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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
第七章 王宮編
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88.ロッドの求愛

「レイ=テイラー。お前、オレの妃になるつもりはあるか?」


 その問いかけはあまりにも突然だった。

 私は最初意味が分からなかった。

 端から見れば、きっと間抜けな顔をしていたことだろう。


 硬直から最初に復帰したのは、クレア様だった。


「正気ですの、ロッド様!?」


 その問いかけはほとんど悲鳴じみていた。


「へ、平民を、王族に加えると仰るんですか!?」

「そうだが?」


 リリィ様の問いにも、ロッド様は平然と応じた。

 つまり、私はロッド様にプロポーズされたわけか。

 これが普通の平民だったら、嬉しさのあまり卒倒するところだろう。

 あるいは、現実感がなさ過ぎてからかわれていると思うか。


 私はといえば、そのどちらでもなかった。

 考えることはただ一つ。


 ――どこでフラグが立ったんだろう?


 ロッド様とはそれほど接点がなかったはずなのだ。

 学院の最初の試験で少し目をつけられたかも知れないが、その後はチェスでわざと負けたりして好感度を下げることまでした。

 そもそも、私はほとんどクレア様と一緒にいたので、ロッド様の好感度が上がるイベントはほぼ起きていないはず。

 どこで選択肢を間違えたのかすら分からなかった。


「一応、おうかがいしますが、からかっていらっしゃいます?」

「いや、本気だ」

「はあ……。一体、私のどこがお気に召しました?」

「性格と……あとは能力だな。お前のことは以前から大したヤツだと思っていた」


 ロッド様が楽しそうに言った。

 いや、思い当たる節が全くない。


「私、何かしましたっけ?」

「学院襲撃を未然に防ぎ、セインの毒を治療し、オルソー家の断絶を救い、マナリアに一泡吹かせ、ユークレッドの幽霊船騒ぎを解決した」


 なんかえらく過大評価されていた。

 っていうか、ユークレッドの一件までバレてるのか。


「いえ、それほとんどクレア様の手柄なんですが……」

「そうなのか、クレア?」


 ロッド様の問いに対するクレア様の答えは――。


「いえ。レイの尽力によるものですわ」


 というものだった。

 えええ……。


「決定的だったのはユーの一件だ。王宮が長年抱えていた難問を、お前は見事に解決して見せた」

「あれも私一人の手柄ではないのですが……」

「謙遜はよせ。中心にいたのはお前だと言うことは分かっている」


 いや、謙遜なんかじゃなくてですね。


「オレの伴侶となるべきは、つまらん深窓の令嬢などではなく、お前のような女傑が相応しい」


 とにかく、ロッド様は私を大変買ってくれているらしい。


「で、どうだ?」

「どうって、普通にお断りいたしますが」

「ちょっと、レイ!?」


 私が何を当然のことをとばかりに答えると、クレア様がうろたえたような声を上げた。


「あなた、自分が何を言っているか分かっていますの!?」

「何って、求婚されたからお断りを――」

「王妃になれるかもしれないんですのよ!?」

「ええ、別になりたくないですもん」


 私からすれば、どうしてクレア様がそんな顔をしているのか分からない。

 クレア様はまるで信じられないものを見たような顔をしていた。


「望んでも得られない栄誉ですのよ!?」

「私にとっては栄誉じゃありません」

「どうして!」

「だって、私が好きなのはクレア様ですもん」


 あれ?

 まだ伝わってなかった?

