第二十六話 トラブルに遭遇する(尚サイド)
※今回、作中で有機溶剤を乱用する、人物の表現がありますが。
本作は、その様な行為を推奨する物では有りませんので、注意して下さい。
<古本屋を出た後>
「へえ〜、千早ちゃんは、あんな話が好きなんだ」
「変かなぁ〜」
「ううん、千早ちゃんらしくて、何だか可愛いな」
「……」
古本屋で、少女マンガを手に取り、色んな話をしてくれた千早ちゃん。
思っていた通り、千早ちゃんは凄く乙女チックな話が好きだった。
彼女らしくて、とっても可愛いと思う。
それの事を、千早ちゃんに言うと、顔を赤くして顔を伏せてしまった。
「え! こっちで良いの?」
「うん、ここから行くと近道になるから」
古本屋を出ると、次はデパートに行くみたいだ。
店の中では離れていた彼女も、店を出ると再び僕に腕を絡める。
どうやら今までの事で、遠慮が無くなった様だ。
デパートでは、特に買う予定は無いが。
店を見て回る、要するにウインドショッピングをしたい様である。
二人で腕を組んだ状態で、近道をする。
通る道は、道幅はそれなりにあるけど。
商店街の裏になるので日陰になっていて、人通りが全く無い。
・・・
「へへへへっ〜」
そんな静か過ぎて、少々不気味な場所を通っていたら。
不意に、薄気味悪い笑い声が聞こえて。
「あっれぇ〜、カワイコちゃんが通ってるよぉ〜」
「ああ、そうだな」
「こんなシケた街に、こんなに可愛い娘が居るとはなぁ」
イキナリ道の影から、三人の男が出てくる。
最初の男は、中に黄色い液体が入った、透明の袋を手に持っていて。
ボサボサ頭に、顔を見ると、異常に頬が痩けた上に目が虚ろで。
口からは歯が何本か抜けているのが見えており。
明らかに、通常の状態では無い事が分かる。
次の男は、ソリを入れて髪型をリーゼントにキメている奴で。
三人目は、ソリに坊主頭の奴であった。
そして三人は三人共、昔の不良が良く穿いていた。
ダブダブの幅広の学生ズボンに、派手なTシャツを着ている。
三人は見るからに、その時代の不良なのだが。
駅前に居た連中の様な、良くも悪くも存在感がある訳では無く。
見るからに、チョラそうな雰囲気を醸し出しているので。
パシリでは無いだろうが、恐らくは下っ端だろう。
とは言え、逆にそう言う連中の方が、箍が外れるとタチが悪いし。
それに僕は、基本的に争い事は嫌いな方だ。
だから僕は、少し浮足立ってしまう。
「おい、お前、アンパンのヤリ過ぎだぞ!」
「ははは〜っ、そんな事ねえょ〜」
リーゼントの奴が、挙動がおかしい奴にそう言う。
アンパン? ああ〜、そう言えば昔、ネットで見た事があるな。
確か、シンナーを吸う時アンパンの袋を使ってたから、シンナー吸引の事を、そう言うんだったな。
と言う事は、コイツはシンナー中毒のジャンキーじゃないか!
異様に痩せているし、歯も抜けている所を見ると、かなりの中毒者みたいだ。
(※70年代からバブルに掛けて、不良の間でシンナー遊びが流行していて。
余りの毒性の強さに脳が溶けて(実際は脳細胞が死滅してるのですが)しまい。
その結果、知能障害を負った人間も居たようです。
その後、シンナーの販売が厳格化してしまった上、後遺症も酷いので。
バブルに入った頃には廃れ。
それに代わって流行りだしたのが、ガスパン遊びです)
「なあ、そこの兄ちゃんよ〜。
その女、置いて行きな」
「お前の代わりに、十分、可愛がってやるからよ〜」
そうリーゼントと坊主頭の奴が言うと、三人が“ギャハハ”と下卑た笑い声を上げる。
(ギュッ!)
こんな状況に、頭が白くなっていたのだが。
突然、腕に痛い位の感触を感じた。
見ると、千早ちゃんが顔を青ざめさせながら、震えている。
これを見て、僕は少し冷静になり、二、三回、深呼吸をする。
実は、中学時代の友人に、フルコンタクト空手をしている上に。
更に、様々な格闘術に凝っていた、格闘マニアがいた。
その友人から、頼みのしないのに色々と教えて貰ったり。
あるいは、無理やり実技を何回も受けていた。
その時は、“こんなの何時使うの”と、思いつつも付き合わされたのだが。
まさか、こんな時に使えるのかと思った。
「スーーッ、ハーーッ。
スーーッ、ハーーッ」
その時の事を思い出したので、その場で軽く深呼吸をしたら。
恐怖で硬直した体が、少しは動けるようになる。
何でも、恐怖に陥っている時は、浅い胸式呼吸になっているので。
腹式で深呼吸をすると、少しは緩和されると言う事らしい。
そこでようやく、多少は落ち着いた僕は。
顔を青ざめさせていた千早ちゃんに、安心させるように微笑み掛ける。
僕の笑みを見た彼女の表情が、少し緩んだ様な気がした。
「なあ〜、なあ〜、俺達と一緒に遊ぼうぜ〜」
「キャッ!」
そうしている間に、いつの間にか、挙動がおかしなジャンキーが
近付いていて。
突然、千早ちゃんに抱き付き、攫おうとしていた。
(グイッ)
「ぐげっ!」
「千早ちゃん、大丈夫?」
それを見た僕が、シンナー臭いジャンキーの顎を下から押し上げてから、後ろへ押すと。
拘束が緩まったので、急いで彼女を引き離した後。
(ドン!)
