第三十三話 遊園地に行こう
<列車の車中>
(ゴトン……、ゴトン……)
今、僕と千早ちゃんは列車に乗っている。
何故なら、彼女の希望で遊園地に行く事になったからだ。
・・・
「ねえ、なおくん。
遊園地に行かない……」
「……えっ?」
千早ちゃんに頭を抱き締められ、ボンヤリとしていた僕に。
彼女が突然、そんな提案をして来た。
「どうしたの急に?」
「私は恋人と一緒に、遊園地に行ってデートするのが夢だったの。
でね、ついでに海にも行こう?」
「どうして?」
「夕暮れの海に行って、二人で浜辺を歩くのも夢だから。
丁度、遊園地が海の近くだし。
だから一緒に行きたいの……」
腕の力が緩まったので、千早ちゃんから離れ向き合うと
彼女が強請るような瞳で、僕にそう言ってお願いしてくる。
何だか昨日から、彼女が少し変わった様な気がする。
「二人が恋人で居られるのは、今日一日だけだから。
出来るだけ、楽しかった思い出を作りたいの……」
「良いよ、行こう」
「なおくん、ありがとう♪」
急に、それまでの表情から、真剣な顔でそう言うと。
それを聞いた僕が了承し、僕の返事を聞いた彼女が感謝の言葉を返す。
・・・
それで、最後の日になる今日は。
二人で一緒に、遊園地で遊ぶ事になった。
千早ちゃんの膝に、眠り込んでいた僕は。
取り敢えず、起きる事にする。
それから、二人で朝食を取ったのだが。
彼女は自分の箸を止め、僕の食べる姿を微笑んで見ていたり。
「あっ、なおくん、チョット待って」
「ん?」
(ヒョイッ)
「ほら、ホッペタに、ご飯が付いていたよ」
(パクっ)
「あっ……」
あるいは。
僕の頬に付いた、米粒を取って食べたり。
「なおくん、チョット頭を下げて」
「なに?」
(サッサッ)
「ほら、襟が裏返っていたよ」
または、シャツの襟を直してくれたり。
何だか千早ちゃんが、妙に僕の世話を焼くようになった。
昨日の事があってから、何と言うか僕に対する接し方が変わった気がする。
……どう言ったら良いのか、弟を見守る優しい姉の様な感じと言うか。
とにかく、そんな感じかな。
朝食を食べてから、間を置かずに。
千早ちゃんが外出の準備をする。
何時もだと、午前中の早い時間は、何かしら家事をしているのだが。
今日が、僕と居られる最後の日だから、出来るだけ一緒に居たいと言う事だ。
「お待たせ〜」
明るい声と共に、千早ちゃんが居間にやって来た。
今日は肩口が膨らんだ、ピンクのワンピースである。
ピンクと言ってもパステルカラーの、春らしい明るい色使いで。
動く度に、ヒラヒラ揺れる裾に、思わず目が行ってしまいそうだ。
「今日は可愛くて、千早ちゃんに似合っているね」
「ふふふっ、ありがとう♡」
千早ちゃんに似合う、可愛らしい服に褒めると。
ご機嫌になった彼女が、笑顔になった。
「でも、今日は大丈夫なの。
昨日、無理したら具合が悪くなったから」
「ん〜、完全に回復した訳じゃないけど。
無理をしなければ、大丈夫だし。
第一、なおくんと居られるのは、今日だけしかないから。
そんな日に、寝てなんて居られないよ〜」
昨日の事があるので、大丈夫かと思ったのだが。
千早ちゃんを見る限り、顔色も悪くは無く。
まあ、昨日みたいに無理をさせなければ大丈夫だろう。
とは言え、急速に生命力が落ちてきているので。
普通の感覚で考えてはイケナイのだが。
・・・
「ねえ、千早ちゃん」
「ん? なに、なおくん」
「遊園地って、どこにあるの?」
「えっ、なおくんの時代には無いの?」
「ん〜、分からないね」
「えとね、街から更に電車で行った先の、海の側に在る。
“あなたの近くの……”」
僕と千早ちゃんは、駅へと向かっていた。
駅から列車で、遊園地へと行くとの事である。
彼女は、ピンクのワンピースに、服に合う赤系のバッグ。
足元も、素足に赤っぽいシューズと言う姿で歩いている。
そうやって、駅へと向かっている途中。
僕は遊園地がどこに在るのか、聞いてみた。
僕の時代では、聞いた事が無いからだ。
僕が彼女に尋ねてみると、そんな言葉が返ったので。
一瞬、立ち止まる。
ん? 何か聞いた事あるな、このキャッチフレーズ。
えっと、確かぁ……。
あ、そうそう、思い出した。
「“あなたの近くの、海に在る遊園地”でしょ」
「そうそう〜」
「あー、そこね。
僕が生まれる前に、無くなったんだよー」
「えっ、そうなの、残念だなぁ……」
千早ちゃんが言っていた遊園地は、70年代初頭に開園し。
海の近くに在り、それが売りだったが、バブル崩壊後に経営が悪化して。
21世紀を迎える前に、潰れてしまった遊園地だ。
僕の時代では、緑の多いロケーションを利用して。
園内のアトラクションを撤去した後、市営の緑地公園になってしまっていた。
僕の生まれる前なので、直接は知らないが。
あのキャッチフレーズは、古いポスターを見たり、大人達が、偶に言っていたので、有った事自体は知っていて。
それで、何とか思い出したのである。
「あ、それで、こんなに早くから……」
「うん、街で乗り継ぐから。
今から行くと、丁度、開園時間になるから」
あの森林公園なら、一度、街で乗り換えないと行けないからだろう。
しかし、それでも若干余裕が有るとは思うが。
時代が違うから、僕の感覚よりは遅くのかもしれない。
***************
(ゴトン……、ゴトン……)
今、私は、なおくんと列車に乗っている。
家を出発してから、駅に着く前に。
もちろん、彼が恥を掻かないように、予め、お金を渡しておいた。
私は毎月、結構な額のお小遣いを貰っていたけど。
使うのは街に出た時に、お洋服を買ったり、本を買ったりする位で。
普段は使う事も少ないから、貯まる一方である。
もう、この際だから、全部使っても良いと思っている。
どうせ、長くは生きられないのだし。
それに、この限られた時間で、彼との楽しい思い出を作れるのなら惜しくは無い。
(ゴトン……、ゴトン……)
それから駅に着き、列車に乗ってから。
二人並んで、座席に座っている。
(ギュッ)
私は家を出てから、ずっと彼と腕を組んでいたのだが。
思わず、組んだ腕に力を入れてしまった。
「うん? どうしたの千早ちゃん」
「ううん、何でも無いよ」
強まった力に、なおくんが私の方に振り向き。
笑顔で、尋ねてきた。
特に意味も無かったので、私はそう言う。
駅に来るまでは、二人で会話をしていたけど。
列車に乗ったら、一転して無言になる。
まずは乗り換える為、街まで向かう列車の中は。
日曜の朝の所為か、人の姿は余り無かった。
そんな列車の中で、規則的なレールの音がメトロノームの様に聞こえる。
「……」
「……」
二人は、座席に座ったまま無言になるが。
しかし、別に不快な感じでは無く。
逆に二人の間には、マッタリとした空気が流れていた。
そんなマッタリとした空気の中。
私は、なおくんに寄り添いながら、彼の存在を感じていたのであった。
ちなみに、線路の写真は踏切から撮った物で。
線路の中に入って、撮った物ではありません。




