第二十一話 動く列車の中で
「あ、駅に着いたね。千早ちゃん」
「う、うん……」
また今日も、僕の余計な言葉で、千早ちゃんとの空気が悪くなってしまった。
彼女から予想もしない母親の事を聞かれ、思わず感情的になったとは言え。
ちょっと、マズいよなあ……。
後からになって、マズい事をしたと気付き。
歩きながら、色々と千早ちゃんに語り掛けていたら。
まだ多少ギクシャクしながらも、何とか気まずい雰囲気を払拭する事が出来た。
「あ、そうだ!
なおくん、……これ」
「えっ?」
駅に着いた所で、千早ちゃんが立ち止まり。
肩に掛けていたバッグから、五千円札を取り出した。
その五千円札は、僕の時代の樋口一葉ではなく、当時の聖徳太子の物であった。
「なおくん、今、お金持って無いよね。
このままだとデートで、私に奢れないってなっちゃう。
私は良いけど。
でも人が居る所だと、なおくん恥ずかしい思いをすると思うから……」
つまり、僕が奢った事になるよう、お金を出してくれると言うのだ。
そう言われて。
僕は、この時代の金を持って居なかった事を思い出した。
それに僕の時代でさえ、建前では男女平等と言いながらも、“男が奢るモノ”と言う考えがマダマダ根強いと言うのに。
ましてや、この時代に、デートで女の子に金を出させたと分かったら。
恐らく、周囲から相当、白い目で見られるだろう。
だから、僕が恥を掻かない様に。
あらかじめ彼女がお金を出してくれると言う事らしい。
「で、でも。
昨日の買い物の分もあるのに……」
「良いよの、私が、なおくんに纏めて貸してあげるだけだから」
「……ありがとう」
そう言いながら千早ちゃんが、明るい表情でお金を渡してくれた。
千早ちゃんが気を使って、貸した事にしてくれるが。
未来に戻るのなら、返す事など叶わないのだが……。
金を使わないとしようとしても、交通費などで、どうしても使わないと言う訳には行かないから。
僕は、彼女からのお金を受け取るしかなかった。
昨日の買い物と言い、千早ちゃんにお世話になっている。
本来なら、男としては情けない話だ。
しかし、今の自分には、どうする事も出来ないので。
代わりに、彼女にはタップリとサービスする他は無い。
そんな事を思いながら、千早ちゃんと一緒に駅へと入ったのだった。
・・・
木造の駅舎に入り、窓口で街までの二人分の切符を買って。
改札口で、切符をハサミで切って貰う。
当然の事ながら、自動券売機も無いし。
また、自動改札でもないので、切符を切って貰わないと行けない。
改札に入る前に時刻表を見ると、まだ街へ行く上りの列車が来るには時間がある様だ。
同時に、時刻表を見て初めて、“まだ、この頃は民営化されて無かったんだな”と思い出す。
民営化される前、つまり、まだ国鉄のままである。
列車の運行間隔も、僕の時代と同じ間隔であるが。
確か、民営化されたと同時に大幅に減便して、一時期は不便だったらしいけど。
この辺りの開発が進み、人口が増えると共に。
民営化以前の便数まで、回復したと言う事を、どこかで聞いた事がある。
昔聞いた、そんな事を思い出しながら、改札を潜り。
古ぼけた陸橋を渡ってから、反対の上り側のホームに行くと、二人で木製のベンチに座った。
「線路の上に架線が無いから、まだ電化されて無いんだね」
「うん?」
「いやね、僕の時代だと、この路線は電化されていたから」
「そうなの?」
おもむろに線路を見て、気付いたことが、つい口に出てしまった。
ただ千早ちゃんは、そう言う方面には関心が無いみたいだ。
まあ女の子の間でも、鉄道に関心が出て来たのなんて。
僕の時代でも、数年前くらいからだしね。
ーー確か、もうSLは廃れてしまった頃だから。
走っているのはデーゼルだろうな。
僕は線路を見ながら、そんな事を思ってしまう。
因みに、この路線は単線だけど。
特急追い越し用に、駅にはホームが三つもあった。
「ねえ千早ちゃん、本当に大丈夫、お金?」
「どうしたのなおくん?」
「いや、昨日から結構、出しているから」
「大丈夫よ、私、お小遣い貰っても、使う機会が余り無いの。
まあ、私も女の子だから、お洋服とかに多少は使うけど。
でも、元々から無駄遣いしない方だし。
それに街に出る機会自体が少ないから、結局、溜まっていく一方だから」
僕は再び、お金の事を聞いてみるが。
千早ちゃんは、微笑みながら答えた。
彼女は良い所のお嬢さんだから、小遣いもそれなりに貰っているだろうし。
性格的に浪費する様に見えない上、浪費出来るような環境でも無いのもあるだろう。
見た所、無理をしている様では無いので、僕は納得するしかない。
「それより、ねえ、なおくん。
今日も良い天気だね〜♪」
「そうだね」
千早ちゃんが、そう言いながら線路の方を向いたので。
