第三話 恋の前触れ
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すっかり陽が上った道を、大汗を掻きながら、帰り道を急いだ。
家に着いてから、持ち帰ったその本を開けようとしたが、本に付いている錠前が鍵が掛かっている上。
その錠前も、表面はピカピカで綺麗だが、鍵穴の中が錆びついているので開ける事が出来ない。
仕方が無いので、悪戦苦闘しながらも、工具を使い錠前を破壊した。
錠前を破壊すると、ようやく本を開く事が出来たので開いて見ると、表に日記帳と書いてあった。
その日記帳と書いてある下の方に、恐らく付け始めたであろう日付と、名前が書かれていた。
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1977年5月〜
吉塚 千早
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……1977年? 40年も前じゃないか!
しかも、吉塚千早、名前と字からすると、女性の様だけど。
とりあえず、読んでみよう。
名前が書いてあるページを開くと、如何にも魔法陣と言える模様が現れるが。
それが何かが分からないので、取り敢えずそのページは飛ばして行く。
それから僕は次々と、日記を読み進める。
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5月XX日
この日から、日記を書き始める。
私は、幼い頃からの虚弱体質で、人並みには生きられないと、言われていた。
その所為で高校にも行けず、自宅で静かに過ごさないといけない。
長くは生きられないのは、小さい頃から言われていたので、覚悟はしていたが。
しかし、せめて人と同じ幸せだけは味わいたい。
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5月XX日
今日は朝早くから、検査の為に遠くの街まで行った。
丁度、登校時なのだろう、制服を着た学生が通るのを、車の中から見ていた。
それを見て、少し落ち込んでしまう。
私も健康なら、あの中にいるのだろうから。
私は今年で16歳で、高校の1年になるはずだった。
自分の体が恨めしくなって来る。
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あ、そうなんだ、千早ちゃんは、同じ高校生で。
体が悪くて、学校に行けなかったんだ。
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5月XX日
今日は、綺麗な五月晴れ。
気分も良いから、自分でサンドウイッチを作って。
近くの広場に、一人でピクニックに行っちゃった。
外で食べるご飯は、美味しいな。
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ふふっ、可愛いな、千早ちゃん。
そのまま、日記を読み続けていると。
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6月XX日
今日、彼氏が出来るおまじないをやってみた。
人並みの事は出来ないけど、せめて恋だけは人と同じくらいしたい。
彼が出来たら、何しようか?
晴れた日に、デートに行って、手を繋ぎながら歩いて。
沈む夕日を見ながらキスをしたり・・・。
……キャッ、恥ずかしい!
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……。
この後も度々、おまじないをしていたらしく。
その事について、よく触れられていて。
先程の魔法陣みたいな物も、"かなり御利益がある"と、日記には記してあって。
千早ちゃんも、時間を掛けて書いたみたいだ。
ん、日にちが飛んでいるぞ?
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6月XX日
昨日は久しぶりに、少し熱を出してしまい。
大丈夫だけど、大事を取り一日中寝ていたから、日記を書けなかった。
今日も、チョット怠いけど。
せめて日記だけは書いておこうと、思って書きました。
短いけど無理をしたくないので、ここで止めます。
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そう言えば、千早ちゃん、体が悪かったんだよな。
更に、日記を読み進める。
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8月XX日
今日は、近くで花火大会がある日だ。
残念だけど、私は体に差し障るから見に行く事が出来ない。
諦め切れず、開けた場所にある丘に行って見たら、少しだけど花火が開くのが見えた。
高く上がった花火だけしか見えなかったが、とても綺麗だった。
でも、贅沢を言えば、全部見たかったなあ。
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10月XX日
遠くの山が色づいて来た。
赤、黄色、それらが混じった色んな色。
余りにも綺麗だから、思わず一時間も見入っていたら、体が冷えて少し熱を出した。
後で、お母さんに「千早ちゃんは、体が弱いんだから」と怒られた。
反省、反省。
