第十二話 二人で買い物〜尚サイド〜
<出発して三十分経った頃>
「ウチは、いつも、ここで買うんだよ」
丘を下りてから、田んぼの中を更に数分ほど歩き。
数十件ほどの集落に入った所で、千早ちゃんがそう言った。
その頃には、僕の不用意な発言で、重苦しかった雰囲気も。
僕が空気を変えようと色々と会話をしたおかげで、大分柔らいでいた。
この集落は、僕の時代の近所の駅ではなく。
その先の、あの別荘跡の近くにある駅の集落であった。
その集落には、数件程度の店があるだけだけど。
この近辺には店らしい店が無いので、それなりに需要があると言う、千早ちゃんの話だった。
――僕の時代には、その駅とは別に、家から少し離れた所に駅が出来た上。
出来た駅前にショッピングモールが建ったので、その煽りを受け集落にあった店は完全に全滅してしまい。
その結果、集落の人口も流出して、空家や空き地が目立つ様になっていた。
そして、その駅自体も無人になって。
特急、急行はおろか、鈍行ですら飛ばす事がある位寂れてしまっていた。
僕の時代では寂れてしまった、その集落で、買い物をする訳である。
僕は、そんな事を千早ちゃんに話していた。
そこにある雑貨屋に向かうが。
今回は、千早ちゃんの家が良く利用する雑貨屋ではなく、ほとんど使った事が無い雑貨屋を利用すると言う事らしい。
……まあ、良い所のお嬢さんが男と買い物に来たら、直ぐに覚えられるし。
それが家族の耳に入ったらマズいよね。
ちなみに、この周辺の人は、あの別荘の事は知っているけど。
そこに住んでいる人達の事を詳しく知っているのは、少ないらしい。
そして、目的の雑貨屋に着き。
「ごめんくださ〜い」
木製の引き戸を、”ガラガラ”と音を立てながら引き、それから中に入ると。
「いらっしゃいませ〜」
勢いのある声で店の奥から、恰幅の良いオバサンが出て来た。
「あら〜、珍しいわねえ、可愛いお客さんとは」
「……すいません、色々と買い出したいので。
しばらく、店の中を見せて貰って良いですか?」
「はいはい、じゃあ決まったら呼んでよ」
千早ちゃんは、オバサンからそう言われて、顔を赤くする。
しかし、その当のオバサンは、そう言うと、また店の奥へと戻って行った。
だけど何と言うか、やる気が無いと言うか、呑気だと言うか。
この後もこんな商売をしていたのなら、大手のスーパーに潰される訳だ。
「じゃあ、なおくん、何が要る?」
そんな事を考えていたら。
千早ちゃんが、急にそんな事を言ったので、意識が現実に引き戻される。
「ん〜、シャンプーと石鹸は千早ちゃんと別にした方が良いと思うから。
買った方が良いかな?」
「別に私は、なおくんに使って貰っても平気だけど……。
あっ、シャンプーは男性用が良いかも」
彼女の言葉で僕は考えた。
確かに女性用のシャンプーを、僕が使うと髪がベッタリするかもしれない。
「だったら、私のお父さんのトニックシャンプーがあるんだけど……。
どお?」
「トニックシャンプーかあ、だったら使わせて貰うよ」
この頃の男性用シャンプーは種類が少ないと思うから、大体、銘柄が何となく予想できるのだけど。
恐らく、そのシャンプーを使うと髪がバサ付き気味になると思うが、ベッタリするよりかはマシだろう。
本音を言うと、その他にも洗顔クリームなんかも欲しかったが。
この時代に、男性用のを求めるのは無理だろう。
「後は、……下着だね。
お願い、それは、なおくん、自分で選んでちょうだい……」
千早ちゃんが、そう言いながら顔を赤くした。
「う、うん、分かったよ……」
僕はそんな彼女を見て、狼狽えてしまった。
――はあ……。
僕の時代では考えられないくらい純情だなあ。
恥ずかしがる、千早ちゃんを見ながら。
僕の時代の女子との違いに付いて、考え込むのであった。
・・・
僕は選んだ自分の下着を、千早ちゃんのバッグに入れる。
結局、色々探して、縞々《しましま》のトランクスと、真っ白いTシャツを見つけた。
「(パンツはなんで、白いブリーフばかりなんだろう?
しかも上は、同じく白いランニングシャツばかりで、大昔のコント?)」
そんな事を考えながら、ようやくマトモに着れそうな下着を探した。
ちなみに使った後は、彼女にコッソリ処分してくれるよう頼んだ。
まさかこんな下着を、持ち帰ってもどうしようも無いし。
それ以前に、この時代の物を未来に持ち帰って良いのかどうかも分からないし。
かと言って彼女の家に、父親以外の男の下着があったら、騒動が起きるのは確実である。
そんな訳で、一回だけでもったいないが、使った後は処分する事にした。
「すいません、お勘定をお願いします〜」
「はいはい〜」
千早ちゃんが、店の奥に居るオバサンを呼ぶ。
すると返事と共に、奥からオバサンが出てきた。
それから千早ちゃんが、カウンターの上に、選んだ商品をバッグから出して置く。
しかし、視線は不自然に下を見ないようにしながら。
オバサンは、勘定をしながら商品を見ると。
「あれ、ひょっとして新婚さんかねぇ〜」
そう言って、ニヤニヤした。
どうやら、女の子と一緒に買い物に来て。
しかも、その中に男物の下着があるので、盛大に誤解したみたいだ。
幾ら、この頃は40年後よりも遥かに早婚だって言っても。
この年齢で出来ないでしょう!
確かに、この頃は学生結婚があったみだいだし。
それに、千早ちゃんは結婚できる年齢かも知れないが。
ひょっとしてオバサン、からかってない?
しかも、千早ちゃんは、その言葉を聞いて、顔を真っ赤にして俯いている。
その反応を見たオバサンは、更にニヤついて。
「う〜ん、初々しいねえ」
と、言った。
頼むからオバサン、早く勘定を済ませてよ〜。
・・・
それからオバサンによる、羞恥攻めの勘定が済むと、店を出た。
千早ちゃんは相変わらず、恥ずかしがって俯いたままだ。
「ごめんね千早ちゃん。
あんな誤解される事になって」
そう言って、僕は謝るが。
「ううん違うの、確かに恥ずかしかったけど。
でも、なおくんと一緒にいて、新婚さんと言われたのは、チョット嬉しかったんだよ」
千早ちゃんが、口元で手を合わせながら顔を上げると。
先ほどより落ち着いたみたいだが、赤い顔のまま、そう言って僕に答える。
彼女のその言葉を聞いて、僕は安心したと同時に。
心の奥から、喜びが溢れ出した。
「(ギュッ)」
その喜びに頬を緩んでしまい、つい僕は、両手で彼女の手を握ってしまう。
「あ、ああっ! ご、ごめん」
(ギュッ)
イキナリ千早ちゃんの手を握ってしまい、慌てて離そうとすると。
逆に僕の左手を、彼女が右手で握って離さなかった。
「良いよ、なおくん。
手を繋いで行きましょうよ♡」
そんな僕に千早ちゃんが、そう言って赤みの残る顔で微笑み掛けた。
こうして僕と千早ちゃんは、手を繋いで歩き出す事に、なったのである。