 それはさすがにショックだなあ、などと思っていると、


「ふはっはっは! そうだよな! お前ならそう言うよな!」


 ロッド様が机をバシバシ叩きながら、心底おかしそうに笑った。


「クレア。レイにとってお前と一緒にいることは、王族との結婚よりも価値があることらしいぞ?」

「ご無礼は平に。この者も突然のことで混乱しているのです。落ち着けばきっとロッド様のお気持ちに応えようと思うはずです」

「いえ、私はいたって冷静で――」

「お願いですから、あなたはちょっと黙っていらして」


 私を遮るクレア様の声は、悲壮な色合いを帯びていた。


「ロッド様。どうかこのご縁談、この場限りになさらないで下さい」

「もちろんだ。レイがどう思おうと、オレの気持ちは変わらんからな」

「ありがとうございます。ではこのお話は改めて」

「ああ」

「行きますわよ、レイ、リリィ枢機卿」


 そう言うと、クレア様は私とリリィ様を引き連れてロッド様の部屋を辞去した。


「ちょ、ちょっと、クレア様」

「……」


 私はクレア様に抗議しようとしたが、ものすごい目で睨まれて思わず言葉を飲み込んでしまった。

 クレア様が再び口を開いたのは、帰りの馬車に乗ってからのことだった。

 リリィ様とは王宮を出たところで別れた。


「レイ……。ふざけるのも大概になさいな」


 クレア様は私をひたりと見据えると、聞いたこともないような咎める口調で私に言った。


「ふざけてるって、何がですか?」

「決まっているでしょう! ロッド様の求婚を拒否したことですわ!」


 クレア様は何だか腹を立てているらしい。


「いえ、だって、好きでもない人と結婚出来ないでしょう」

「結婚はあなた一人の問題ではありませんのよ!? あなたが王室に嫁げば、ご両親のお喜びはいかばかりか……」


 思いもしなかったクレア様の指摘に、私は意表を突かれてしまった。

 二十一世紀の日本人である私にとって結婚とはごくプライベートな事柄だが、この世界の常識はそれとは異なるということを忘れていた。

 以前にも説明したが、この世界において結婚とは家と家との約束事だ。

 恋愛結婚よりも政略結婚の方が当たり前の世界なのである。


「でも、多分ですが、両親も私の選択を支持してくれると思いますよ?」


 この世界における私の両親は、常に私の選択を良しとしてくれる人たちだった。

 たとえ私が一生誰とも結婚しなくても、それはそれでいいと認めてくれると思う。


「それはそうでしょう。あなたのご両親は素敵な方々ですからね。でも、あなたはそれに甘えていいんですの? お父様やお母様を喜ばせたいとは思いませんの?」

「それは……」

 

 私はここに来て、クレア様との価値観の違いに気づいた。

 クレア様にとって結婚とは、自分を育ててくれた家に対する貢献なのだ。

 よりよい家に嫁ぐことはもはや義務に等しく、それ故に、ロッド様の求婚をあっさり断った私が不誠実に見えているのだろう。

 これは……どうしたものか。


「でも、クレア様。私はクレア様以外の誰とも結婚したくないんです」

「レイ、よくお聞きなさい」


 クレア様の真剣な声色に、思わず背筋が伸びる。


「あなたがわたくしを慕ってくれているのは分かりました。そのことは素直に嬉しいと思います。でも、結婚は話が別ですわ」

「別じゃないですよ」

「いいえ。恋愛はある程度自由にすればいいでしょう。でも、結婚は個人の意志でするものではありませんわ」

「クレア様……」

「ロッド様の求婚をお受けなさい。別に結婚したからといって、わたくしとの縁が切れてしまうわけではありませんわ。むしろ、王族と上級貴族なら、今よりも懇意になることだって――」

「クレア様!」


 私はひょっとしたら初めて、クレア様の言葉を大きな声で遮った。

 クレア様が驚いたように口をつぐむ。


「私にとって、結婚は恋愛と同じくらい……いえ、恋愛以上に個人的なことです」

「レイ……」

「なんと言われようと、私はクレア様以外の方と結婚するつもりはありません」


 価値観の相違はある。

 クレア様には理解出来ないかもしれない。

 でも、ここだけはどうしても譲るつもりはなかった。


「レイ、よく考えなさい。同性同士では結婚は出来ないんですのよ?」

「なら、私は一生結婚しません。それだけのことです」

「わたくしが誰かと結婚しても?」

「……はい」


 クレア様が誰かのものになるのは、本当は嫌だ。

 以前なら自分を押し殺して祝福できたかも知れないが、マナリア様に本音を自覚させられてしまった今、同じことが出来る自信はない。

 それでも、だからといって私はクレア様以外の人と結婚するつもりはない。

 まして、家のためにロッド様と一緒になるなどもっての外だ。


「……あなたのこと、最近では少し理解出来るつもりでおりましたの」

「ありがとうございます」

「でも――」


 クレア様はこう続けた。


「あなたのこと、また分からなくなりましたわ」


 その一言は、私の心を深く深く抉ったのだった。

お読み下さってありがとうございます。

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