第四話 儀式
いても立っても居られなくなった僕は。
ネットで、この魔方陣や呪文について、更に調べ出した。
夜を徹して調べた結果、ほぼ、これらについての詳しい事が分かった。
僕が、何をしようとしているかと言うと。
この魔法を使って、千早ちゃんと接触しようとしているのだ。
普段なら、 “魔法? フン、馬鹿馬鹿しい” と鼻にも掛けないだろうけど。
でも、今はそれに縋り付きたい気分になっている。
調べた結果、満月の夜に儀式をやれば良いらしいが。
幸い、今日が満月で天気も晴れである事が分かった。
場所は、あの別荘跡付近が広いし、
日曜の夜なら、人目には絶対に付かないはずだ。
ただ、あの儀式には問題があって。
それは術者の寿命を引き換えに、願いを叶えると言う物らしい。
正直言って、躊躇する部分もあるが。
どうせ、何の目的も無く生きている自分には、長生きする意味も無いし。
それに、千早ちゃんの日記を見て、何とかしてあげたいと言う衝動の方が強かった。
そうと腹を括ると、安心したのか急に睡魔が襲って来た。
とりあえず、儀式に備え仮眠を取る事にする。
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<その日の深夜>
あれから仮眠を取り、昼過ぎに起きると。
儀式に必要な道具を、自転車で十数分かけ、駅前のショッピングモールで調達した後。
再び仮眠を取り、今からの儀式に備えた。
その後、夜になると自転車を漕いで、また、この丘へとやって来た。
そして適当な場所を探すと、近くにある人目に付かない草原を見つける。
確かに、見晴らしが良くて、ロケーションとしては最高だ。
上空を見れば、満月が中天に上って居て。
月明かりが強い所為か、特に明かりが無くても周囲が見えた。
空に浮かぶ月を見た僕は、 五方星を中心にした外周に。
様々な文字が描かれた円形の魔方陣を、地面に石灰を落としながら書く。
魔方陣を描き終えると、手を叩いて、手に付いた石灰を落とす。
それから、一旦、魔方陣から後方に下がって、足元にある紙切れを拾い上げてから広げ。
懐中電灯を照らしながら、目の前の魔方陣と紙切れを見比べて、間違いが無いかを確認する。
間違いが無い事を確認すると、僕は一回深呼吸をして心を落ち着かせてから、呪文を詠唱し始めた。
「四大元素とそれに関わる天使達よ……」
メモを見ながら、古い言い廻しの呪文を必死で唱える。
しばらく呪文を唱えていると、周囲の雰囲気が明らかに変化した。
しかしそれは、決して悪い物では無く、むしろ周囲を穏やかにするのである。
なおも僕が呪文を唱え続けていると、突然、魔方陣の中央から強烈な光が放たれた。
しばらくの間、その光で目が眩み、前が見えなかったが、目が慣れて行くに従い、段々を見えて来るようになった。
「うん? 何だあれは?」
見ると、目の前に、巨大な黄色い物体が浮かんでいた。
それは、赤い嘴に、小さな翼、鳥のような脚。
何と、それは巨大なヒヨコだったのだ。
「ん、誰ね、私ば呼んだとは」
何か、言葉もおかしい。
「お、オマエは誰だ!」
思わず、そう言うと、
「何ば言よっとね、私ば呼び出したとは、アンタやろうが!」
「だ、だから誰なんだよ」
「ほんなこつ、失礼な奴やね。
私は、時の精霊メジーたい、まさか、知らんと呼び出したとね?」
――だからなんで、精霊が九州弁を喋ってるんだよ!
