第二十話 街へ行く
<朝食が済んだ後>
(ウィ〜〜ン〜)
朝食を終えてから、今日も僕は居間でノンビリしていた。
家の向こうからは、掃除機の音が聞こえている。
今日は、街へと行く約束だが。
今から出てもまだ早いので、千早ちゃんが家の掃除を少しするそうなので。
邪魔にならない様、居間で待っていたのだ。
時折、通いのお手伝いさんが来て、掃除をすると言う話だけど。
まだ当分は来ない事や、出来る限りは自分達でもするという家の方針もあり。
こうして暇を見ては、ホコリが溜まった所を掃除しているそうである。
一応、僕も手伝おうとは言ったのの。
僕には見られたくない無い物もあるので、何もしなくて良いと言われた。
ヤッパリ女の子の住んでいる家だから、色々と見られたくない物もあるのだろう。
それを聞いて僕の中学時代の、あの下着さえも散らかしていた。
汚部屋の女子が、なぜか頭に浮かんだ。
・・・
「お待たせ〜」
そうやって居間で、時代劇の再放送を見ていた所で、千早ちゃんがやって来た。
掃除の方は、もう済んだみたいだ。
「今日はどお〜?」
そうニコヤカに言いながら、着ている服を僕に見せる。
今日の服装は、胸元に黒のリボンタイが付いた白いブラウスに、臙脂のチェックのプリーツスカートだ。
一見すると、ブレーザータイプの夏の制服の様にも見える。
その当時は、制服と言えば、ほぼセーラー服のはずである。
しかし、制服の様に見えても。
着ているブラウスは、前の合わせにレースの飾りが付き、首元のリボンにはカメオ風のアクセサリーが付いているので。
まあ多分、偶然だろう。
(※ブレザータイプの制服が普及するのは、バブルの末期から90年代の中頃に掛けてみたいです。
元々は、私立学校が女子生徒を集める為に始めたのが、最初だそうです)
僕は、女の子のファッションには疎い方だけど。
だが、これだけは言える。
“とても可愛い”と。
昨日は、まるでギャルゲーのキャラクターの様な感じだったが。
今日は、それとは別に現実感があるものの、それが逆に、彼女自身の可愛さを自覚する事が出来る。
「うん、今日も可愛いよ」
「えっ?」
昨日と違い、あれだけ千早ちゃんと心を通わせ、触れ合った所為か。
照れること無く、素直に今の気持ちを口にし。
すると、それを聞いた彼女が軽く驚いた。
「あ、ありがとう……」
今日は反対に、千早ちゃんの方が照れてしまって。
多分、昨夜の事があったからのかな?
「もう、支度は済んだよね?」
「う、うん」
「じゃあ、行こうか」
「うん」
僕が、上の空の状態の千早ちゃんに確認すると。
肩に可愛いバッグを掛け、赤いシューズと白いハイソックスを履いた千早ちゃんと共に。
街へと出発する事にした。
****************
家を出て、なおくんと一緒に駅へと向かう。
支度を済ませた後、彼の前に行くと昨日と違い。
私の姿を褒めてくれた。
昨日は私の格好を見て照れていた様子だったので、チョットからかう余裕があったのだが。
意表を付かれた拍子に、昨日、なおくんの裸(※上半身の)見てからの動揺がブリ返して。
逆に、私の方が照れてしまった。
家を出てから、なおくんと手を繋ぎ歩く。
二人並んで歩いていたら、なおくんの方から手を繋いできた。
最初の内は、さっきの同様が残っていて顔が熱かったんだけど。
次第に、心が落ち着いていった。
会って、一日しか経ってないけど。
今では、まるで長い間一緒にいる家族か、幼馴染のように親密になっている。
それでも不満はないのだが、せっかく理想の相手に会えたのだから。
出来れば恋人になりたい。
ーーたった三日間しか一緒に居れないのだから。
ーーただでさえ、残り少ない寿命を使ったのだから。
ただ、理想の相手に会う目的だったのが、それだけでは満足出来なくなっていた。
「千早ちゃん?」
「えっ!」
「どうしたの? 何か考え事してるみたいだから」
「ううん。チョット、ボ〜としてただけ」
なおくんの事を考えていたら。
急に彼が、私を覗き込むようにして尋ねてくる。
イキナリの事に、私は慌てて返事をする。
“……おかあさん……”
すると不意に、昨日、お宮で彼を膝枕していた時の事を思い出した。
なおくんが、寝ている時に漏らしていた寝言だ。
“ただ生い立ちんせいで、斜に構ゆる(構える)所があるだけで”
それと共に、精霊さんの言葉が頭に浮かび。
なおくんが、普通とは違う生い立ちをしている事を思い出した。
確かに彼は、優しいけど。
時折、冷めたような、突き放したような事を言う事がある。
どうしても、なおくんの事が知りたい……。
「……ねえ」
「うん?」
「なおくんは、どうして私の事を知っているの?」
「えっ!」
なおくんの事を知りたいけど。
それには、まず私の事から話してから、持って行った方が良いだろう。
それに、なぜ彼が私の事を知っているのか?
その事にも疑問を持っていたから、良い機会だから聞いてみたい。
「……実はねえ、千早ちゃんの日記を見たんだ」
「えっ!」
「40年後、千早ちゃんの家が取り壊しになって。
その取り壊された瓦礫の中に、千早ちゃんの日記が有ったんだよ……」
「そ、そんな……」
「タマタマ見つけて、それを家に持って帰って読んだんだ……」
ーー親にさえ見せた事の無い、私の日記を見た……。
余りの恥ずかしさに、私は熱くなった顔を俯かせて黙り込んでしまう。
・・・
しばらく歩いて、何とか少し落ち着いた所で。
「じゃ、じゃあ、今度はなおくんの事を教えて。
私も、親にも見せた事の無い日記を見られて、恥ずかしかったから……」
「……うん」
どうにかして出ない声を出して、なおくんに尋ねる。
「昨日、お宮で膝枕をしていたら。
“……おかあさん……”って、寝言を言っていたよ」
「えっ!」
「私、なおくんの事を知らないから、どうしても知りたい……」
私が聞きたかった事を尋ねた途端、彼の表情が険しくなる。
「はぁ〜……、ヤッパリ言わないとイケナイかな〜。
僕の両親は、僕が小学校の頃、離婚してしまったんだよ。
理由は、母親の不倫さ」
「!」
「しかも男と会う為に、僕の事を幼い頃から放置していて。
不倫がバレた途端、逆上して騒動を起こした挙句、離婚したんだ。
僕とはロクに顔を合わせないまま、別れてソレっきりで」
「!!」
「父親も、元々から仕事に夢中で家庭を顧みなくて、それが不倫の原因だけど。
離婚しても改まるどころか、マスマス仕事にのめり込んでしまって。
だから僕は、全くの放置状態だよ」
「……」
「だから、僕はマトモに両親から愛されるどころか、相手にすらされていなかった……」
「ごめんなさい!」
私はなおくんの話を聞き、思わず謝ってしまう。
「良いよ、謝らなくても。
千早ちゃんは何も悪くないし、僕はどうも思わないよ。
ただ昔、母親と呼んでいた女が居た事と、生活だけは保証してくれる父親が居るって事だけだから」
「……」
なおくんが突き放す様な事を言って、私に笑顔を見せるが。
その目は、全く笑ってはいなかった。
それから二人は。
昨日、駅前に行った時の様にしばらくの間、無言になってしまった。
<参考>
・ブレザーの普及
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E7%94%9F%E6%9C%8D#%E6%AD%B4%E5%8F%B2




