第二十話 球技大会 1
「ユキくん頼みました!」
「任せてっ!」
高い軌道を描いて宙に舞ったシャトルを、僕はラケットで思い切り振り抜いた。 勢いの付いたシャトルは相手コート目掛けて一直線に走り、誰のラケットに触れる事も無く床に落ちた。 その瞬間、僕と古谷さんペアの勝利が確定した。
「やりましたねユキくん! 今のところ全勝ですよ! すごいですよ!」
「そうだね、ここまで来たら行けるところまで行っちゃおうよ」
梅雨もすっかり明け、時節は文月に差し掛かった頃。 僕達は今、夏の訪れを体に感じながら球技大会の真っ最中だった。 その大会の中で僕は古谷さんとペアとなり、バドミントンに臨んでいる。 彼女とペアを組むようになったきっかけは――先週の頭に起きた。
「ユキくんって球技大会の競技で何に出場するか、もう決めました?」
とある休み時間中、古谷さんは教室で僕にそう訊ねてきた。 球技大会とは当高校主催の行事の一つで、バレーボール、卓球、バドミントン、ドッジボールの四種の球技を全クラス全学年対抗で競い合う大会だ。 毎年七月上旬頃に開催され、試合時間の兼ね合いで日程は二日間用意されている。
人数の内訳としては、バレーボールが一組で六人、卓球とバドミントンがダブルス三組で六人の計十二人、ドッジボールが一組で十二人の計三十人となっており、クラスは一年生から三年生までそれぞれ五クラスずつ存在しているので、球技大会に出場するクラスは都合十五クラスとなっている。
試合方式としては、各クラスで一チームのみ出場のバレーボールとドッジボールはリーグ戦、いわゆる総当りで進められ、出場枠の多い卓球とバドミントンは無作為に選ばれた五ペアを一組に纏め、計九組に分かれてリーグ戦を行い、各組の上位一ペアが優勝決定戦に参加出来る方式となっている。 優勝決定戦もリーグ戦で行われ、残った九ペアの兵達はそこで死力を尽くし、覇を競い合う。
また、各種目の最終順位によって割り振られる点数が異なり、当然上位の方が獲得点数が高く、四種目の総合得点が最も高かったクラスが優勝となる。 因みに、それぞれの種目の選手を決めるにあたってのルールが幾つか存在しており、絶対条件として各種目の選手選抜においてのペアまたはチームの割り当ては、必ず男女半々にならなければならない。 例えばバレーボールならば男子三人女子三人。 卓球やバドミントンでは男女がペアを組まなければならず、男子のみや女子のみという偏った選出方法は禁じられている。
これは、男子と女子の体力差を考慮しての学校側の配慮で、先生に聞くところによると、昔からこの方式が取られていたらしく、ゆえに優勝を狙うならば、男女双方の実力の均一化を図った万遍無い割り当てが要求されてくるだろう。
それともう一つ、この高校に部活動として存在していないバドミントンとドッジボールを除いた残る二種の競技に、その競技の現役部員は出場出来ない。 これは最早言うまでもないかもしれないけれど、現役部員がバレーボールや卓球に出場してしまったらそれだけで上位入賞が決まってしまうから、こちらも学校側から禁止されている。
禁則事項として大きく謳われているのがこの二つのルールであり、逆にその二つさえ遵守していれば人選はほぼ自由に近い事もあり、先週から休み時間の間、教室内は各種目の出場枠を決める話で持ちきりだ。 そうした中、先程古谷さんがまさしく球技大会の話題を僕に振って来たところだったのだ。
「いや、まだ決めかねてるんだよね。 僕はどこの部活にも入ってないからどの種目にも出られる事は出られるんだけど、卓球はやった事ないし、ドッジボールはちょっと怖そうだから、って事で、バレーかバドミントンにしようかなと思ってるんだ。 それで、そのどちらにするのかを迷っててね」
「なるほど、ユキくんの身長ならバレーの方が向いてるかも知れませんね」
「でも、バレーもそれほどやった事ないんだよね。 いくら身長があっても技術が無かったら期待はずれに思われちゃいそうでちょっと嫌だし。 ところで古谷さんの方はどの競技にするつもり?」
「私も実はまだ悩んでるんですけど、やるならやっぱりバレーかバドミントンになりそうかな? 出来ればユキくんとペアでも組めたらいいなーって思ってるんですけど――あ、嫌なら全然断ってくれても構いませんから気にしないで下さい!」
どうやら古谷さんも、どの競技に出場するかを未だ決めかねているようだった。 その上で、どこか臆病かつ遠慮がちに僕とのペアを希望している古谷さんを見て、僕はいつぞやに玲さんから言われた言葉を思い出した。
"こういう時は男の方から誘ってあげた方が印象良いんじゃない? 女の子ってのは基本、頼り甲斐のある男に惚れるものだからね"
なるほど今がその時だろうと認めた僕は「じゃあさ、僕とバドミントンでペア組もうよ」と古谷さんへ伝えた。 すると彼女は慌てた様子で「いいんですか?」と、俄に信じる事が出来ないといった気味で僕に聞き返してくる。 ので僕は「うん、僕もやれるだけやるつもりだから、二人で頑張ってみようよ」と、改めて僕とペアになろうと勧めた。
「じゃあ、私でよければ、お願いします」
いよいよペアを承諾してくれた古谷さんは、突として右手を僕の前に差し出して握手を求めてきた。 僕はその手を優しく握り「頑張ろうね」と彼女に語りかけた。 ――こうして僕達はペアとなり、バドミントンの選手として球技大会に出場する事になったのである。




