第四十話 帰還の儀式(後)
「で、決心は付いたとね、尚」
「……ああ」
精霊から、そう言われ。
仕方なく、僕は返事をした。
「じゃあ、今から未来に戻すけん。
千早と、最後の挨拶ばせんね」
精霊の言葉に、僕が千早ちゃんの方に向き直す。
「千早ちゃん、理想の女の子だった千早ちゃんに、出会えただけで無く。
乾いた僕の心を慰めて貰って、僕は千早ちゃんと出会えて、とても嬉しかったよ」
「私も、理想の男の子だったなおくんと出会えて。
人並みの恋愛を出来ないまま、死んでしまうかと思っていたのに。
楽しい思い出を作れて、とても嬉しかった。
私は、このまま、すぐに死んでしまう事になるけど、でもやって良かったと思っているよ」
「千早ちゃん、愛しているよ」
「私も、なおくんを愛しているよ」
彼女が、僕に縋り付いたままの状態で。
お互いに見つめ合ったまま、愛の言葉を交わした後。
互いの顔が、次第に近付き。
(チュッ♡)
キスをした。
長い間、唇を触れたままで居た後。
それからユックリと離れてから、お互いを見つめ合った。
「もう良かとね?」
「ああ」
彼女と抱き合った状態で、精霊の方を向くと。
精霊がそう言ったので、返事を返す。
「じゃあ、魔法陣の中に入らんね。
今から、未来に返すけん」
精霊に言われ、名残惜しいが、意を決して千早ちゃんから離れ。
魔法陣の方へと、入って行った。
「それじゃあ、始めるけん、ジットしとらんねよ〜」
「なおくん……」
そう言って精霊が始めると、魔法陣の外から心配そうに、彼女が僕を見た。
「んんん〜〜〜」
宙に浮いた状態のまま、小さな翼を大きく広げ、精霊が力む。
(シューーーゥーーー)
(ホワン)
すると、精霊が出現した時とは反対に、魔法陣から空気が流れ出し。
同時に、魔法陣の中に居る僕が何故か光りだした。
「来る時は、こんな大げさな事をしてなかったろ」
「アンタがここに居る間、食べもんとか呼吸とかで、ここの時代の気が体に染み付いとるけん。
まずは、それを祓わん[祓わない]と。
数日とかならともかく年単位で居ると、残った違う時代の気が、必ず体に悪影響が出てくるけんがね」
「来た時そんな事、聞いてないぞ!
それに、ここに残った場合の説明の時も、聞いてないし」
「どうせ、ここには三日しか居らん[居ない]し。
残った場合、その悪影響がいつ、どんな症状で出るか、一概に言えんけん説明出来んかったと」
来る時のアッサリ感とは違い、大げさな前準備に思わず文句が出てしまい。
それに対して、精霊が逆ギレ気味に返す。
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「もお、そろそろ良か頃やね」
しばらくの間、仄かな光に包まれていたら、徐に精霊が言った。
「このまま、すぐに未来に転移しても良かとばってん。
千早も居るけん[居るから]、サービスで少しずつ転移してやるたい」
恩着せがましく言う精霊だが、今はその心遣いが嬉しい。
「じゃあ、今から未来に戻すけん」
(ホワワ~)
精霊が一旦、短い翼と足を縮めた後。
今度は大きく広げながら、未来に戻すことを宣言すると。
僕を包んでいた仄かな光が、強まって行く。
「なおくん、私はアナタの事を愛してましたー」
「僕も、千早ちゃんの事を愛してましたー」
(ホワワワワワ~~)
強くなっていく光の中、次第に霞んでいく魔法陣の向こうで。
千早ちゃんが僕に向かって叫んでいる。
これからの事が、思い出に変わるのを感じてか。
二人の愛の言葉が過去形になっていた。
「なおくん、さようならーーー!」
「千早ちゃん、さようならーーー!」
(ホワワーーーーッ)
霞む風景と共に、音も聞こにくくなって行くが。
精一杯の大きな声で、彼女と別れの言葉を交わす。
「……」
「千早ちゃん、さようならーーーーー!」
(カーーー)
光が強くなって、彼女の姿も声も聞こえなくなったのだが。
それでも、千早ちゃんに向かって叫ぶ。
(カーーーッ!)
そして、突然の閃光と共に、視界が白に包まれてしまった。
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(ドスン!)
「イテテテ〜」
視界が白に包まれたかと思った、次の瞬間。
高い所から落ちて、尻もちを着いた。
落ちたのは、あの儀式をした草原で、魔法陣の中に落ちたのだが。
空に浮かぶ月は欠けては無い、全くの満月で。
周囲には千早ちゃんどころか、あの精霊も居ない、自分一人だけが居て。
明らかに、自分の時代である事が分かる。
僕は痛い尻を擦りながら、その場で起き上がると。
着地の衝撃で地面に飛び出したスマホを、拾い上げる。
「えっ、たった、これくらいしか経ってないの?」
自分の時間に戻ったので、スマホも自動補正で時間も正確になったが。
スマホで確認した時間は、たったの二、三分しか経ってなかった。
一瞬、今までの事が、夢ではないかと疑ったけど。
千早ちゃんの、あの声、あの匂い、あの柔らかい感触。
そして、あの笑顔。
それらの事が、とても夢だとは思えない僕が、ある事を思い出した。
「そう言えば、あの日記」
僕が過去に行って、彼女の心を満たしたのなら。
あの日記の内容も、必ず変わっている事を思い付く。
その事を思い付いた僕は、地面に描かれた魔法陣の後にして。
慌てて、自分の家へと帰る事にしたのであった。




