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おまえは誰だ?

 大学生の頃、某掲示板の影響で明晰夢を見る方法を試してみたことがある。

 まあ、方法といってもかなり単純でいい加減なもので、毎日夢日記をつけるだとか、手のひらにマジックペンで印を書いて定期的に確認する習慣をつけるだとか、そんな程度のものだ。俺は毎日はっきりした夢を見るので、夢日記を書くのは苦ではなかった。

 と言っても、初めはそんなくだらないことで明晰夢が見られるようになるとは思わなかった。しかし数週間近くそれをやり続けていると、やがて夢に変化が現れ始めた。

 妙にはっきりしているのだ。現実と見間違うほどに鮮明で、意識もしっかりしていた。夢だと気がつけたのは、自分の手のひらを見たからだ。いつも親指の付け根あたりに書いてある印がその時はなかった。それに、俺はその時自分の家ではなく大学の図書館にいたのだが、図書館まで歩いてきた記憶がなかった。


 ああ。これは夢だな。


 そう思った俺は何か面白いものはないかと図書館の中を一人でぶらぶらした。すると、窓際の席に友達のBの姿を見つけた。夢の中なのでもちろん本物のBではないのだが、俺はそいつの隣の椅子に腰掛けた。

「おっ、◯◯じゃん」

 Bは少し嬉しそうに言った。現実世界にいるBと何も変わらない。本当にリアルだった。だから、俺はBにある質問をしてみた。ほんの出来心だった。

「……おまえは誰だ?」

 俺は友達の目を真っ直ぐに見据えて言った。Bは一瞬きょとんとし、「は?」と返した。俺はもう一度繰り返した。

「おまえは誰だ?」

「誰って、Bだけど」

 その目には、明らかな動揺が見てとれた。

「違う。おまえはBじゃない。おまえもこの世界も、全部作り物だぞ?」

 俺がそう続けると、Bの顔付きが変わった。さっきまでの笑顔が嘘のように消え、目は据わった状態で、幽霊でも見た後のように呆然としている。

「おーい。おまえはいったい誰なんだ?」

 俺はしつこく問い続けた。

「どこからきた?」

「何者なんだ?」

「本当はBじゃなくて何なんだ?」

「思い出せよ。思い出せ」

「思い出せ」


「思い出せ」という言葉を聞いた直後、Bは頭を抱えて奇声をあげ始め、勢い良く椅子から立ち上がった。

 俺がひとり困惑していると、Bはとても人間とは思えないような奇声をあげながら走り出した。Bの走る先には大きな窓があった。

 あろうことか、Bは頭から窓ガラスに突っ込んだ。ガラスは粉々に砕け散り、Bはそのまま地面に落下した。

 俺は急いで駆け寄って、窓から下を覗き込んだ。Bは死んでいた。


「かわいそう」


 背後から誰かの声がした。

 振り向くと、図書館にいた学生全員が俺の後ろに立っていた。全部で二十人くらいはいたと思う。

「かわいそう。かわいそう」

 学生達は俺を取り囲んで口々にそう言った。

「かわいそう。かわいそう」

 ただそう言いながらじりじりと俺の方に寄ってきた。

「なんだおまえら! それ以上来るな!」

 俺は流石に恐ろしくなって、必死で叫んだ。すると、一人の女子学生が物凄い力で俺の襟を掴み上げた。

「かわいそう」

 彼女はそう呟くと、どこにそんな力があるのかわからないが、俺の身体を窓の外に放り投げた。

 俺は意識がはっきりした状態を保ったまま宙に投げ出され、硬いコンクリートの上に叩きつけられた。明晰夢なのだから何も素直に落下する必要もなかったのだが、初めてのことだったのでうまくコントロールすることができなかった。しかし、そのおかげで目が覚めた。

 俺は念のため手のひらを確認した。親指の付け根にはちゃんと印があった。

 しかしそれからというもの、俺は明晰夢を見ることはなくなってしまった。それどころか、夢の内容すらよく思い出せなくなった。


 その後、現実世界のBとも話したが、Bは俺が明晰夢を見たその日から、全く夢を見なくなってしまったそうだ。

 俺はあの時、夢の中のBに何をしてしまったのだろうか? 彼はいったい何者で、何を思い出してしまったのだろうか?


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