第三十九話 帰還の儀式(前)
夜も更けて、再び月が中天に差し掛かった頃。
「千早ちゃん、もう時間だよ」
「えっ、う、うん……」
時間になったので、僕がそう言うと。
僕の胸に顔を埋めて、抱かれていた千早ちゃんが。
名残惜しそうにしながらも、素直に返事をする。
それから二人は、あの場所へ向かう為の準備を始めた。
・・・
「まだ残ってたね〜」
「三日前だし、雨も降ってなかったからね」
千早ちゃんと腕を組んで、あの草原へとやって来た。
今日もまた雲が殆ど無く、満月から僅かに過ぎているので少し欠けては居たが。
ほぼ、まん丸い月が明るく地面を照らしていた。
おかげで、地面に描かれていた魔法陣がハッキリと分かる。
魔法陣の傍らには、ここに来た時に彼女が使っていたと思わしき懐中電灯が、電池切れのままで残っていた。
まだ残っている魔法陣を見て、彼女が軽く驚き。
まだ三日しか立ってない上、雨も無かったので撒いた石灰が残っているだろうと思っていた僕が、当然の様に言った。
とは言っても、三日も経ったので、当然、線も薄れた箇所も有るので。
改めて、石灰を撒いて修正した。
五月とは言っても夜半になり、気温が下がって肌寒くなったので。
千早ちゃんは足にタイツを穿き、肩にショールを羽織っていた。
彼女の生命力が無くなり始め、体力的にどうかと思ったが。
昼間、若干ハシャイだ所為で疲れ気味だったが、別に気分が悪いとかは無かったので安心した。
しかし、これから徐々に生命力が無くなり。
日記の通りだと、段々、ベッドから離れなくなって行くんだろうと思う。
「ねえ、なおくん、始めようよ」
「あっ、うん……」
僕が、物思いに耽っていていたら。
僕を呼ぶ彼女の声に気付き、返事をする。
(カサカサカサ)
千早ちゃんが、スカートのポケットから、紙切れを取り出して広げ。
僕が持っていた懐中電灯で、その紙切れを照らした。
「「四大元素とそれに関わる天使達よ……」」
(ザワザワザワ)
二人で呪文を唱え始めると、まず周囲の空気が変化した。
しかし、それは決して悪いものではなく、むしろ穏やかな雰囲気にする物であった。
「「我が願いに叶えんが為に……」」
(シュー)
次の呪文を唱えたら、その変化した空気が魔法陣に集まり出し。
「「それぞれの属性に干渉し……」」
(シュゥゥゥー)
呪文を続けると、魔法陣に流れ込む空気が濃厚になっていき。
「「時の精霊を呼び出させよ……」」
(ゴゴゴー)
更に続けると、流れ込む空気が早くなり。
「「いざ現われん!」」
(ゴゴゴゴゴーーー)
流れる空気がますます早くなり、千早ちゃんのスカートが大きく捲り上がったので、片手で抑え。
それを見た僕が、彼女の体が風下になる様に体を動かした。
「「時の精霊よ!」」
(カッーーー!!!!)
そして最後の、精霊を呼び出す文言を唱えたら。
濃厚になった空気が、突然光り出し、目の前が真っ白になった。
・・・
「ふう〜、どうやら無事に呼び出したごたるね」
目の前が真っ白になって暫くして、目が慣れて見える様になると。
何とも呑気な、気が抜けたような声が聞こえた。
声がする方を見たら、赤い嘴、小さな翼、鳥の様な足の。
黄色い巨大な物体が、魔法陣の上に浮いていた。
そう、この一見すると巨大なヒヨコみたいな物が。
呼び出したかった相手の、時の精霊メジーである。
「で、どぎゃんやった、千早?
尚は、理想の相手やったとね?」
「はい、精霊さんが言った通り、 “謙虚、誠実、思いやり”を持った。
私の、理想の男の子でした」
「そぎゃん ね、それは良かった。
寿命を縮めた挙句、望みも叶えんかったとか、こっちも気分が悪かけん」
出現してすぐ、千早ちゃんの方を向き、彼女と会話をすると。
望みが叶った事に、精霊が満足した。
「なあ、メジー」
「ん、何ね尚?」
「どうにかして、この時代に居れれないか?」
「なおくん!」
そんな精霊に、僕がどうにかして、この時代に居られないか尋ねてみる。
その僕の言葉を聞いて、千早ちゃんが声を上げた。
あの時は一旦、自分の時代に帰る事を決めたのだが。
彼女と一緒に居る内に、どうにかして居られないか再び考える様になった。
しかし、このままでは彼女が納得しないと思い。
精霊なら、どうにか出来る方法が有るのではかと思い、尋ねたのである。
「前にも言うたごつ、このまま居たら、死ぬまで彷徨わないといかんごつなるとばってんが。
それでも良かとね?」
「だから、何か他に良い方法が無いのか、聞いているんだよ」
「そぎゃん良か方法が有るとなら、最初に言うとるたい」
「……そんな」
一か八か、何か良い方法が無いか聞いてみたが。
やはり良い方法は無かった。
「なおくん!
なおくんは、自分の時代に戻るんじゃなかったの!」
「うん、そうだったけど。
でもやはり、千早ちゃんの事が心配で……」
「精霊さん!」
「うん、何ね千早?」
「結局、私の望みってどうなっているんですか?」
「ああ、そう言えば。
結局、保留になっとったね」
「じゃあ、私がなおくんを。
自分の時代に戻すのを、望んでも良いんですね」
「千早ちゃん!」
彼女からの意外な質問に、僕は驚いてしまった。
「ねえ、なおくん、お願いだから自分の時代に戻って。
私は自分の所為で、なおくんが不幸になるのが嫌なの……」
「……千早ちゃん」
「だからねえ、お願い、自分の時代に戻って」
「……う、うん」
「ありがとう……」
千早ちゃんが僕に縋り付き、必死になって、自分の時代に戻る様に説得する。
彼女が、残っている自分の望みまで使われては、もう戻るしかないので。
僕が渋々、了承すると、彼女が泣き笑いの顔を見せた。




