何かの観察者
幽霊という存在が本当にいるのか、私にはわからない。
わからないが、この世にはどうやら極僅かな人間にしか目視できない類の人間がいるようなのだ。少なくとも、私にはそれが見えている。
もしこれを読んでいる人の中に同じような光景を見たことがある人がいたとしたら、「ああ、あれのことね」とわかってもらえるはずだ。
人混みの中に立つ、黒い服の人。初めて彼らを見たのは確か6年近く前だった。東京駅の中を歩いていると、ふと奇妙な光景が飛び込んできたのだ。
通路の真ん中、大勢の人が行き来する中に、真っ黒な服に身を包んだ茶髪の女性がぼんやりと立っていた。30度超えの真夏日なのにまっ黒の長袖長ズボンという、どう見ても不自然ないでだちをしていた。
道行く人々は彼女の存在に気が付いていないのか、見向きもしない。それどころか、彼女の身体をなに食わぬ顔ですり抜けて行く者までいた。極稀に彼女を認識しているようなそぶりを見せる者の姿もあったが、決まって素早く目を逸らしていた。それはあまりにもあからさまでわかりやすかった。
その後、何度か黒い服の人は私の前に現れた。その姿は男だったり女だったり老人だったりと様々だが、決まって人混みの中に現れた。少なくとも実家の田舎では見たことがない。
暇人である私は度々その「観察者」を物陰から観察していたのだが、彼らは直立不動で常に一点を見つめているように見えて、実際は目玉をぎょろぎょろと動かして道行く人々の顔をすべて観察していた。おまけにその数は年々増え続けている。
彼らは一体何者なのだろうか? 根拠などまるでないが、私は年々増え続ける彼らに対し、何かとてつもなく嫌なものを感じるのだ。予感、と言った方が的確だろうか。上手く言えないが、これから先、何かが起こりそうな気がしてならない。