第二十八話 体調悪化
(バタ、バタ、バタ)
「ハァ、ハァ、ハァ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
不良達がモタツイている間に、派手な足音をさせつつ。
僕は千早ちゃんを引っ張りながら、薄暗い裏通りを駆け抜けていく。
裏通りを抜け、明るい通りに出たけど。
それでも安心できず、取り敢えず不良達が来ない場所へと向かっていた。
後ろの千早ちゃんを見ると、苦しそうに息をするが。
あの連中に捕まったら、どんな目に合わされるか分からないので。
心を鬼にして、彼女を引っ張る。
・・・
「ハァ、ハァ、ハァ〜」
僕たちは、先程まで居た運動公園まで戻る。
広場の端ではあるが、周りは開けていて。
親子連れらしい人間が何人も居て、人の目がそれなりにはあった
こんな人目が有る所まで来れば、あの連中も来る事もないだろうし。
特に、シンナー中毒のジャンキーが居るから、こんな所に来れば即座に通報されるだろう。
もう来ないと確信した所で、荒い息を整えると。
後ろの千早ちゃんを見た。
「はぁ、うっ……、ううっ……」
(サーーーッ)
僕が彼女を見ると、千早ちゃんは胸を押さえ、体を丸めて苦しそうにしている。
そんな千早ちゃんを見て、僕は体から血の気が引いた。
「だ、大丈夫! 千早ちゃん」
「だ、大丈夫だよ……」
慌てた僕が、千早ちゃんの両肩を持って、尋ねると。
顔を上げた彼女が微笑みながら、僕を見る。
しかし、その笑みは力の無い、弱々しい物であった。
「ごめんよ、無理をさせて」
「ううん……、急がないと危なかったし。
でもオカシイなぁ、幾ら全力で走ったとは言え。
こんなに気分が悪くなる事なんて、最近は無かったんだよ。
ここ何年かは、時々、熱が出ることがあっても。
何かして急に、しかもここまで気分が悪く事も無かったし……。
それに、一昨日も。
体が冷えたとは言っても、あそこまで気分が悪くなるのも久しぶりだった……」
青い顔色のまま、不思議そうな顔をする千早ちゃん。
ーーあん娘、虚弱体質で元々から、生命エネルギーが弱か上に。
あん儀式ばやったけんがら……
ふっと何の脈絡も無く、あの精霊の言葉が頭を掠めた。
その事を思い出し、僕は彼女が首を傾げている事を理解できた。
それに千早ちゃんの日記でも、儀式の後から次第に体調が悪化した様だし。
「さあ、そこのベンチで少し休もう」
頭に浮かんだ物を、首を振って消すと。
そう言いながら、千早ちゃんを抱え込むようにして、公園の隅にあるベンチに座らせた。
「千早ちゃん、気分はどお?」
「……うん、息が苦しくて、何だか気分が悪いの……」
「病院に行こうか?」
「……いいよ、小さい頃も、酷い時はコンナ感じだった。
その時も安静にしてたら、落ち着いたから……」
「じゃあ、ここで少し休もう」
「……うん」
病院に行くほどでも無いが、でもしばらくは動けそうも無いので。
このままベンチで、彼女を休ませる事にする。
(なでっ)
「(冷たいなぁ)」
ベンチに座って、苦しそうに目を閉じている千早ちゃんの頬を撫でた。
血の気が無くなっている所為で、冷たく感じられる。
「温かい……」
(そっ)
僕が、千早ちゃんの頬を撫でると。
彼女がそう言って、頬を撫でる僕の手に両手を添える。
僕の手に添えた彼女の両手も、やはり冷たい。
僕の温かさが気持ち良いのか。
千早ちゃんは僕の手を握ったまま、身じろぎもしない。
僕は、そんな彼女を好きなようにさせたまま、一緒に公園に居たのであった。
****************
(ゴトン……、ゴトン……)
「千早ちゃん、まだ気分悪い?」
「ん……、だいぶん楽になった」
今、私は列車に乗っている。
そして、なおくんは隣にいて、私を包み込むようにして肩を抱いていた。
あれから、しばらく公園で休憩をして。
何とか歩けるようになった所で、駅へと向かった。
とは言え、少し歩くとキツくなるので、休み休みながらであったが。
駅に着いて、休憩ついでに列車を待ち。
列車が来た所で、乗り込んだ。
夕方前だが、土曜だったので、車内はそれなりに混んでいて。
二人はボックスシートの片側に座るが、対面側には誰も座ろうとしない。
恐らく、私たちをカップルだと思い、遠慮したのだろう。
そんな状況に普通だったら、内心喜んだであろうが。
生憎、イマイチ体調が良くないので、素直には喜べない。
(なで……、なで……)
「はぁ……」
私は、なおくんに肩を抱かれながら、頭を撫でられている。
温かな彼の手が頭を滑るたびに、気持ちが良くなり。
時折、思わず溜息を漏らしてしまう。
気分が悪くなった当初は、ただ苦しいだけだったが。
時間が経ち、なおくんに包み込まえれている内に、次第に楽になり。
休憩している時に頭を撫でられたり、あるいは背中を優しく叩かれると、とても良い感触を感じてしまい。
意識が朦朧としていたのが、何だかフワフワした気分に変わった。
追いかけられる前もそうだけど、彼に頭を撫でられるのはとても気持ち良くて。
自然と気分がフワフワしてしまう。
「千早ちゃん?」
「えっ?」
(ギュッ)
「あっ……」
フワフワした気分でいたら。
突然のなおくんの声に、私は知らず知らずの内に。
頭を撫でていた、彼の手を握りしめていた事に気付く。
「ねえ、なおくん、良い?」
(ニッコリ)
温かい、なおくんの手が離したくなかった私は。
彼を見ながら、甘えるようにお強請りしてみた。
そんな私を見て、なおくんが返事の代わりに笑い掛けてくれた。
「(ありがとう、なおくん)」
私は目を閉じながら、心の中で彼に感謝した。
(ゴトン……、ゴトン……)
目を閉じても聞こえる線路の音。
彼の手の温もりを感じつつ、フワフワした気分のまま。
いつしか私は、そのまま眠り込んでしまったのであった。
作中で、列車と表現しましたが。
最初、列車を電車と表現しようか、汽車と表現しようと迷いました。
ちなみに、地方によっては、電車と汽車を路線・会社によって区別する場合があります(特に年寄り)。
(例)
福岡だと、電車:西鉄、汽車:JR(旧国鉄)
熊本では、電車:市電(市内電車)、汽車:JR(旧国鉄) 熊本電鉄は電鉄
作中の年代だと、SLが消滅してから余り間が無いので、汽車と表現しようとも思いましたが。
10代20代の読者が居た場合、理解できるか不明ですし。
電車だと、一応、未電化路線と言うこともあり、正確ではないので。
無難な列車と表現しました。




