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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
第六章 教会編

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83.説得と説明

 奉納舞の練習は続いている。

 そろそろ学院も始まるので、夏休みの内にある程度形にしてしまいたいところだ。


「だいぶ良くなりましたね、レイさん」

「クレア様の愛の鞭です」

「その言い方はやめて下さるかしら!?」

「これなら体力面では問題ないでしょう。ただ……」


 司祭長はそこで言葉を切って、


「レイさんには、致命的にセンスがありませんわね」


 そうなのだ。

 私……というか、主人公にはダンスの才能がないのだ。

 これは社交の場で王子様たちと踊るという時に発覚することなのだが、うっかり忘れていた。

 その時点で一番好感度の高い王子と踊ることになるのだが、主人公は何度も王子の足を踏んでしまう。

 学院にはきちんと社交ダンスの授業があるにも関わらず、である。

 まあ、そこは乙女ゲームなので、足を踏んでしまっても「こやつめ、ハハハ」で済んでしまうのだが。

 ちなみにスチルには端っこの方でハンカチをかむクレア様が見られる。

 可愛い。


「そ、それでも最初の頃に比べれば良くなってると思います」

「でも、もうそれほど時間もありませんわよねぇ」


 リリィ様がフォローを入れてくれたが、クレア様の言うとおりだ。

 収穫祭は学院が再開した直後にある。

 もうあまり時間がない。


「まあ、なんとかなりますよ」

「それを自分で言ってしまうところがレイですわよねぇ……」


 クレア様は呆れ気味である。

 まあ、でもいいのだ。

 策は用意してある。


「ところで、奉納舞の人数は集まったんですか?」

「は、はい。一応、必要人数は集まりました。後は皆さんの習熟度を上げていくだけです」

「なるほど。それならひとまず安心ですね」

「目下の心配の種は、レイさんの習熟度が追いつかないかもしれないことなのですが」

「頑張ります」


 司祭長のお小言はさらっと流しておく。

 それは多分、問題ないからだ。


「本番で踊らないかも知れないからと言って、手を抜くのは許しませんわよ?」


 クレア様が小声で私にそう言った。


「ちゃんと練習しますよぅ」

「本当ですの? その割には全然進歩が見られないようですけれど?」

「それは才能の限界ってやつです」


 この身体は本当にダンスには向いていない。

 魔法や勉学にはものすごく適性があるのに。


「ユー様からお返事が来ましたわ」

「!」

「乗って下さるそうですわよ。よかったですわね」

「そうですか」


 ユー様の問題を解決するために、私はある悪巧みをしている。

 その下準備のために、クレア様からユー様に手紙を出して貰っていた。

 ユー様の返事がノーなら全てがご破算だったが、彼がイエスというなら是非もない。

 私は全力を尽くすだけである。


 となるとあとは――。


「あの子の説得、かな」


◆◇◆◇◆


「ねー、ミシャ」

「なに?」


 夜の寮の自室。

 机に向かって何やら書き物をしているミシャに向かって、私はベッドに横になりながら、なんでもないことのように用件を切り出した。


