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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
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第十九話 三者三様 9

 雨はまだ止みそうにない。 そればかりか、先程から雨足が強くなっている気さえする。 これは一時的にでも雨が止むのを期待するだけ馬鹿を見そうだと、私は傘無しで濡れずに帰宅出来る唯一の希望を自ら捨て去った。


 多少なりとも濡れる必要はあるようだと覚悟した私は、雨足が最も弱まった頃を見計らい、家まで全速力で駆けようと心に決めた。 ――もっとも、今は恐らく雨足のピークだと思われる。 まるで雲の向こう側に滝でもこしらえているのかと見紛みまごうほどの強い雨が、ばたばたと容赦無く校舎に打ち付けている。 これでは傘を差していようとも足元は浸水をまぬがれないだろう。 だから今出て行くのは得策ではない。

 かと言って、このまま雨の弱まるのを昇降口前でじっと待ち呆けているのはいかにも半間はんまでばつが悪いから、私はひとまず外の様子が逐一確認出来て、かつ時間を潰す事の出来る場所として図書室を選び、そこへと向かった。


 校舎の二階中央付近に位置する図書室は先生管理のもと、放課後から二時間程度、生徒向けに開放されている。 その時間中に本を借りたり、今日学習した教科の復習をしている生徒もちらほら見受けられ、賑わっていると言ってしまうと語弊ごへいが生まれるかもしれないけれど、今回見たくちょっとした時間潰しに私がここへ顔を出す時には毎回決まって十数名ほどの生徒が居るから、それなりに需要のある場所なのだろうとは理解していた。 今日は私もその一員だ。


 そうして図書室に辿り着いた私は扉を開けて中に進入した。 果たして既に生徒が十数人いたけれど、聞こえてくるのは雨のざぁざぁという無作法な音のみ。 元来、図書館や図書室という場所は静謐せいひつであってしかるべきだと、私達が幼い頃より大人から教授されてきた事もあって、今図書室を利用している生徒達は皆、その教訓を遵守じゅんしゅしているようだ。


 私はこうした、人が居るにもかかわらず、しんと静まり返った場所は嫌いじゃない。 その状態に、そこはかとない理智の一片を感じられるからだ。 だから私は、授業中に騒がしいのは百歩譲ろうとも万歩譲ろうとも許容出来ない。 たかだか一授業の一時間程度すらも口を閉じていられないのであれば、それら(・・・)は最早人間ではなく、動物とくくるべきだろう。 そんな動物達(・・・)が人間の真似事をし、服を着て当然の様に授業を受けているのだから滑稽だ。 人間が猿真似をする程度には滑稽だ。

 ――図書室の静けさをそうした思考に結び付けつつ、私は特に外の様子がうかがえる最奥の席へと向かった。


「あれ、先輩?」


 目当ての席に辿り着く前に、私は後方から誰かに呼び止められた。 図書室内という事ではばかったのか、少々抑制の効いた声調ではあったけれど、その声には確かに聞き覚えがあった。 ある程度の当たりを付けながらおもむろに振り返ってみると、そこに居たのは、果たして生意気くんだった。


「お、こんな所で会うなんて奇遇だね。 勉強でもしてたの?」


「いえ、この間まで読んでた本を今日読み切ってしまったので、新しいのを借りに来てたんです。 先輩こそなにか本を借りに来たんですか?」


「んーん、ちょっと時間潰しにね」


 私が曖昧にそう答えると、彼も「はぁ」と納得したようでしていないような曖昧な返事をした。 その時、はっと私の頭に妙案がぎった。 もし彼が傘を持っていて、私の傘を持っていない事情を説明すれば家まで送ってもらえるかもしれないと。


 ――けれども、やはり駄目だ。 家まで送ってもらうと言う事は即ち、一つ傘の下、彼と共に往来を歩かなければならない。 それも、人目の付きやすい学校近隣でだ。 いつぞやに食堂で彼と行動を共にしていた時とは訳が違う。 いくら彼とそういう関係で無いとは言え、相合傘(・・・)などという言い逃れようのない場面を見られでもすれば、たちまちその噂は学校内に流布してしまう事だろう。


 彼は今、自らの意思で男というものに近づこうとしている。 そしてその上で、自らに好意を向けている女の子を好きになろうとしている。 その大切な時期に劣情極まりない噂を立てられてしまったら、これまでの彼の努力がまったく水泡すいほうしてしまう。 彼の素性を知った上で彼を影ながら見守ると決めた私みずからがそうした事態を招いてしまっては本末転倒だ。 だから私は私が傘を持っていないという事実を悟られないよう、あえて余裕綽々しゃくしゃくの態度をって彼に対応した。



「――先輩、借りる本が見つかったので僕は先に帰りますね。 先輩も早く帰らないと今より雨が酷くなるかも知れませんよ? 天気予報では夕方以降が雨のピークだって言ってましたし」


 図書室でばったり出会って間もなく本探しの為に私の元を離れていた彼は、帰り際にわざわざ私の座っていた座席へと足を運んで早い帰宅をとうながした後、私に浅く会釈したのち図書室から退室していった。


 彼の姿が見えなくなってから、そう言えばと、私は朝のニュースでやっていた天気予報の内容をおぼろげに思い出した。 今日の天気は朝からどんよりとした曇り空で、早い所では明朝から雨が降り始める地域もあり、昼頃には本格的に降り始め、そして雨足のピークは――ちょうど今頃の時刻だったなと完全に思い出した。


 少し前に一人天気予報だの何だのと散々偉そうな事をのたまっておきながら、当の本人が朝に見た天気予報の内容をまったく失念してしまっていたのだからお笑いだ。 滑稽にも程がある。 そうして、朝の天気予報も忘れて雨が弱まる事を期待していた浅はかな自分自身を鼻で笑い飛ばした私はおもむろに頬杖を付いて、徐々に雨足の強くなってゆく窓からの景色をじっと睨み付けた。


 夕方以降から土砂降りになるのならば、今の内に帰宅しておかないとまずい――

 同じ濡れるにしても、本降り前の今を狙わない手はない――

 しかし、頃合いを見誤れば鞄の中まで浸水しかねない――

 私は降りしきる雨を眺めつつ、どう立ち回ればこの雨を最小限の被害で切り抜けられるだろうかと頭の中でひたすら思考を巡らせた。


 そうして、彼が図書室を出てから十分ほど経過した折、わずかに雨足の弱くなったのを見逃さなかった私は、今こそが雨の被害を最小限に抑えられる最初で最後のチャンスだと断定し、せかせかと図書室を退室した後、早足で昇降口へとおもむいた。

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