第六話 邂逅(かいこう)〜千早サイド〜
呪文を唱え続けていると、突然、魔方陣の中央から強烈な光が放たれた。
しばらくの間、その光で目が眩み、前が見えなかったけど、目が慣れていくと、段々を見えて来るようになった。
「あれ?」
魔方陣の方を見てみると、巨大な丸っこい黄色い物体が浮かんでいた。
それは、赤い嘴に、小さな翼、鳥のような脚が付いている。
何と、それは大きな、大きなヒヨコちゃんだった。
「可愛い〜♡」
思わず、そう言ってしまった。
「ありがとさんね、で、私を呼んだのはアンタね」
「は、はい、精霊さんですよね?」
「うん、そうたい、私が時の精霊メジーたい。
それで、アンタは誰ね。」
「はい、吉塚 千早といいます」
「で、千早、私ば呼び出した要件は何ね?」
「実は、私が生きていられるのが、何時までか分からないので。
死ぬまえに理想の男の子に出会って、恋をしてみたんです」
「で、具体的には誰に会いたかとね?」
「そ、それは……」
具体的にと言われても。
少女マンガみたいに、優しい男の子に会いたいとは思っているけども……。
「〜ん、……可愛そうやけど、誰かば特定出来んと。
幾ら私でも、願いば叶える事は出来んばい」
「そ、そんな……」
じゃあ、私は何の夢も叶えないまま、死んで……。
すっかり、絶望してしまった私に、精霊さんが、
「ん、ちょっと待っとってね。
しばらく消えるけど、すぐ戻るけんね」
「???」
急に、そう言って姿を消した。
そうしてしばらく待っていると、
「千早、運が良かたい、アンタに会いたか男の子がおるとたい。
しかも、アンタの理想の相手その物の。
向こうはそうじゃなかと言うかもしれんけど、それがその証拠たい。
少なくとも、 “謙虚、誠実、思いやり” を持つ相手だと、私は思〜とっとたい(思っているから)。
ただ生い立ちんせいで、斜に構ゆる(構える)所があるだけで」
「ホントですか!」
その言葉を聞いて、私は小躍りしたくなる位に嬉しかった。
「今、呼び出すけんね」
と言って、精霊さんが小さな両腕(?)を広げると、目の前にまた強烈な光が放たれた
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光が放たれてからちょっとして、「どすん!」と何かが落ちた音がして。
それから「いてて」と言う声が聞こえた。
どうやら、魔方陣の中に誰かが落ちて来たみたいだ。
その落ちて来た人は、腰を擦りながら起き上がってきた。
その人は、自分と同じ年頃の男の子だったが。
その男の子の姿を見て、私は驚いた。
その男の子の背は私よりも少し高い位だけど、全体的にスラリとしていて。
髪型が長髪で、しかもサラサラしている。
(※その当時の中高生(特に地方の中学生)は坊主頭、長くても五分刈りが多く。
現在の、普通の髪型が長髪とされていて。
坊主でないと、同年代の男や年長者に攻撃される事もあったそうです)
それに、顔も綺麗で肌もスベスベしているなあ。
(※当然、今みたいにスキンケアなんて概念どころか、男が外見に気を掛けるだけでキザ扱いされる時代で。
元々、尚は顔は悪くない方だし、それが清潔にしてるの上。
同時代の男子が、余り外見に気を配らないのもあり。
当時は俺様じゃなく、今で言う草食系的な感じの方が好みと言う、時代差・世代差の補正も掛かり。
余計にイケメンに見えた様である)
「え、千早ちゃん?」
その男の子が、突然、私の名前を言った。
その声は、穏やかで優しい声だった。
「え、どうして、私の名前を?」
私が思わずそう言うと、その男の子は。
「吉塚千早ちゃんでしょ、僕は、君に合う為に、精霊にお願いしたんだよ」
「じゃあ、あなたが私の理想の男の子……」
私は喜ぶに満ちた声で、そう言うと。
「いや……、僕は君に合う為に来たけど、君の理想の男じゃないよ。
ごめんね……」
「違うわ、あの精霊さんもそう言ってたし。
それにあなたを見て一目で分かったの、あなたが私の理想の男の子だと」
ああ、あの精霊さんが言っていた。
“謙虚、誠実、思いやり”という意味が何となく分かった。
この男の子は、それらを三つとも持っている。
同じ年の、乱暴で不潔な男の子達とは、全然違う。
そこには、少女マンガの登場人物の様な男の子がいる。
心臓を一発で射抜かれてしまった。
私は生まれて始めて、一目惚れをしてしまう。
そこで、私は大事な事に気付いた。
「あ、そうだ、あなたのお名前は?」
「ごめん、ごめん、僕の名前は、渡瀬尚って言うんだ」
「なおくんか、良い名前だね」
「そんな事言ったら、千早ちゃ……。
ごめん、イキナリ合って、馴れ馴れしく名前で呼んで。
しかも、 “ちゃん” 付けで……」
「うんん、良いよ、千早って呼んでよ、なおくん……」
「それじゃあ、千早ちゃん……」
「はい、はい、よか雰囲気になっと〜とこ悪かとやけど。
ちょっと言わんといかん事があっとばい」
二人でそんな事を話していると、精霊さんが急に言ってきた。
「何だよ、急に」
「うんにゃね〜、大事か事があるとたい」
「何なんですか?」
なおくんが、良い所を邪魔されて不機嫌そうに、そう言うと。
精霊さんがそう言い、私が尋ねた。
「まずはね、尚、アンタがここに居らるるとは(居られるのは)、明日から三日間だけで。
三日目目ん夜にまた、こん儀式ばせんと、元の世界に帰れんごつなっとよ」
「じゃあ、帰らなかったら、どうなるの?」
「アンタは死ぬまで、この世界ば彷徨わないとイカンごつなるとたい」
「そ、そんな」
じゃあ、儀式をしないと、なおくんは……。
「だけんが、二日後にまた、ここでぜっったいに儀式ばせんとイカんけん。
こっだけは言うとくよ」
と言って注意する、精霊さん。
「それじゃ、私は帰るけん、また二日後に・・・。
あっそれと、もう一言ゆーとく(言っておく)けど。
ひ◯子は九州が本場やけん、東京じゃなかけんねー」
――え、◯よ子は東京銘菓じゃないの?
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精霊さんが消えた後、何だか体がダルくなり。
足元がフワフワして、真っ直ぐに立てなくなった。
すると、なおくんが私を抱き止めてくれた。
「ごめんなさい」
と言って、私はなおくんに謝る。
なおくんは、そんな私に構わずに、私の背中と膝に腕を廻し。
それから横向きで抱き上げた。
「あっ……」
それは、マンガの中で王子様が、お姫様を抱っこしている様な体勢だった。
空想の中では憧れていたけど、実際にされると何だか恥ずかしい。
「……重くないの」
恥ずかしさに、そう言って誤魔化そうとするが。
「軽すぎるよ、もう少しご飯を食べた方が良いよ」
なおくんは、そう言って腕に抱いた私を上空に放り上げる。
「きゃっ!」
怖くなって、思わず声を出してしまった。
「全然、重く無いし、むしろ、こんなに軽いと不安だよ」
私の体の事を心配して、不安そうに言うなおくん。
そんな優しいなおくんの、心を軽くする為に、
「ありがとう、なおくん」
と言って、なおくんに微笑み掛ける。
そんな私の心が伝わったのか、なおくんが私に微笑み返してくれた。
そして、私を抱きかかえながら、なおくんは別荘の方へと向かって歩き出す。