第十五話 生まれる時代を間違えたみたいだ
「ふぁ〜ぁ〜」
「クスクス。
なおくん、やっと起きたね♪」
眠りに沈んだ意識が、次第に浮上して目が覚めると。
僕の上から、可笑しそうに笑う、千早ちゃんの声が聞こえた。
どうやら、あれから長い時間眠っていた様だ。
「ご、ごめん、千早ちゃん、脚痛くない?」
「ん〜、正直言うと、少し痺れたかな……」
僕は自分の状況に目が覚め、急いで彼女の膝から頭を起こした。
「多分、立てるとは思うけど。
ああっ〜!」
「危ない!」
(ポスッ)
そう言いながら、千早ちゃんが立とうとした所、思ったより脚が痺れていたみたいで。
バランスを崩し、倒れようとした所を僕が受け止めた。
「なおくん、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。
千早ちゃんは軽いから、全然何とも無いよ」
僕は千早ちゃんを受け止めながら、右手を背後に着き、左手で彼女を抱き止めた状態になっていて。
逆に言えば千早ちゃんは、僕に背中を預けた状態で寄り掛かり。
両脚の間に体を入れ、僕の左手で抱き締められていた。
「ご、ごめんなさい!
今、退くから、痛っ!」
「千早ちゃん、無理しなくて良いから」
(ギュッ!)
僕に、抱き止められていた事に気付いた、千早ちゃんが。
慌てて、起きようとするが、脚が痺れて立てないので。
僕が廻した腕に力を入れ、彼女を押し留める。
「ごめんね、僕が膝枕させた所為で」
「ううん、それは私が好きでした事だから。
それよりなおくん、私を受け止めてごめんね」
「良いよ、千早ちゃんが何とも無かければそれで」
僕が座りながら、彼女を両足に入れ抱き締めた状態のままで、お互い謝る。
「僕は良いから、痺れが取れるまで。
しばらく、このままで居ようね」
「うん……」
こうして、千早ちゃんの脚の痺れ取れるまで、こうして置くつもりだったが。
二人共、何となく、離れ難くなって、そのままに居たのである。
・・・
<それから時間が経ち>
そうやって、夕方近くまでお宮で休憩していたら。
「あ〜、こんな所でイチャイチャしてる〜」
「何か変な事、してただろ〜」
学校が終わり、遊びにやって来た小学生達に見つかり、散々からかわれる事になった。
「ち、千早ちゃん、もう帰ろうか……」
「う、うん……」
小学生達にからかわれ、千早ちゃんは顔を赤くしてしまい。
その小学生達の声を背に、僕と彼女は慌てて別荘に戻ることにした。
膝枕の事や、僕が後ろから抱き締めていた事。
あるいは小学生から、からかわれた事も有ってか、僕と千早ちゃんは帰り道も無言になるが。
行きとは違い、二人は再び手を繋いで歩いていた。
「……」
「……」
(ギュッ……)
そんな訳で、行きとはまた違った意味で、沈黙してしまったけど。
別に嫌な雰囲気は無く、逆に何となく甘い空気が漂っていたのであった。
・・・
「私は、干してあった洗濯物を取り込むから。
なおくんは中で待っていてね」
それから別荘に戻ると、千早ちゃんは早速、干していた洗濯物を取り込みに庭に行き。
僕は、彼女の洗濯物を見ない様にする為、僕が寝るために用意された客間へと向かった。
客間に着くと、和室の片隅になぜか単行本があるのに気付いた。
表紙を見ると、この頃らしい絵柄の少女マンガである。
(ペラッ)
表紙を捲り、中を読んで見る。
内容は、シャイで大人しいけど心優しい主人公が、クラスで人気者のイケメンに恋をすると言う。
典型的な、古い少女マンガの話だ。
確かに、今から見ると絵も内容も古臭く。
今みたいにギャル臭かったり、ビッチなキャラクターが出てくる訳では無い。
しかし僕にとっては。
どちらかと言えば、ギャルゲーの正統派ヒロインのキャラクターに近いので、親しみがある。
と言うよりも、僕が女の子に興味を持ったのは。
家に有った、少女マンガが始まりだったのだ。
――お母さん、今日もいないの……。
僕の母親は、物心付く頃から。
父親が仕事に夢中になり、家庭の事を全く顧みない事を利用して。
外で男と不倫をしていたのである。
その為、家に殆ど居たことが無く。
僕はいつも、家では一人ぼっちだった。
そんな幼稚園児だった、ある日の事。
毎日の寂しさに耐えきれず、家にある本を片っ端に読んでいたら。
母親が昔、読んでいたらしい、古い少女マンガを見つけて読むと。
“こんなに甘く、優しい世界があるんだ”と知り。
“女の子と仲良くなれば、こんな温かい気持ちになれる”と思い。
それ以降、女の子と積極的に関わるようになって。
女の子と関わるようになってから、次第に一人で居る寂しさも紛れ。
母親の事を、考えるのも少なくなった。
――ちょっと、来ないでよ!
――アンタ、邪魔なんだからさ!
だが、大きくなるに連れ。
最初は優しかった相手も、次第に乱暴になり。
それどころか、とうとう僕に悪意すら持つ様になってしまい。
――なおちゃん、遊ばない?
――なおちゃん、一緒にかえろ。
・
・
・
――恥ずかしいから、話し掛けないで。
――もう、私に近付かないでちょうだい。
そして、それは年を重ねるに従い酷くなって。
幼い頃は、あれだけ仲が良かった水樹ちゃんにも、避けられる様になり。
ついに僕は、女性的な優しさや暖かさを感じることが出来ない、現実の女に幻想を持てなくなって。
二次元のキャラクターに、救いを求める様になっていった。
――お前、外で男と会ってたんだろ!
――アナタには関係ないでしょ!
また、僕をそっち除けで不倫をしていた、当の母親と言えば。
ある日、隠れて不倫していたのバレてしまい。
開き直って父親と騒動を起こした挙句、結局、離婚してしまったのである。
その後は不倫相手と再婚し、その相手と子供まで設けたらしいが。
僕とは全く合うこともなく、僕も会おうとは思わなかった。
もう、あんな酷い女の事など、ただ名前だけ母親だった人間で。
今では、他人も同然だとしか思っていない。
そして離婚後、僕は父親の方に引き取られたが。
その父親と言えば、離婚してマスマス仕事にのめり込む様になり。
僕の事は全く放置して、育児放棄に近い状態になっていた。
だから、幾ら外国に転勤になったと言っても。
僕が登校拒否になっても殆ど放置されているのは、その為である。
ちなみに、母親が居た時分から、食事はレトルトを置いておくだけで。
出て行ってからも、父親も同じく、レトルトを置くだけだったので。
僕は、いつの間にか簡単な物くらいは、自分で作れるようになっていた。
――千早ちゃん……。
そんな現実に幻滅して、二次元に救いを求めていた僕に。
理想の相手として、現れたのが彼女である。
見た目も性格も、まるでギャルゲーの正統派ヒロインみたいな上。
一緒に居ると、まるで昔の少女マンガを見た時か。
ギャルゲーの正統派ヒロインのシナリオを、やった時みたいに心が温まり。
とても穏やかな気分になった。
昔に生まれたら、こんな優しい女の子に出会え。
満たされた気持ちになれたんだ。
僕は“生まれる時代を間違えた”と、思ってしまった。




