第十四話 外でお弁当
「ねえ、なおくん、チョット良い」
「ん? なに」
僕の無意識的な行動の所為で、千早ちゃんと手を繋いで歩くことになった。
それから、何件か店で買い物をしていたが。
流石に買い物をする時は、僕の事を知られてはマズイので、手を離して店の前で待っていてけど。
買い物が済むと、急いで彼女が戻って再び手を握った。
そうやって、小ちゃくて柔らかい、彼女の手の感触を感じながら歩いていると。
突然、千早ちゃんが僕を呼んで。
「あのね、私、サンドウィッチを作って持ってきたんだけど。
そこのお宮で食べない?」
そう言いながら、指で近くにあるお宮を指す。
「えっ、サンドウィッチを作ってきたの!」
「うん、途中でお昼になると思ったし。
せっかくだから、天気も良いし、外で食べるのも良いかなってね〜♪」
……どうりで、着替えにしては遅すぎると思ったよ。
でも、確かに昼時だし、どうしようかとは思ってはいたけど。
この時代の事は分からない事が多いから、彼女に任せっきりだし。
それに、千早ちゃんだって、お腹が空くだろうから何かするとは思っていたけど。
まさか、弁当を持参してきたとは。
「いいね、じゃあ、一緒に食べようか」
「うん♪」
僕が一緒に食べる事を了承すると。
彼女が、満面の笑みを見せて喜んだ。
・・・
「はあ〜、気持ちいいなあ〜」
「そうだね」
僕は木の下で、彼女が広げたレジャーシートの上に座っている。
千早ちゃんは、良く一人で家の近くの草原で、レジャーシートを広げ。
そこで、軽食を食べていたそうである。
そう言えば、あの日記にも、そんな事が書いてあったな……。
「今が一番良い季節かな、梅雨前の爽やかな時期だし。
これが梅雨が明けたら、途端に虫が出てきて、外で休憩なんか出来ないから」
「う〜ん、確かに、なおくんが言う通り。
こんな所で休憩するのは、今くらいしか出来ないけど。
案外、家の近くの草原は、秋でも出来るよ」
「そう? 何だか蚊に刺されそうだけど」
「なんだか元々から、少ないみたいだし。
それに風通しの良い場所だと、全く来ないよ」
あの草原か、あそこだとボウフラが湧きそうな水辺も無いし。
風通しが良い所だと、息や匂いが拡散されて、それで寄ってこないんだろうな。
「なおくん、はいっ」
「ああっ、千早ちゃんありがとう〜」
僕が胡座をかいてボンヤリしていたら。
彼女がタッパーに入った、サンドウィッチを差し出した。
(モグモグモグ〜)
「ん! 千早ちゃん、美味しいよ」
「ホント?」
「ホント、ホント。
本当に、美味しいよ」
「なおくん、ありがとう♡」
タッパーの中から一つ取り、それを口に入れ。
結構、美味しいのでそう言うと、彼女がとても喜んだ。
(パクパク)
(ニコニコ)
(パクパク)
(ニコニコ)
「……千早ちゃん、食べないの?」
「あ、ゴメンね。
なおくんが、美味しそうに食べてるのが、つい嬉しくて」
僕が食べてるのを見て、ニコニコしている千早ちゃん。
チョット食べ辛いが。
何だか嬉しそうにしている彼女に、言う訳にもいかず。
内心、食べ難くそうにしながらも、千早ちゃんの弁当を食べていたのである。
**********
「あ〜、美味しかったよ」
「お粗末さまでした」
なおくんが、私の作ったサンドウィッチを美味しそうに食べ。
それを見ていた私は、さっきから頬が緩みっぱなしである。
結局、食が細い私の分まで、彼が食べてしまった。
やっぱり、男の子って良く食べるんだな〜。
話には聞くけど、男の人はお父さんしか知らないので。
軽く驚いている。
「ふぁ〜っ〜」
「なおくん、眠いの?」
「うん、満腹になった急にね……」
食後も、そのままレジャーシートの上でノンビリしていたら。
なおくんが、イキナリあくびをした。
――昨日、遅くまで私の側にいたから。
それで眠いのかも知らない
そんな事を思っていたら、彼がウツラウツラと船を漕ぎ出した。
「ねえ、なおくん。
私の脚に頭を乗せて、横にならない?」
「へっ?」
「ほら、良いから」
(サッ)
「ああっ」
私は、寝ぼけている為か、反応が鈍い彼の頭を掴み。
強引に、自分の膝の上に乗せる。
「昨日、ずっと私の側にいてくれたお礼だよ」
「……」
「良いよね……」
(コクリ)
何だか遠慮している様な、なおくんに。
私は、甘える様な視線で、そう言うと。
なおくんが、私の膝に頭を乗せたまま頷いた。
・・・
「(スーッ……、スーッ……)」
(なでっ)
私の膝に頭を乗せてからしばらくして、彼は眠ってしまう。
彼の寝顔はとても可愛くて、つい手が出て、その髪をなでてしまう。
――気持ち良いなあ。
私はなおくんの髪を撫でながら。
その男の子らしくない、髪の感触を味わう。
「今日は、誰も居ないね」
木陰の下から、お宮の周囲を見渡したが、人っ子一人もいない。
多分、今日は小学校が遅くまである、曜日なんだろうね。
いつもなら、小学生の遊ぶ声が聞こえるはずだから。
(なで……、なで……)
静かな空間で、私がその風景を眺めつつ。
感触の良い、なおくんの頭を撫でていたら。
「……ん」
(ビクッ!)
ああっ、びっくりした。
寝ているなおくんが、イキナリ何かを言ったので。
すっかり油断していた私は、軽く驚く。
どうやら、寝言を言ったみたいだ。
そうだと分かり、安心したら。
なおくんの頭を撫でるのを再開する。
「……おかあさん……」
「えっ?」
「……よかった……、今日はいてくれてたんだね……」
「……」
なおくんが漏らす寝言に、私は無言になる。
そう言えば、なおくん。
ここに来る途中でも、何だか、何もかも投げている様な感じだったし。
確かに聞けば、酷い時代なのかも知らないが。
それだけじゃない様な気がする。
――なおくんの家って、どんな家庭だったんだろう。
私は、なぜか彼が、私の事をある程度知っている事に、気付いたけど。
私の方は、彼の事を殆ど知らない。
「私は、なおくんの事を知りたいな……」
私は、彼の頭を撫でながら。
誰もいない、お宮の風景に向かい、そう言っていたのであった。