「出家する気はない?」

「……は?」


 思わず、と言った様子でこちらを振り向くミシャ。

 まあ、そりゃそうだよね。


「突然、何を言い出すのよ」

「ない?」

「ある訳ないでしょ」

「そっかー」


 私の言葉に、「まったく、何なのよ」などとぼやきながら再び机に向かうミシャ。


「でもさ、もしそうしたら、ユー様と一緒になれるとしたらどう?」

「……どういうことよ」

「気になる?」


 ミシャはしばらく書き物を続けていたようだが、集中力がそがれたのか、やがて手を止めてこちらを向いた。


「レイ、あなた何を考えているの?」

「親友の幸せ」

「誤魔化さないで」

「誤魔化してなんかいないんだけどね」


 よっこらっしょ、と反動をつけて起き上がる。


「ユー様の身体のこと、何とか出来るかも知れないの」

「どうやって」

「身体のことは、前に話したとおりだけど?」

「そうじゃなくて、王宮はどう説得するつもりよ?」

「説得は、しないよ」

「は?」


 ミシャの頭の上にクエスチョンマークがたくさん浮いているのが分かる。


「それでどうやって何とかするのよ」

「ショック療法」

「……またろくでもないことを考えていそうね」

「人聞きが悪いなあ」


 私は百パーセント善意だというのに。

 王宮に対しては悪意百パーセントかもしれないけど。


「実はね――」


 私は悪巧みの概要を説明した。


「あなた……なんてこと考えるのよ」

「でも、これしかないと思うんだよね」

「あなたが関与していることがバレたら、処刑ものよ?」

「そこは上手くやるよ」

「……」


 ミシャは頭痛がしているかのようにこめかみに手を当てると、難しい表情になってしまった。


「あなたはどうしてそこまでしてくれるの?」

「言ったじゃない。親友のためだって」

「それは半分以上、嘘よね?」

「そんなことないってば」

「嘘よ。あなた、私のこと親友だなんて思ってないわ」


 断言する口調に、私は少しカチンと来た。


「なんでそんなこと言うの?」

「あなたが私の知るレイ=テイラーじゃないからよ」


 ずばり、と言われて、私は若干動揺した。


「な、何を言ってるの、ミシャ」

「学院に入学した日よね、多分。あなたがあなたじゃなくなったのは」

「!」


 まずい。

 この流れはまずい。


「それまでのあなたは、変わってはいたけれど、それでも普通の平民娘の範囲内だった。でも、あの日からのあなたは、明らかに別人だわ」


 冷たい光を放つ赤い瞳が、私を射貫いた。


「最初は環境の違いでノイローゼにでもなっているのかと思ったわ。でも、どうもそういう訳ではなさそうだし、一向に元に戻る気配がない。きっと、あなたは別人になってしまった」

「ミシャ、自分が何言ってるか分かってる?」

「自分でも馬鹿なことを言ってるっていう自覚はあるわよ。でも、そうとしか考えられないもの」


 ミシャは自分自身の言葉に戸惑いつつも、最後まではっきりと推論を口にした。


「ねえ、あなたは誰? 私の親友だったレイ=テイラーはどこへ行ったの?」


 これはもう、言い逃れが出来ない、と私は思った。

 ミシャは他人にあまり関心がない人だと思っていたが、まさかこんなに深く私について考えてくれているとは思ってもみなかった。

 どうする。

 なんと言えば彼女を説得出来る?


