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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
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第二十話 球技大会 3

「あれって、三郎太くんですよね?」

 古谷さんも三郎太の存在に気が付いたらしい。


「うん、でも結構厳しい状況みたい。 しかも相手チーム三年生でしょ。 三郎太も何とか粘ってるみたいだけど、あそこから逆転するのは難しいかもしれないね」

「でも、三郎太くん、まだ諦めていないみたい」


 彼女の言う通り、これだけ離れた距離から三郎太の身のこなし一つを見ていても、決して負けてやるものかという不屈の念がひしひしと伝わってくる。 そうした絶体絶命の圧倒的不利な状況にもかかわらず。未だ闘志がくじけない彼の在り方を見た僕の心は自然、熱くおどった。


「三郎太くんがんばれーっ!!」


 古谷さんも彼の熱気にてられたようで、彼女に似つかわしくない大声を僕の隣で張り上げて三郎太を鼓舞していた。 すると、相手チームからの速球をうまくキャッチした三郎太は矢継ぎ早にこれを投げ返し、相手プレイヤーの一人を打ち取った。


 当たり所が良かったのが幸いして、球は再び三郎太陣営へと転がってゆく。 片手でボールを拾い上げた彼は間もなく投球の体勢を取り、三郎太から向かって左側のプレイヤーに投球――するはずの球は、何故か右側のプレイヤーに向かって飛んでゆき、まるで意表を付かれた右側のプレイヤーは避ける事も捕球する事もままならず、棒立ちのまま打ち取られてしまった。 どうやら三郎太は、目線と投球の体勢で左側のプレイヤーを狙う素振りを見せた上で右側のプレイヤーを狙うというトリッキーなプレーを果たしたようだ。


 これで勝負は一対一、あとは完全な実力勝負だ。 今回は相手陣営に球が残ってしまったから、三郎太が後手に回った。 相手プレイヤーは外野にパスを回しながら様子をうかがい、数回パスを回したところで外野のプレイヤーが三郎太に向けて投球すると、低い球筋でありながら彼はこの球をうまく捕球し、再び攻守が逆転した。


 三郎太も先程の相手プレイヤー同様、外野にパスを回して牽制している。 それから手元に球が戻ってきた際に三郎太は投球の構えを取った。 相手プレイヤーもいよいよ投げてくるかと身構え、捕球の姿勢を取っている。


 そして三郎太の手から球が離れようとした瞬間、先の三郎太の投球戦術を警戒しての考か、相手プレイヤーは捕球の姿勢を崩して左に回避し、三郎太の今まさに放たんとする球の射線から抜け出そうとした。 しかし三郎太はそれすらも見通していたかのよう、その体勢のまま器用に、三郎太から見て右側の外野に鋭いパスを回した。


「リュウっ!」

「任せぇ!」


 ずっと三郎太に注目していたから目に入らなかったけれど、外野には竜之介も居たようで、三郎太は竜之介にパスを回していたのだ。 うまく竜之介側に誘導された相手プレイヤーが三郎太のパスに気が付いた時にはもう手遅れで、竜之介が受け取った球は間もなく彼の手から放たれ、回避する隙も捕球する間も与えないままに相手プレイヤーに直撃した。


 かくして大番狂わせの大逆転を果たした三郎太は、両の腕を天に振り上げながら勝利の雄叫びを上げている。 その歓喜は、体育館のバルコニーから観戦していた僕達のところにも余す事無く届いた。 隣では古谷さんが「やったやった!」と軽く拍手をしながら喜んでいる。


「すごいですね三郎太くん。 あそこから逆転しちゃうなんて」

「体育の時間とかで見てて運動神経が良いのは知ってたけど、あそこまで行くとセンスの域だね」

「ですねー。 普段おちゃらけてるギャップもあるから、格好良かったです」


 その言葉を聞いた途端に、僕は三郎太に対する嫉妬の念を覚えた。 古谷さんに『格好良い』と言わしめた三郎太が、ただただ羨ましかったのだ。 勿論、三郎太達が試合に勝ったのは嬉しいし、古谷さんもそういう意味合いでそうした言葉を発した訳でもないのだから軽く聞き流していれば良かったのだけれど、今の僕にはその言葉を聞き流すほどの器量が無かった。 何故ならその言葉は、『格好良い』というその言葉は、僕が今最も欲している言葉なのだから。


 ただ、欲しているとは言っても、無闇矢鱈むやみやたらにその言葉を求めている訳でも無い。 今や容姿やたたずまいなどを評価されてその言葉を得たところで、僕は何の感慨も覚えないだろう。 だから僕は先の三郎太見たく、立ち振る舞いを評価されて格好良いと言って貰いたいと思っている。 それが叶えば僕も男というものにもっと近づける気がするのだ。


「そうだね、格好良かったよ。 三郎太達に負けないように僕達も頑張ろうね」


 三郎太の熱いプレーを見たお陰で、僕という人間に火が付いた。 今だけはぼくを忘れられそうな気がした僕は、この球技大会の中で必ず古谷さんに『格好良い』と言わせてやると、心中に気炎きえん万丈ばんじょうの念を燃やした。

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