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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
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第二十話 球技大会 11

 きっと相手は、この勢いに乗じてスマッシュを打ってくる。 僕はそう確信していた。 いや、強引に確信でもしていなければ到底、初速数百キロを超えるスマッシュなどに対応出来る筈が無く、そして、この切羽詰った状況で僕が今思い付く最善の行動は、これしかなかったのだ。


 僕は、相手のスマッシュを前衛でダイレクトにブロックし、相手コートのネット際に落としてやろうと画策していた。 どう考えても無謀極まりない策なのだけれど、この状況で受けに回っていては確実に押し切られる予覚が僕の脳裏によぎっていた事から、僕に似合わない我武者羅がむしゃらな戦法なのは百も承知でこの無謀を受け入れていた。 どの道、一対二の状況が既に無謀なのだから、同じ無謀ならばわずかでも可能性の高い方法を選択しなければ勿体無い。 それ以上に僕は、古谷さんの不撓ふとうの精神を無駄にしない為に、何としてもこの一点だけは彼女に捧げてあげたかった。


 果たして相手プレイヤーの男子は、高い軌道から地上目掛けて落下中のシャトルを見上げながら都度立ち位置を微調整し、そして、ほんの一瞬、僕の顔を確認するように一瞥いちべつした後、再びシャトルを目で追っていた。 その確認が、相手が必ずこちら目掛けて真正面にスマッシュを打ってくるだろうという確信を僕に与えた。


 つい先程、相手プレイヤーの男子は僕の顔を確認するや否や、たちまち頭上のシャトルへと目を移した。 この行為は恐らく、僕がどの位置に居るかを把握したかった為だろうけれども、この時点で相手の脳裏には、二つの選択肢が生まれていた筈だった。


 一つは、前衛の僕を避けて左右どちらかに打ち分ける。 そしてもう一つは、僕目掛けてスマッシュを打ちかます。 という選択肢だ。 だけれど、前者の線は極めて低かった。 何故ならば、相手は僕の顔を見た直後、一瞬でも左右を見渡しもせずにシャトルへと目を移したからだ。


 よし相手が三郎太見たく、目線はそのままに左右へ打ち分ける事の出来るトリッキープレイヤーならば、僕の推察はものの見事に徒労へと成り下がり、完全にお手上げだ。 しかし、これまで数十回とラリーを続けてきた中で僕は密かに、多少なりとも相手のプレイ上の性格クセというものを捉えていた。


 今まさに僕と対峙している相手プレイヤーの男子は良くも悪くも馬鹿正直で、自らが向ける目線の方向へ真っ直ぐにシャトルを放ってくるのだ。 悪く言えば、単調で読み易い。 しかし目線の方向に真っ直ぐシャトルを放てるという事は、裏を返せば自分の思いの方向へ自在に球を飛ばせるという事だ。 事実これまでにその正確無比なショットで僕達は守備の穴を幾度となく狙われ、時には僕達が全く球にれない内にコート内へシャトルを落とされた事だってあったぐらいだ。


 でも今は、その単調さが救いだった。 左右へ振られない事が分かっただけでもスマッシュの予測範囲にある程度の見当を付ける事が出来る。 後は相手のショットの正確さと実直な性格クセを信じるしかない。 さぁ、確信は得た。 来るなら来い――僕はいよいよ覚悟を胸にしたためた。


 そうして、いざ決意はしたものの、やはり即席の覚悟などで恐怖は塗り潰せる筈も無く、僕は今まさに目の前で放たれようとしているスマッシュの動作を間近で視認しながらおびえていた。 当然だ。 いくら他の球技の球より小さく、それほど堅くないシャトルだからと言って、剛速球で目の前に飛んで来れば誰だって怖いに決まっている。


 残すところものの一秒にも満たないまたたき一つの内に、あのシャトルは僕目掛けて飛んでくるだろう。 もし、ラケットの面がずれて僕の顔にシャトルが当たったらどうしよう。 いくら柔らかいシャトルだからって、先端は結構堅いし、直撃したら痛いだろうな。 今すぐにでも顔をそむけたい。 今からでも後衛に逃げ去りたい。 あぁ、やっぱり、怖いや――


「ユキくんがんばれーっ!!」


 弱気の虫が僕を食い尽くそうとする中、その虫を払ったのは、古谷さんだった。 もう後方を振り向く余裕も無い。 恐らく彼女はまだ転倒から復帰していないだろう。 しかし、一つだけ確かな事はある。 それは、古谷さんが今、僕の背中を見ているという事だ。


 彼女の目に、僕の背中はどう映っているだろうか。 先程まで恐怖におびえて縮こまっていたから、きっと頼りなく映っているに違いない。 でも彼女は、どうしようもなく頼りない僕の背中に応援エールを送ってくれた。 ならば僕も、あの時夢に見た僕の男らしい背中に少しでも近づく為、いつまでも恐怖に縮こまっている訳にも行かなくなった。


 彼女の応援を背に受けた後、不思議と恐怖は何処かへ消えた。 そうして心身共に身軽となった僕はボレーの体勢を取りつつラケットの面をスマッシュの軌道予測ポイントの高さまで運んだ――その刹那、相手コートから放たれたシャトルは僕目掛けて真っ直ぐ飛んで来た。 僕はただ一心に "当たれ!" と願いながら腕を目一杯前方へ伸ばした――


 ――パシっ、という軽快な音と共に、右手に握っていたラケットから腕全体に衝撃が伝わってくる。 それから僕は、相手コートへ真っ逆さまに落下してゆくシャトルを確かにこの目に認めた。 僕の無謀が、勇猛に変わった瞬間だった。


 長いラリーからの決着だった為か、僕のブロックが決まった途端、僕達が試合をしていたコート周辺から、わぁっと歓声が上がる。 熱気溢れる会場の空気と、読み通りにブロックが決まった事に対する高揚感なども相まって、覚えず僕は、ぐっと力強く拳を握り締めた。


 これでスコアは十六対九。 このままストレートで勝たせてくれる相手でない事は分かっているけれど、それでも先のプレイで勢いは付いた。 流れは確実にこちらにある。 もう、負けるつもりなど更々無い。


 会場の歓声がどよめきに変化するまでは、確かにそう思っていたのだけれど。

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