「私は……レイ=テイラーだよ」

「……それがあなたの答え? なら、申し訳ないけど、あなたの話には乗れない。ユー様を危険にさらすのもやめて貰うわ」


 ダメだ。

 やっぱり、誤魔化すことは出来ない。


「分かった。降参。でも、信じて貰えるとはとても思えない」

「それは私が判断する事よ」

「……そうだね。じゃあ、話す。荒唐無稽に聞こえるかも知れないけど、私は真実を話すよ」

「そうして」


 観念した私は、自分のことについて全てを話すことにした。

 自分には別の世界の人間だった記憶があること。

 この世界は恐らく、その別世界のゲームの舞台であること。

 私はそのゲームのヒロインとして転生したこと。

 クレア様を救うために、この世界で奮闘を続けていること。

 洗いざらい全部を話した。

 ミシャは途中何度か目をむいて驚きをあらわにしていたが、最後まで話を遮らずに聞いてくれた。


「この世界がゲーム? とやらの舞台……」

「信じて貰える?」

「……正直、話が突飛すぎて難しいわ。あなたのいた世界は、この世界よりもずっと文明が進んでいるのね?」


 それからミシャは、話の中で疑問に思ったことを私にぶつけてきた。

 中世レベルの科学知識しかない彼女には乙女ゲームなどは理解しづらかったようだが、それでも時間をかけて丁寧に説明した。


「……じゃあ、あなたは、レイ=テイラーであってレイ=テイラーじゃない、ということなのね」

「そうなるかな。私は確かにレイ=テイラーとしての記憶もあるけど、元の私が混ざっちゃったから、それでミシャには別人に見えてるんだと思う」

「……」


 それからミシャは、少し考え込むように口をつぐんだ。

 きっと、私の話の真偽を吟味しているんだろう。

 彼女が再び口を開いたのは、しばらくしてからのことだった。


「この世界ではその内、革命が起きるのね?」

「うん」

「それが起きたら、王室は消滅してしまう」

「そう」

「……そう。なら私の答えは決まっているわ」


 ミシャは居住まいを正して、私に向き直った。


「あなたに協力するわ。あなたの言うことを信じる」


 私は安堵のあまり脱力してベッドに崩れ落ちた。


「ちょ、ちょっと、レイ」

「よかったぁ……」

「そんなに緊張していたの?」

「そりゃそうだよ。私のことを信じて貰えなかったら、私、完全に頭のおかしい人だもん」

「それもそうね」


 ミシャはでも、と続けた。


「あなたの言葉はこれまでの色んなことにつじつまが合うわ」

「例えば?」

「テストの成績とか。あなた、あんなに勉強が出来る子じゃなかったもの」

「うわー、不名誉な信じられ方だー」


 じゃあ、ミシャはあの時点から私がおかしいと睨んでたのか。


「他にもあるわ。ナー帝国の毒を解毒したこと」

「カンタレラだね。うん、あれはホント転生者でよかったと思ったよ」


 そうでなければ、あの時点でセイン様はこの世にいない。


「でもまあ、信じて貰えて良かった。ミシャって意外と頭柔らかいんだね」

「意外とって何よ。それに、あなたの話って、むしろこの世界の人間にはそこまで全く信じられない話ではないと思うわよ?」

「どういうこと?」

「あなたの世界にはカガク……だったかしら。それがあるから転生という事柄が非カガク的っていう発想になるのでしょうけれど、この世界にはその非カガク的なものの最たるものである魔法があるでしょう?」

「……ああ」


 そういうことか。

 要するに、不思議なものについての常識が違うのだ。

 元の世界で転生したと言われたら妄想乙だが、この世界ではそうではない。

 魔法という超常の現象が日常だから、転生と言われても筋が通っているなら、そんなこともあるかもと思われるのだろう。


「実際、この世界には精霊の迷い子っていう言い伝えもあるから」

「あー、そうだったね」


 精霊の迷い子というのは、この世界に古くからある言い伝えである。

 この世界には時々、どこから来たのか分からない人間が現れることがある。

 そして、その人間は特別な力を有しているのだ。


「あなたもそうだったでしょう?」

「うん」


 主人公が並外れた魔法力を備えているのはそのせいである。

 テイラー家の両親は、実は血のつながりのない義理の父と母なのだ。

 それでも二人は本物の娘として可愛がってくれたが。


「まあ、これで色々と納得出来たわ。話してくれてありがとう、レイ」

「私もちょっとすっきりした。どきどきしたけどね」

「そうなの? それじゃあ、ご両親の時は大変だったでしょう?」

「へ?」

「へって……。まさかあなた、ご両親にはまだこの話していないの?」

「してないよ?」


 ミシャが頭を抱えた。

 あれ?

 私、何か変なことを言っただろうか。


「あなた、そういうことはまず真っ先にご両親に説明するべきでしょう」

「そ、そう?」

「そうよ。帰省の時に何か言われなかった?」

「うーん……特に」

「……言われてみれば、レイのご両親も大らかな方たちだったわね」


 そのうちちゃんと説明なさいよ、とミシャに釘を刺された。


「ちょっと夜更かしになったわね。明日も奉納舞の練習でしょう? 大丈夫?」

「うん。今日は自分に安眠をかけて寝るよ」

「朝は起こしてあげるからそうするといいわ。おやすみなさい」

「おやすみ」


 ランプの灯を落として、ベッドに横になる。

 自分に水魔法の安眠を使うと、すぐに睡魔がやってきた。


 予定外に自分のことを話すことになってしまったが、これでミシャの了解も取れた。

 後は本番を待つばかりである。

 さて、うまく行くだろうか。

 いや――。


(絶対、上手くいかせてみせる)


 まどろみの中、私は固くそう誓うのだった。


お読み下さってありがとうございます。

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