第四十一話 未来に戻って
(シャカ、シャカ、シャカ)
「はあ、はあ……」
居ても立っても居られなくなった僕は。
静かな町中を必死になってペダルを漕ぎながら、家へと急いだ。
流れる風景は、いつも見る僕の時代の光景なので。
僕は自分の時代に戻った事を、実感した。
「はあ、はあ……」
自分の時代に戻った事は実感したが、今の僕はそれどころでは無かった。
早く家に戻って、今までの事が夢で無かったと、証明したかったからである。
(シャカ、シャカ、シャカ)
自分の時代に戻った、感慨に耽る余裕も無いまま。
僕は必死になって、自転車のペダルを漕ぎ続けた。
・・・
(ドタドタドタ)
家に戻った僕は、自転車を片付けると。
暗く静かな家の中を、バタバタを音を立てて二階へと上がり。
自分の部屋に入ってから、すぐさま灯りを点け、机に有った例の日記を見る。
(ペラ、ペラ……)
表紙を捲り、彼女の記入が残る、最後の方を探した。
そうして、ページを捲って行き、儀式をした直後の日付を見付ける。
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5月XX日
儀式をやった後、体調が悪くなったので、一日置きになりました。
一か八かでやった儀式だけど。
良かった、理想の男の子と出会うことが出来た。
儀式をすると、可愛いヒヨコの精霊さんが出てきて。
私は、理想の男の子と会いたいとお願いした。
最初は、私の願いが曖昧だから出来ないと言われ、ショックだったけど。
そうしたら、向こうから私に会いたいからと、イキナリ叶うことになった。
そうして、出会った子は、なおくんと言う。
精霊さんが言った通り、“謙虚、誠実、思いやり”を持った、男の子である。
結局、彼は三日間、私と一緒の居る事になった。
儀式をやって、急に体調が悪くなった私を。
私をお姫様みたいにして、ベッドまで運んでくれた(恥ずかしかったけど、嬉しいな)。
翌日、彼がずっと一緒に居てくれたみたいで。
ベッドの隣で寝ていた。
そんな彼のツルツルツヤツヤの、男の子とは思えない肌と髪を見て、思わず触ってしまった。
未来の男の子は、みんな、こんな感じなのかなと思ってしまう。
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それから、一緒に朝食を取り、洗濯などを済ませた後。
彼と一緒に、必要な物を買いに行った。
しかし、その途中で、色々と未来の話を聞いて驚く。
女の子が料理が出来なくて当たり前、シャツを外に出すのが普通。
そして、前から気になって聞いて見た、“恐怖の大王”の事だが。
結局、“恐怖の大王”は降らなかったけど、未来はもっと酷いと言う話だ。
買い物を済ませた後、お宮で昼食を取り。
なおくんが美味しそうに食べてくれて、とても嬉しかった。
食べた後、彼が眠そうだったので、膝枕してあげたのは良かったけど。
その後、逆に私の方が脚が痺れてしまい、なおくんに寄り掛かるような形になってしまい。
しかも、その場面を小学生たちに見つかって、散々からかわれ。
慌てて、家へと帰る羽目になってしまった。
家に帰ってから、夜になり、勉強の合間に一階に降りていたら。
お風呂から上がった、上半身が裸のなおくんと、偶然出会う。
見たらダメだと思いながらも、思わず見た、彼の裸はツルツルで。
映画とかで見る様な、ムダ毛が全く無かった。
お父さん以外の男の人の裸を見るのは初めてで、しかも、あれ程キレイな体だから。
余計に恥ずかしくなってしまった。
結局、理想の男の子と一緒に過ごす一日は。
ワクワクするけど、ドキドキする一日でもあった。
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再び見た、千早ちゃんの日記は。
前に見たような、自分の運命を嘆く様な内容では無く。
僕と出会ってから、一日目の話が書いてある。
書いてある内容も、僕と出会った喜びと興奮の所為か。
今まで一番分量が多い、2ページにも渡る内容であった。
更にページを捲ると、僕と一緒に居た。
二日目、三日目の内容が書いてある。
続けてページを捲り、僕が帰った後の日付のページを見る。
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5月XX日
なおくんが、自分の時代に帰っていった。
本当は、ずっと一緒に居たかったけど。
彼がこのまま、この時代に居ても、もうすぐ私は死んでしまうし。
私が死んだ後、なおくんは誰も知っている人間が居ない、この時代を彷徨わないとイケナイ。
