第七話 良い夢を
僕が千早ちゃんを抱きかかえて、別荘の方に行くと。
木の間から、電気が付いている建物が見えてきた。
「あそこが私の家だよ」
千早ちゃんがそう言うと、僕はその建物へと向かった。
この別荘は、草原の中にあるが。
別荘の周りは今と違い柵だけじゃなく。
見通しが良いから防風林の役割と、外からの目隠しの為だろう。
木も並んで植えられていた。
多分、その後の持ち主により、変更された所為かもしれない。
建物も、外観は記憶の中にある、洋風の別荘と同じだが。
建てられて年月が立ってない事もあり、記憶とは違い全く傷みが無かった。
しかし、こんな夜中に人の家。
特に女の子の家に行って、大丈夫なのかと思ったけれど。
この時代、特に田舎の防犯意識なんてこんな物なのか?
彼女の話だと、ご両親が遠くの親戚の葬式に、急に行かないと行けなくなった為。
五日間ほど千早ちゃんを残し、家を留守にする事になったそうだ。
ここ数年は、特に入院するほどの症状が出てないこともあり。
後ろ髪を引かれつつも、 “酷くなっても精々、微熱が出るくらいだから” と言う彼女の言葉に従い。
千早ちゃんを残して行ったのだとか。
しかし、五日間とは長い気もするが、交通機関が今ほど発達していないし。
何でも、内輪での話し合いもあるそうなので、こんなに長くなったらしい。
・・・
玄関の前に来ると、千早ちゃんが僕に言った。
「なおくん……。
家の中を案内するから、下ろしてちょうだい……」
千早ちゃんは先程に比べると、少し顔色が戻ったみたいだ。
千早ちゃんがそうお願いするので、僕はは首を縦に振って了承し、彼女を下ろす。
千早ちゃんを下ろすと、彼女が玄関のドアを開けて。
「はい、なおくんどうぞ〜」
「おじゃまします〜」
彼女と共に靴を脱ぎ、スリッパを履きながら一緒に中へと入る。
玄関は吹き抜けで、天井が二階まであった。
当然、この辺りも記憶どおりだが、まだ時間が経ってない所為か、とても綺麗である。
最初は、お手伝いさんでも居るのかと思って、心配していたけど。
予想に反して家の中は、千早ちゃん以外は誰も居なかった。
彼女の話では、家族だけのノンビリとした生活を送りたいので。
何でも家事関係は、自分たちで出来るだけやるようにしていて。
家族だけで、手が廻り切れない家の掃除は、週イチで通う人と共に行い。
庭の手入れは余りに広すぎるので、専門の業者に任せっきりだそうである。
元々から、手伝う人も通いの人だけな上。
急な事なので、家の中が彼女だけと言う、ちょっと不用心な事になっていた。
まあ、この辺りは何十年も犯罪らしい犯罪も起こっていないと言う位、平和な所だと言う話なので。
それで、こんなに呑気になっているのだろうか?
「差し当たり、なおくんは、客間で……」
千早ちゃんが、僕の寝る所に案内しようとした時。
「っ・・・」
突然、指先をコメカミに当てて、俯く千早ちゃん。
「千早ちゃん、大丈夫?」
「こめんね、ちょっと眩暈がしただけなの」
「無理をしたらダメだよ、ほら、横にならないと。
千早ちゃんの部屋はどこなの?」
僕は、千早ちゃんを支えながら、彼女の部屋へと送ることにした。
・・・
千早ちゃんの肩を抱く様にして、階段を上る。
普通、子供部屋は二階にある事が多いので、そう思い階段を登るけど。
特に彼女は何も言わないので、それで間違いない様だ。
千早ちゃんを階段を上りながら、彼女を見るが。
キツそうにはしているけど、特に無理をし過ぎている様には見えないので、取り敢えずは安心する。
そして、千早ちゃんの部屋らしきドアの前で。
「……なおくん、どうぞ……」
「……お、おじゃまします……」
初めて家族以外の男を入れる千早ちゃんは、緊張した面持ちで僕を誘うと。
その緊張が移ったのか、僕の返事もぎこちなくなる。
千早ちゃんの部屋に入ると、窓の反対側には大きめのベッドがあり。
そこには女の子らしい可愛いデザインの布団と枕があって。
更には。可愛らしいぬいぐるみが置いてある。
窓側の壁には勉強机があり。
その上にはファンシーなグッズや、ぬいぐるみなどが見られる。
「なおくん、私の部屋どうかな……?」
千早ちゃんが、そう不安そうに尋ねる。
