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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
第七章 王宮編
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93.絵画の前で

「あら? セイン様じゃありませんの」


 とりあえず今日は解散ということにして特務官室から出ると、帰り際に私たちはセイン様を見かけた。

 場所は王宮の入り口入ってすぐにある広間。

 セイン様はそこに飾られている歴代王族の絵画の前で一人たたずんでいた。


「……クレアにリリィ、それにレイか」

「ごきげんよう、セイン様。何をなさっていらっしゃいますの?」


 クレア様が三人を代表して声を掛けた。

 セイン様は物憂げな表情のままこちらをちらりと見てから、すぐに視線を絵画に戻した。


「……母の肖像画を見ていた」


 セイン様の視線の先を追うと、そこには前王妃であるルル様の肖像画が掛けられていた。

 私たちも一緒に見上げる。


「ルル様ですか……お美しい方でしたわね。絵画では表現しきれない、内側からにじみ出るようなそんな美しさのある方でしたわ」


 クレア様のその言葉はただのお追従(ついしょう)ではない。

 事実、ルル様は美しい人だった。

 銀色の髪はつややかに光を跳ね返し、赤い瞳はどこか怪しさすら含んでいる。

 傾国の美女、という言い方は失礼にあたるのだろうが、そんな印象を私は受けた。


 もっとも、ルル様が王妃となってからバウアー王国は安定を得たのだから、実際には傾国どころか救国の美女だったのである。

 今のリーシェ王妃が教会の力を強める結果になってしまったのと違い、元アパラチアの王女だったルル様は王国にアパラチアとの共存共栄をもたらした。

 ナー帝国との紛争に押され気味だった当時の王国は、アパラチアとの関係を強めたことで勢力を増し、手を取り合って帝国に対抗することに成功したのだ。


「……母は見目が美しいだけではなかった。優しい方だった……」


 そう言って切なそうな瞳を絵姿に向けるセイン様。

 セリフがややマザコンっぽいが、セイン様が言うと嫌みがない。

 イケメン無罪などというつもりはなく、これは多分普段の行いだろう。


「セイン様はルル様を慕っていらっしゃいましたものね」


 ルル様とはクレア様も面識がある。

 クレア様はドル様の娘として、早い内から王宮に出入りしていたのだ。


「……もっとも、覚えていることはほとんどないんだがな……」


 セイン様はふと自嘲するように笑った。

 ルル様はセイン様を産んだ後、産後の肥立ちが悪くずっと伏せったままだったという。

 セイン様のこじらせの原因の大元はここにある。


「……母は……俺を恨んでいなかったのだろうか……」

「そんなこと……! 子を恨む母親がどこにおりますの」

「……だが、母は俺を産んだせいで長く生きられなかった。晩年はほとんどベッドから起き上がれず、好きだった社交にもほとんど出られずじまいだった」


 ゲームの設定資料によれば、ルル様はクレア様に近い嗜好の持ち主だったようだ。

 よくも悪くも王侯貴族らしく社交を好み、権謀術数渦巻く王宮でこそ輝くような、そんな女性だったらしい。

 そんな人が自分のせいでベッドに寝たきりになったと聞けば、確かにセイン様のように考えてしまっても仕方ないかも知れない。


「セイン様は男性だからお分かりにならないかもしれません。でも、女にとって我が子というものは、やはり特別なものですのよ?」


 クレア様はそう言ってセイン様を慰めた。

 クレア様の言うことは一般論に過ぎない。

 実際には我が子を愛せずに苦しむ母親が沢山いることを私は知っている。

 でも、今この場でそれを言葉に出して指摘することには何の意味もない。


「……」


 とはいえ、セイン様にはクレア様の真摯な慰めも届いているのかどうか。

 彼はいつもの仏頂面のまま、ずっとルル様の絵を見つめている。

 しばし、沈黙が流れる。


「セ、セイン様。リリィもクレア様の言うことは正しいと思います」 


 助け船を出したのはリリィ様だった。

 あるいは、この沈黙に耐えきれなかっただけかも知れないが。


「お、お父様が仰ったことがあるんです。ルル様の王子様たちへの愛情は並々ならぬものがあったと」

「……サーラスが?」


 こくりと頷くリリィ様。


「ルル様は特にセイン様のことを気に掛けていらっしゃったそうです。丈夫に産んでやれなかった、と」


 セイン様のお産は難産だった。

 ルル様が産後の肥立ちが悪かったのと同じく、セイン様自身も未熟児として生まれてきたのだ。

 そのため、小さい頃のセイン様は身体が弱く、頻繁に調子を崩していたという。


「すれ違いがありそうですわね」


 私もクレア様が言うとおりのような気がするが、当事者の片方はもう故人である。

 真相は闇の中だ。


「……」


 セイン様は何も言わない。

 元々彼は口数が多い方ではないが、今日は輪を掛けて少ない。

 はて?