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12月XX日
もうすぐ、新年だけど。
新年は、普段はナカナカ行けない遠くの街に、初詣で行ける。
それが楽しくて、楽しくて、しょうが無い。
それで少しハシャいでいたら、お母さんに「千早ちゃん、大人しくしてないと、また倒れるわよ」と言われた。
はーい、分かってまーす。
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3月XX日
今日は、お母さんの誕生日。
いつも迷惑を掛けているから、日頃のお礼にちょっとプレゼントをあげたの。
そんなに、高い物じゃなくて、私の手編みの膝掛け。
お誕生日おめでとう、と言ってプレゼントとあげたら。
「千早ちゃん、ありがとうね……」と言われて、泣かれてしまったの。
そんな、大した物をあげたんじゃ、無いのに……。
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日記を読み進めて分かった、千早ちゃんの人物像が。
優しくて、可愛くて、ふんわりして、そして少しお茶目な女の子。
文字だけだけど。
こんなに女の子と触れ合って、心が暖かくなったのは、何年ぶりだろうか。
そして、更に、日記を読み進めて行くと、ハラリと一枚の紙が落ちた。
それを拾うと、それは写真の様だ。
裏には、”千早、16歳”と書いてある。
急いで、裏がったままの写真を返して見て、衝撃を受けた。
そこには、一人の美少女がいた。
その美少女は、前髪を切り揃えた背中までの長さの黒髪で。
膝丈の白いワンピースを着て、黒いリボンが付いた、ツバが幅広の白い帽子を被っていた。
それはまるで、ギャルゲーの王道ヒロインの様だが、全然ワザとらしさが無く。
そのふんわりとした雰囲気に似合っていた。
手足は細くて長く、今でもモデルとして、十分通用するスタイルだ。
小さな顔にクリクリとした大きな瞳、物凄い美人だけど、優しい眼差しで、柔らかな笑顔を見せている。
今の、外見はキレイだけど目付きが異常に鋭く、ギスギスした空気の娘とは天と地ほど違う。
性格も雰囲気も、まるでギャルゲーのヒロインの様な女の子がいた。
もう三次元には、とっくの昔に興味どころか、嫌悪感しか抱かなくなってしまったのだが。
その姿を見ただけで、一発で心臓を射抜かれてしまった。
……一目惚れだ。
居ても立ってもいられずに、ページを捲って行くと最後の方に。
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5月XX日
私は、いつまで生きていられるの?
それまでに、素敵な恋が出来るの?
それを考えると、不安で不安で仕方が無い。
お願い神様、どうか、短い命なら、せめてこの願いを叶えて。
私の残り少ない命を掛けて、この望みを叶えて下さい。
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嫌な予感がして、次のページを捲る。
それから、数日が経っていた。
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5月XX日
はあ、結局はダメだった。
自分がやった儀式は、自分の命を引き換に望みを叶える物だったけど。
それでも、叶わなかった。
何もかも、どうでも良い、もう生きてても先が無い。
もう、そんな投げやりな感情しか、湧き起こらない。
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9月XX日
儀式の後、次第に体調が悪くなり。
夏に入って暑くなってからは、特に酷くなった。
秋になり涼しくなっても、この数日は衰弱が激しく、ずっと寝込んでしまって。
自分でも、もう長くは無いのが分かる。
多分もう、この日記を書く事も、あるかどうかさえ分からない。
儀式の後、日記を書く気が無くなってしまったけど。
最後のケジメとして気力を振り絞り、この事を書きました。
もし自分が死んだ後、日記を見られて。
自分の心を他人に知られるのが嫌なので、この日記を屋根裏に隠します。
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日付が飛んだ次のページを見た後、日記が途切れていた。
いくら捲っても、空白のページしか無かった。
……そんな、そんな、まさか死んだ……。
”かわいそうだ、かわいそうだ、何とかしてあげたい”
そんな思いが、胸を突き動かした。
そうして、あるページを捲ると、いくつかの紙切れが挟んであった。
それを開くと魔方陣と呪文、そして儀式の手順が書いてある。
これを見て僕は、ある事と考え付いた。
今回のサブタイトルは、T-SQUARE の "Omens of Love" に因んで付けました。
(本当は違う訳なんですが、自分的にはコッチの方がシックリくるので)
https://www.youtube.com/watch?v=GDLWFD68jiA
https://www.nicovideo.jp/watch/sm4343780
吹奏楽では超メジャーな曲なので、そちら方面の方なら"ああ〜"と思うでしょう。
<3/22>
千早の日記の最後を変更した上で、更にもう一日分追加しました。
それに伴い、第四話の一部も微調整しました。