「……う、うん、千早ちゃんらしくて、とても可愛いよ」
「そ、そんな……」
頬を赤く染めて、僅かに視線を逸らす千早ちゃん。
僕は中学の頃、二、三度ほど女子の部屋に行った事があるが。
いずれの部屋もグチャグチャで、下手な男の部屋より汚い汚部屋で。
服も脱ぎ散らかすどころか、下着さえも見た事がある。
それと比べたら。
この部屋はまるで二次元で見る、“女の子の部屋”そのものだ。
僕は布団を捲り、千早ちゃんを支えベッドの中に入れると。
布団を千早ちゃんの上に被せた。
「なおくん……」
千早ちゃんは、焦点の定まらない瞳で僕を見詰めた。
千早ちゃんの、その表情を見ると胸の鼓動が高なるけど。
それを押し殺しながら、彼女を安心させる為に、笑顔を見せてあげた。
それと同時に、彼女の頭を優しく撫でてあげる。
そうすると安心したのだろう、千早ちゃんは目を閉じて眠り始める。
彼女の頭を撫でている内に、いつも間にか、寝息を立て出していた。
僕は、千早ちゃんの安らかな寝顔を見ながら。
良い夢を見れる様にと、彼女の頭を撫で続けていたのである。
**********
なおくんが、私を抱えて家へと運んでいく。
彼に抱きかかえられている内に、体が少しだけ楽になった。
ようやく玄関まで着いた所で、私は下ろしてもらう。
「はい、なおくんどうぞ〜」
「おじゃまします〜」
なおくんと一緒に家に入り、取り敢えず彼の寝る所として。
空いている客間へと、案内しようとする。
両親が居ないのを見計らい、儀式を行ったが。
こう言う事態になるとは、想像していなかったけど。
そんな意味でも、居ない時に行って良かった。
そうやって、良くなったかと思い、彼を客間に案内しようとしていたら。
再び、目の前が暗くなった。
「っ……」
我慢が出来なくなって、思わずコメカミに指を当ててしまう。
楽になったので安心していたが、どうやら、ぶり返したみたいである。
「千早ちゃん、大丈夫?」
「こめんね、ちょっと眩暈がしただけなの」
「無理をしたらダメだよ、ほら、横にならないと。
千早ちゃんの部屋はどこなの?」
私の肩を抱くようにして、支えるなおくん。
こうして彼を客間に案内するつもりが。
逆に、なおくんに部屋へと送ってもらう事となった。
・・・
階段を、なおくんに支えられながら上っている。
彼は、私の肩を抱くようにして支えている。
普段だったら、これも、ドキドキ物のシチュエーションだけど。
体がダルくて、今は先程まであった、余裕も余りない。
そうこうしている内に、私の部屋に着いた。
「……なおくん、どうぞ……」
「……お、おじゃまします……」
お父さんでさえ殆ど入ったことの無い、私の部屋に男の子が入る。
その事を思い出し、出す声が小さくなってしまい。
見ると、なおくんの方も、何だか緊張しているようだ。
そんなギコチない様子で二人で、部屋に入る。
私の部屋に入ると、なおくんが部屋中を見渡す。
そんなにジロジロ見られると、なんだか恥ずかしい……。
「なおくん、私の部屋どうかな……?」
ちょっと恥ずかしくなったので、誤魔化すように、彼に話しかける。
「……う、うん、千早ちゃんらしくて、とても可愛いよ」
「そ、そんな……」
可愛いと言われ、余裕がない中でも、思わず顔が熱くなった。
自分でも、乙女チックだなと思ったけど。
こんな部屋でも、なおくんは、可愛いと言ってくれた。
でも、なおくんの部屋は、どうなんだろう。
実際に見たことが無いけど、話しに聞くと、男の子の部屋は不潔で汚いと言う話らしいが。
多分、なおくんの部屋なら、キレイだと思う。
そんな事を考えていたら、私は彼に支えられながら。
優しくベッドに寝かし付けられていた。
「なおくん……」
私は眩暈と、なおくんから壊れ物のように扱われた事で。
なんだか、フワフワした気分になった。
その状態で彼を見ると、一瞬恥ずかしそうな表情になったけど。
次に柔らかい笑顔になると共に、私の頭を撫でだした。
大きくて暖かい手が、頭を滑るたびに私の瞼が重くなっていく。
「ゆっくり休んだ方が良いよ」
私を安心させるように、柔らかい笑顔のままで、そう言うなおくん。
その言葉をキッカケに。
私は甘い眠りの海に、沈んでしまったのであった。