競技にも参加出来なくて可哀想だから、って理由を先生から聞いた事はあるよ」


 なるほど。 と、私は先輩の話を聞きながら相槌を打っていた。 でも、


「そんな事情があったんですね。 でも先輩は、高校最後の球技大会に選手として参加したくはなかったんですか?」


 先ほどから先輩に質問ばかりしてしまっているけれど、これだけはどうしても聞いておきたい質問だったから、構わず私はそうたずねた。


「んー、出たくなかったって言えば嘘だけど、逆に考えれば、いま私がやってる救護係だって三年間の内に一回しか出来ないんだから、そういう限られた役を引き受けるのもアリかなーと思ってね」


「なるほど、そう言われてみると何だか貴重な経験にも思えてきますね」


「そうそう。 まぁ、いくら生徒全員が沢山の球技をこなしてるからって試合ごとに怪我人が出る訳でもないし、それこそこの二日間で大きな仕事と言えば今日君をここまで運んだ事くらいで、思ってたよりは楽な役だったよ。 みんなに比べて体力も有り余っちゃってるほどだし。 でも別に、後悔はしてないよ。 救護係で色んな球技を回ってる内に普段話さないような子ともいっぱい話せたし、こういう裏方の仕事も嫌いじゃない方だから、私にとっていい体験だったと思う。 もし君も興味があるなら三年になった時にしてみるといいよ、救護係」


 ――正直なところ、先輩が私に対し一定のイメージをいだいていたように、私も先輩同様、先輩に対しかたよったイメージを持っていた。

 私はこれまで先輩の事を、相手の気持ちなんてこれっぽっちも考えない無神経な人だと思い込んでいた。 けれどそんな不名誉なイメージは、先輩と対話している内にいつの間にか払拭ふっしょくされていて、私の目に映る今の先輩は、気さくで人当たりの良い優しい先輩にすっかり変化していた。

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