第三十二話 三日目の目覚め
(チュン……、チュン……)
「……んっ」
意識が浮き上がってくると共に、雀の声で聞こえてきた。
珍しいなぁ、家の周囲で聞くことなんか余りなかったのに。
(ぷにゅっ)
「(あれ? 何だか寝心地の良い枕だな……)」
どうやらベッドに横たわって居るのではなく、ベッドに上半身を乗せたまま寝ていた様だ。
そんな変な寝方をしている上に、俯せで頭を乗せている枕がとても気持ち良い。
(スリスリスリ〜)
「んっ! んんんっ〜」
(ビクッ! ビクッ、ビクッ)
余りにも気持ちが良いので、思わず枕と抱き付きながら、頬ずりをすると。
突然、甘い声と共に、枕が震えた。
(ガバッ!)
「んんっ。
もお〜、なおくん擽ったいよぉ〜」
「えっ?」
聞こえてきた声と突然の振動で、驚いて身を起こしたら。
目の前には寝起きらしく、眠そうな目をした千早ちゃんが居た。
目の前の彼女を見て、今の状況が理解できないで居た僕は。
一度、冷静になった、昨日の事を思い起こす。
ーー確か、僕がココに残る事を彼女に告げて。
それから、千早ちゃんに泣きながら止められて。
そこから、僕が理由を言ってから……。
ここで僕は、昨日、千早ちゃんに抱き締められて。
僕も彼女に甘えてしまって……。
僕はソコで、彼女の柔らかい胸に顔を埋めたまま、泣き寝入った事を思い出した。
「千早ちゃん、ご、ごめん!」
(ザザッ)
(スッ)
(ギュッ!)
「(ええっ!)」
昨日の事を思い出した途端、恥ずかしさの余り、千早ちゃんから離れようとしたが。
その瞬間、彼女が手を伸ばし、再び僕の頭を抱き締めた。
「逃げないで、なおくん」
「ふんぐ、うんぐ」
「もうしばらく、そのままで居ても良いよ」
(トン……、トン……)
僕は、また千早ちゃんの胸に顔を埋めた状態になったので、何とか離れようとするが。
優しく背中を叩かれ、その感触を受け体の力が抜けていく。
「ねえ、なおくん。
なおくんは私の事が好きなの?」
「うん、大好きだよ……」
「私も、なおくんの事が大好きだよ。
だから私達は、恋人どうしだよね?」
「うん、そうだよ……」
「私、嬉しいよぉ……」
僕の体から力が抜けると同時に、腕の力も緩まる。
それから尋ねられた、千早ちゃんの問い掛けに。
普段なら恥ずかしくなる答えを、抱き締められた所為で頭が回らなくなっていたので。
僕は良く考えないままで、返事をしてしまう。
僕の返事を聞いて、彼女が心底嬉しそうに呟く。
「私ね、昔っから。
少女マンガみたいに、優しい男の子と恋人になって、素敵な恋愛がしたかった。
でも、私の体が弱いから、恋愛どころか長くは生きられないと告げられ。
諦めるしかなかった。
だけと、どうしても諦めきれなくて、どうせ早く死ぬのには代わりは無いから。
一か八かで、儀式をしたの。」
「うん……」
柔らかく温かい彼女に包まれたまま、ボンヤリとした返事を返す。
その辺りの事は、千早ちゃんの日記を見ているから。
大体の事は知ってはいた。
「でも、儀式をして会えたのが、なおくんみたいな素敵な男の子で。
しかも、そんな素敵な男の子と、恋人になれなんだよ。
例え、今日一日だけの恋人だけでも。
もう先が無い私には、十分だよ」
(ギュッ)
シミジミとした語り方で、僕と会えて喜びを話し。
同時に、今度はそれ程、強くない力で抱き締めた。
千早ちゃんの柔らかさと温かさに加え、鼻の中一杯に、彼女の甘い匂いがして来て。
その匂いを嗅いでいる内に、昨日の様にまた彼女に抱き付いてしまっていた。
****************
(スリッ)
(ビクッ!)
ウトウトとしていた所、何だか擽ったい感触が脚に走った。
(スリスリスリ〜)
「んっ! んんんっ〜」
(ビクッ! ビクッ、ビクッ)
「(ちょ、ちょっと、擽ったいよ〜)」
お尻に、手が廻った様な感触がすると共に。
なおも続く擽ったさに、ビックリして目が覚めてしまった。
「んんっ。
もお〜、なおくん擽ったいよぉ〜」
「えっ?」
寝起きで目が完全には覚めない中。
目の前には体を起こしたらしく、キョトンとした顔をする、なおくんが居た。
目の前の彼は、最初、自分の状況が理解できてない様だったが。
次第に、昨日の事を思い出し、今の状況を理解したようだ。
「千早ちゃん、ご、ごめん!」
(ザザッ)
(すっ)
(ギュッ!)
「(ええっ!)」
昨日の事を思い出した途端、恥ずかしくなったのだろう。
顔を真っ赤にした彼が、私から急いで逃げようとしたが。
私は、慌てて彼の頭を抱き締めて止める。
「逃げないで、なおくん」
「ふんぐ、うんぐ」
「もうしばらく、そのままで居ても良いよ」
(トン……、トン……)
なおも逃げようとする、なおくんの背中を軽く叩く。
思った通り、包み込むようにして可愛がると、私に甘えて来た。
「ねえ、なおくん。
なおくんは私の事が好きなの?」
「うん、大好きだよ……」
「私も、なおくんの事が大好きだよ。
だから私達は、恋人どうしだよね?」
「うん、そうだよ……」
「私、嬉しいよぉ……」
お互いの気持ちが通じ合ったので。
今までは“理想の男の子”と言う目で見ていたから、少し畏まった態度だったが。
今は何だか、砕けた会話をしている。
「私ね、昔っから。
少女マンガみたいに、優しい男の子と恋人になって、素敵な恋愛がしたかった。
でも、私の体が弱いから、恋愛どころか長くは生きられないと告げられ。
諦めるしかなかった。
だけと、どうしても諦めきれなくて、どうせ早く死ぬのには代わりは無いから。
一か八かで、儀式をしたの。」
「うん……」
嬉しさの余り、私は今までの事を振り返り。
私の成すがままにされていた、なおくんは、静かに話を聞いている。
「でも、儀式をして会えたのが、なおくんみたいな素敵な男の子で。
しかも、そんな素敵な男の子と、恋人になれなんだよ。
例え、今日一日だけの恋人だけでも。
もう先が無い私には、十分だよ」
(ギュッ)
それから、なおくんと出会えた喜びを話しつつ抱き締める。
この関係が今日一日だけの関係でも、私はこれから死ぬまで。
その思い出を抱いて生きていける。
そんな思いを込めて、なおくんを抱くと。
彼も私を抱き返す。
今まで、なおくんの事を“理想の男の子”と思って居たが。
昨日の彼の心の中が分かると、一日目の目覚めの時の様に。
“ちっちゃな子供”の様に見え、何だか可愛くなってくる。
こうして、しばらくの間。
私は、“可愛いなおくん”を抱き締めていたのであった。