「で、アンタ誰ね、人に言う前に、自分の方から言わんといかんばい」
「そうだった、こめん、僕は、渡瀬尚って言うんだ」
「尚ね、で、何で私ば呼んだとね?」
「実は、吉塚千早て言う、女の子に出来れば会いたいんだ」
「ああ、そん娘ね、そん娘なら知っとーよ」
そんな事を言う、精霊メジー。
「どうして知ってるの?」
「その娘も、アンタと同じで私ば呼び出したとよ」
そうだった、千早ちゃんも、この魔術を使ったと言う事は。
当然、この精霊を呼び出した事になる。
「でも、望みは叶えられんかった」
「何故だよ!」
「その望みが、“理想の男の子に合いたい”とか言う、漠然としたもんやけん、叶えようがなかったと。
具体的に、誰に会いたかか言うて貰わんと、叶えたくても叶えられんたい」
まあ、それはそうか、具体的な目標が無いと叶えようが無いか。
じゃあ、千早ちゃんの命は……。
「でも、願いを叶えられないのに、寿命を取られたのかよ!」
「ん、何の事ね」
「とぼけるな! 寿命と引換に、願いを叶えるんだろ!」
「失礼な! 私はそぎゃんか悪魔んごたる事はせんよ。
私ば召喚する時に、生命エネルギーば、命に関わらん程度ん使うだけたい」
「え、そうなのか?」
「せやけど、あん娘、虚弱体質で元々から、生命エネルギーが弱か上に。
あん儀式ばやったけんがら……」
「……じゃあ、どうにかする事は……」
「駄目たい。
一回、儀式をしたとなら、どぎゃんする事も出来んとばい」
……そ、そんな……。
「ところで尚、アンタは、千早に会うて、何ばしたかとか。
まず、それば聞かんと」
それは、あの日記を見てから、決まっている。
――短い命なら、せめてこの願いを叶えて。
――私の残り少ない命を掛けて、この望みを叶えて下さい。
――何もかも、どうでも良い、もう生きてても先が無い。
この優しい娘の心を、少しでも軽くしてあげたい。
「僕は、千早ちゃんに会って、生きていて良かったと思ってもらいたい」
「うん、分かった、千早に会わせてやるたい」
「えっ?」
「一回、儀式ばやったけん、死んでしまう定めは変えられんとばってん。
それ以外の、運命は変えられるけん」
「本当、なのか……」
「大きな歴史の流れとか寿命とかは、一度決まると変えられんとばってんが。
個人の運命程度なら、ある程度は変えられるとよ。
人の思いと、思いやり次第では」
「本当か、でも僕は、千早ちゃんの”理想の男”じゃないかもしれないのに、良いのかな?」
「大丈夫たい、そん心根があれば、問題なか」
「?」
「四の五の言わんと、男ならドーンと行かんね。
それじゃあ、今から、千早に会わせてやるけん、早う魔法陣に入らんね」
僕は、その時フッと、あの夜に見た光の事を思い出した。
「ちょっと、待ってくれ」
「何ね、まだ何かあるとね?」
僕はあの夜に見た、謎の光の事を事細かく、精霊に話す。
「どうやら、それはあん娘が掛けた、おまじないの効力んごたるね」
それを聞いて、僕は日記に描かれていた魔法陣の事を思い出す。
「そうなのか?」
「とは言え、そん力は物理的に力を、大して及ぼす程も無く。
また、屋根裏部屋さん隠された位で、封印状態になる程度たい。
それが、屋敷が壊されて、封印が解けたけん。
どぎゃんか方法でも、自分の使命を果たそうしたごたるね」
「へ~、なるほど」
「たまたま見つけたアンタが、条件に合うけん、導いたってトコかね」
「条件に合うとかは、納得しないけど、大体理解した」
「分かったね、ほんじゃあ、千早んところに行こうかね」
精霊がそう言うと、突然、目の前にまた強烈な光が放たれた。
精霊が使う方言は、熊本系の方言ですが。
熊本弁そのものではなく、福岡の筑後地方の方言(博多弁では無く筑後弁)と混じった。
県境付近の方言です。
<3/16追記>
日記が光ってた理由が書かれて無く、唐突な印象を受けるので。
その理由と、それに伴いエピローグと第三話に、話を追加しました。