「ひょっとしてセイン様、城下で広まっている噂を気にしていらっしゃるんですか?」

「レイ!」

「はい? ……あ」


 クレア様に言われて気がついた。

 ロッド様はああ言っていたが、内容が内容だけに本人に聞くようなことじゃなかった。

 きっとクレア様とリリィ様はセイン様が塞いでいる理由なんて、とっくに見当がついていたんだろう。

 私とは違って空気を読んでいただけで。


「……お前たちも聞いたか」

「セイン様。平民たちの無責任な噂など気にすることはありませんわ」

「そ、そうですよ!」


 クレア様とリリィ様が私の失言のフォローをしてくれた。

 しかし――。


「……だが、俺にも思い当たるところがない訳ではない」


 セイン様の顔はすぐれない。


「……陛下も……俺にはよそよそしいことが多い。それは明らかにロッドやユーとは違う態度だ」


 つまりセイン様は、陛下は真実を知っているのではないかと思っているのだろう。


「……最初は、俺が王子として不甲斐ないせいかと思っていた。だが、それを差し引いても、陛下の俺に対する態度は不可解な点が多かった。もしも噂が本当なら、全てに説明がつくような気がする」


 平坦な声色ではあったが、そこには長年降り積もった苦渋がにじんでいた。


「セイン様……」


 クレア様が気遣うような声を掛けた。

 元々、セイン様に気があったクレア様のことだ。

 こんな風に落ち込むセイン様を見れば、そりゃあ母性本能もくすぐられるだろう。


「……いかんな。どうにも調子が出ない。こんな弱音を吐くなど、俺らしくもない」

「わたくしでよければいつでもおうかがいしますわ」

「……その気持ちは嬉しいが、これでもこの国の王子だからな。王にならんとするものがこのような有様ではいけない」

「王を支えるのが臣下の役割ですわ」

「……そうだな。俺が王になったら、クレアはきっと頼もしいだろう」


 セイン様はそこでようやく彼らしい笑みを浮かべた。

 彼は滅多に笑わない。

 それだけに、その笑顔にはなかなかの威力があった。


「なに見惚れてるんですかクレア様。私という者がありながら」


 そこで空気を読まずにすかさずツッコミに行くのが私である。


「!? み、見惚れてなんか……っていうか、あなたは一体どういう者ですのよ!」

「え、魂の片割れですよね?」

「初めて聞きましたわよ!?」

「どいつもこいつも色ボケしやがって……」

「リリィ枢機卿もお黙りなさいな!?」

「す、すみません!」


 先ほどまでのしんみりした空気はどこへやら。

 私たちはぎゃあぎゃあと騒ぎあった。


「……はは、お前たちを見ているとつまらんことを気にするのがバカバカしく思えてくる。心配を掛けてすまなかったな。俺は大丈夫だ」

「私は別にそれほど心配してませんけどね」

「レイ! ……何かありましたら、いつでもお話し下さいませ」

「リ、リリィも微力ながらお力になります!」

「……ありがとう」


 そう言うと、セイン様は絵画の前から立ち去った。

 足取りはしっかりしたもので、どうやら本当に大丈夫そうだった。


 それにしても――。


「こじらせてますねー」

「本当にあなたは……。セイン様が寛大な方でなかったら打ち首ものですわよ?」

「まあ、ふざける相手は選んでいるので。リリィ様と違って」

「え、えええ!?」


 私は努めて明るく振る舞った。

 セイン様も心配だが、私にとっての一番はあくまでもクレア様だ。

 クレア様が雰囲気に飲まれて気持ちを陰らせることがないよう、ふざけてでも空気を軽くする。


 道化と言われてもいい。

 これが私の選んだ道だから。


お読み下さってありがとうございます。

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