“私が死んだら、後を追う”なんて、物騒な事を言っていたけど。
いずれにしろ、彼が不幸になるのは間違いない。
私は、家族以外で唯一愛した、大事な男の子が不幸になるのは耐えられない。
それに私は、理想の男の子である、なおくんと。
普通の女の子が味わえるであろう、楽しい恋を味わう事が出来た。
この思い出さえあれば、多分、穏やかな最後を迎える事が出来る。
だからなおくん、私のワガママになるけど。
苦しいけども、どうか自分の時代で生きて欲しいの。
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このページを見て僕の、視界が僅かに揺れた。
その後のページを見てみると。
生命力の低下と共に、日付が飛び飛びになり。
書く文字数も、以前ほどの文字数も無いけれど。
内容は、僕との楽しい思い出を、綴ったものが多かった。
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9月XX日
なおくんと別れた後、生命力が無くなって行ったので。
次第に体調が悪くなり、暑くなってからは、特に酷くなった。
涼しくなった最近でも、ベッドから離れる事は無くなって。
ずっと寝たきりだった。
だから何日も日記を書いてなくて、書くのも久しぶりだ。
今日は無理をして、ベッドから起き。
机で日記を書いていた。
この状態が続けば、再び日記を書くことが難しくなるから。
何とか書くことが出来る内に、多分最後になるであろう日記を、書こうと思い立ったのある。
最近はベッドに横になりながらも、あの時の事を思い返していた。
なおくんと居た、たった三日間だけど。
人生で一番夢を見れた、楽しかった時間であった。
あの楽しかった時間があったから、殆ど動けない状態でも。
心穏やかに過ごす事が出来た。
目を閉じれば、いつも、なおくんとの思い出を思い起こす事ができる
しかし同時に、未来に帰ったなおくんの事も、考えていて。
向こうで、なおくんは一人きりだったの知っていたから。
いつも気になっていた。
なおくんは本当は寂しがり屋だから、一人にするのがとても心配だよ。
でも安心して、恐らく私も、もう長くは無いから。
そうなったら、もう時代なんて関係なく、なおくんの事を見守れる様になれるから。
私の日記を持っているのなら、多分、これも読んでいるよね。
なおくん待っててね、もう少ししたら、なおくんの側に居られる様になれるよ。
愛しているよ、なおくん。
千早
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最後の日付のページを開くと、目頭が熱くなった。
最後の力を振り絞って書いたのだろう。
文字の筆圧が弱くて、所々、掠れている部分もある。
このページを見ている内に、次第に視界がボヤけ。
最後にはとうとう、視界が歪み、マトモに前が見えなくなってしまった。
「わぁぁぁーーーっ!」
そして、知らない間に、声を上げて泣き出してしまう。
「うぅぅぅぅっ……」
夜中過ぎの、一人きりの家の二階で、良い歳した男が。
みっともない位に、大泣きしたのであった。
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(チュンチュン)
「……」
もう夜が明けたのだろう。
外から雀の声が聞こえ、閉めたカーテンの隙間から、光が漏れている。
あれから、涙が出なくなる泣いた後。
もう何もする気が起きなくなり、床に両足を投げた状態で。
ベッドに背を寄り掛かったまま、ボンヤリとしていた。
しかし、心は空っぽなのに。
何かしなければならないと言う焦りに近い、思いも起こり出して居た。
“高認の勉強でも始めようかな……”、彼女の日記を見て、僕はそんな事を思い始めていた。
ーーあんな学校になんて、行きたくはない。
そう言った拒否感は有るものの。
千早ちゃんと出会って、何かをしなければと言う気持ちも、同時に起こっていた。
「……」
(ピンポ〜ン)
ボンヤリとしたまま、色んな葛藤をしていたら。
遠くでインターホンの音が、聞こえた様な気がした。
「……」
(ピンポン〜、ピンポン〜、ピンポン〜)
気の所為かと思い、放置していたら。
次に、連続した、インターホンの音が聞こえて来る。
「こんな時間に何だよ……」
悲しみの余り、ボンヤリとしていたのだが。
しつこいインターホンの音で、逆に神経が逆撫でされてしまい。
苛立ったまま、下の階へと降りていった。