つられて、その方向を見た。
彼女の視線の先には、五月の爽やかな空が見える。
朝、TVで見た天気予報だと、この数日の間は晴れの日が続くそうだ。
僕達二人は、そんな爽やかな空を。
汽車が来るまでボンヤリと眺めながら、ポツポツと会話をしていた。
****************
(ゴトン……、ゴトン……)
今、私は、なおくんと一緒に汽車に乗っている。
二人は、対面式のボックスシートに並んで座り。
進行方向に向かい、車窓から流れる風景を一緒に眺めていた。
私が窓側で、彼が通路側に座っており。
それもただ並んでいるだけでなく、私の右手と彼の左手の、お互いの手を握りながらである。
車内は、朝のラッシュも過ぎ、土曜の半ドンで帰る人間が来る間の時間帯なので。
全くと言って良いほど、人が居なかった。
周囲に人が居ないの見計らい、二人は手を握り合っている。
今の状態だと、歩いている時以上に、彼の手の大きさと温もりを感じられる事が出来る。
「(大きくて温かいなぁ〜)」
握って初めて分かった、想像以上に大きな、男の子の手の大きさと温もり。
最初の頃は、恥ずかしさも有って、ジックリと感じることが出来なかったが。
慣れた今では、逆にその大きさと温かさがとても安心できる。
「(しかし、十年後くらいに国鉄が民営化されるなんて……)」
さっき、なおくんから聞いた話だと。
約十年後くらいに、国鉄が民営化されるそうだ。
確かに、赤字が酷い事になっているそうだし。
組合が何かに付けて、すぐストライキを起こして評判も悪いし。
彼の話だと、そう言った事が原因で民営化されたそうだ。
でも国も株式を持ってたり、または法律を作ったりで。
全く関与して居ないと言う事では無いらしい。
「う〜ん〜、どこまで行っても田んぼばっかりだね」
「なおくんの時代は違うの?」
「そうだね。
幹線道路ぞいは、ファーストフードとかコンビニとかが並んでいるから」
「そうなんだ」
車窓から見える、田んぼと所々にある集落が固まる田園風景を見て、なおくんがそう言った。
話を聞くと、私達が住んでいた所が開発された結果。
街までの幹線道路が整備されて、道路沿いが栄えるようになったらしい。
・・・
「千早ちゃんの手、柔らかいね」
しばらくの間、話をしていたら。
話の流れから、なおくんが繋いだ手を持ち上げて、そう言って来た。
なおくんは繋いだまま、私の手を揉んで感触を確かめている。
「なおくんの手も、大きくて温かいよ……」
(スリ、スリ、スリ)
「……千早ちゃん」
なおくんの言葉を聞くと、私は繋いだ手を自分の顔に近付け。
思わず両手で、彼の大きな手の甲を頬ずりしてしまった。
「千早ちゃん、手がヒンヤリしているけど。
ヒョットして、冷え性なのかな?」
「う、うん、いつも冬になると、冷えて辛いの。
なおくん、もしかして嫌なの?」
「いや、“手の冷たい人は心が温かい”って言うし。
千早ちゃんが、そうだから」
「えっ、そんな……」
私がなおくんの手を頬ずりしていたら。
不意に、そう言って来たので、不安になった私が尋ねると。
予想もしなかった答えが返った。
優しい眼差しで、私を見詰めるなおくん。
そんな彼の表情がまぶしくて。
私は、俯きながら熱くなった頬を、彼の手に押し付けていた。
ちなみに、尚が千早に借りた金は。
最終回にて、何らかの形で支払う予定です。
<参考>
・国鉄民営化
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%89%84%E5%88%86%E5%89%B2%E6%B0%91%E5%96%B6%E5%8C%96
・一万円札
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E4%B8%87%E5%86%86%E7%B4%99%E5%B9%A3#C%E5%8F%B7%E5%88%B8
・五千円札
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E5%8D%83%E5%86%86%E7%B4%99%E5%B9%A3#C%E5%8F%B7%E5%88%B8
・千円札
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E5%86%86%E7%B4%99%E5%B9%A3#C%E5%8F%B7%E5%88%B8
・五百円札
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E7%99%BE%E5%86%86%E7%B4%99%E5%B9%A3#C%E5%8F%B7%E5%88%B8