(バタン!)
「イテェーーー!」
後ろに突き飛ばしたら、無防備な状態で背中から落ちて、地面に打ち付けたか。
地面に倒れた状態で、七転八倒していた。
シンナーで感覚が麻痺していても、この痛みだけは誤魔化せなかったらしい。
「こんの野郎ーー!」
ジャンキーが倒されたのを見たリーゼントが、逆上して僕へと突進して来る。
僕はソイツの動きを目を離さず見て、腕を後ろに引いて殴り掛かろうとした瞬間を狙い。
(ドン!)
(ガツン!)
「オオーーーッ!」
腕と首周りを固めて、相手に体当たりをする。
タマタマ、頭が相手の顔に当たってしまい、相手が顔を押さえて悶絶する。
格闘マニアの友人の話だと。
訓練してない者がパンチを使うと、拳を痛めるし。
掌底でも、やはり訓練してないと、動く相手に当てるのは難しい。
特に打撃系の技は。
ヒットポイントに綺麗に決まらないと、威力は半減するそうだ。
また、それ以前に喧嘩慣れしてない場合は、体が思うように動かないとも言われた。
だから、そんな場合は、下手な事をしないで。
体を固めて相手に体当たりをした方が体が動き、その方が、まだ何とかなるらしい。
また、心得のない素人が殴ろうとする時は。
一旦、腕を後ろに引いて溜めを作る、テレホンパンチになりがちだから。
相手を良く見て、それに合わせて飛び込む事も教えられた。
ちなみに、この方法は、当然デブな奴には使えないそうで。
でも逆にデブは、小廻りが利かないので、そう言う場合は相手の側面に廻り。
弱点の膝を蹴ると良いらしい。
「舐めやがってーー!」
リーゼントが悶絶したのを見た、坊主頭が更に逆上して。
僕に殴り掛かる。
しかし間に合わず、パンチが顔面に当たりそうになった。
(ゴン!)
「ギエェェェ!」
「イタっ!」
それを見た僕が、顎を引き頭を下げた。
すると丁度、パンチが僕の額の所に当たった。
派手な音がすると共に、坊主頭が声にならない声を上げ。
僕は痛みに頭を押さえる。
この方法は、打撃系の格技で使われる、パンチの防御の最終手段だそうだ。
相手のパンチを、自分の体で一番丈夫な部分で受けると共に。
グローブなどが無い場合は、相手の拳に負傷を負わせる事が出来るが。
自分もそれなりにダメージを受ける、防御でもある。
星が出た目を凝らして見ると。
坊主頭は片膝を着き、殴った腕を反対の手で掴みながら、天を仰いで呻いている。
「「ぜったい、ブッ殺す!」」
叫び声が聞こえたの、その方向を見ると。
ジャンキーとリーゼントが復活して、僕に向かって来る。
慌てて周囲を見ると、近くに一台の自転車が有るのが見え。
それを見て、友人から教えられた方法を思い出した。
(ブン! ブン! ブン!)
僕は迷わずそれを掴み、自転車を砲丸投げの要領で振り回す。
「うわっ!」
「おっとっ」
「アブねぇ〜」
続いて、坊主頭も復活したが。
僕が自転車を振り回しながら、接近するのを見ると。
三人共、急いで後退する。
(ヒョイッ)
(ガシャン!)
「「イテェーー!」」
自転車を振り回しつつ、イキナリ身を低くしながら自転車を三人に向けて放り出した。
すると上手い具合に、リーゼントと坊主頭のスネに直撃する。
「千早ちゃん、早く!」
(グイッ!)
「あっ、ちょっと、なおくん」
(バタバタバタ)
リーゼントと坊主頭が、スネを抱えて地面を転がっている。
それを見た僕は、チャンスとばかりに、千早ちゃんを引っ張って脱出する。
「おら〜っ、待ちやがれ〜」
(ヨロ、ヨロ、ヨロ)
僕達の後ろをジャンキーが追いかけるが。
足が縺れてしまい、マトモには走れやしない。
そんなジャンキーを無視して、僕達はその場から急いで離れる。
ふう、何とか、難を逃れた。
これが、僕の時代のヤンキーだったら、中には何かの格闘技をやっている場合もあるから。
こうも上手くは行かなかったかも知れない。
いや、この時代でも、喧嘩慣れした奴だったら。
多少、ダメージを追っても、構わず突っ込むから駄目だろう。
幸いな事に、今回は相手がチャラい小物だった事であろう。
だから、何とかなったのだ。
そんな事を考えながら、僕は千早ちゃんを連れて逃げたのであった。
今回、主人公が使った技?は、全く根拠が無い訳ではありませんが。
実際は、こんなに上手いこと使える訳が無いので、実用性については保障はしません。
あと、主人公が自転車を振り回したエピソードは。
実際に、某中国拳法の達人が、ストリートファイトで使った話を元にしてます
<参考>
・シンナー遊び
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%BC#%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%BC%E9%81%8A%E3%81%B3
・ガスパン遊び
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%83%91%E3%83%B3%E9%81%8A%E3%81%B3




