79.ユーの秘密
ユー様は、現バウアー王ロセイユ陛下とリーシェ王妃の間に出来た唯一の子どもである。
上の二人の王子とは異母兄弟になる訳だ。
バウアー王国では王位継承権は生まれた順番に依存するので、ユー様の王位継承権は三番目。
それでも、リーシェ王妃は子どもを授かったとき、ゆくゆくは自分の子をこの国のトップにしたいと考えていたようである。
「十月十日後に生まれてきた子どもは、男の子と女の子の双子だったの」
そう語るミシャは声を潜めていた。
ミシャ得意の風魔法で防音の結界を部屋に張り、さらに小さな声で内緒話のようにしている。
リリィ様も言っていたが、本当にこの国の抱える暗部の一つなのだろう。
万が一にも他の人間に知られてはならないのだ。
「でも、知っての通り、赤ん坊の生存率は低いでしょう? 男の子の方は、すぐに亡くなってしまったの」
中世レベルの医療水準であるこの世界では、乳幼児死亡率は驚くほど高い。
治癒魔法があるとはいえ、それも病気や感染症には効かない場合もある。
お産のためにリーシェ王妃が王宮から教会に帰っている間に、男の子は亡くなってしまった。
世継ぎになり得る待望の男の子を失ったリーシェ王妃の絶望は深く、そのことが彼女を過ちへと誘った。
「リーシェ様は異性病の罹患者を乳母にして、母乳を赤ん坊に与えたの」
結果として、女の子は異性病にかかり、王女になるはずだった子が王子となった。
それがユー様なのだ。
「ロセイユ陛下はそのことをご存じなの?」
「もちろんよ。リーシェ様は隠し通そうとお考えだったようだけど、この国の頂点に君臨する方にそんな重大なことを秘密にしておけるわけがないわ」
それでも、ロセイユ陛下がユー様の性別の真実を知ったのは、ユー様のことを第三王子として発表した後のことだったらしい。
陛下はやむなくユー様を王子として扱い、以来、ユー様の性別のことは厳重に隠匿されている。
「でも異性病って、満月になると元の性別の身体に戻っちゃうでしょう? よく今まで隠し通せてるね?」
「王宮の恥部だからよ。秘密を知る者を厳選して、その人たちが協力してユー様の性別を隠蔽しているの」
私もその一人だったけれどね、とミシャはこぼした。
「私の家は昔はそこそこ位の高い貴族だったから、王族とも懇意だったの。それで、ユー様のフォローをするよう、私は言われていたのよ」
ユー様とミシャは単に幼なじみというだけではないのだろう。
一種の共犯関係にあったわけだ。
「でも、その関係も私の家が没落したことで消えてしまったわ。私の家が完全に終わらないで平民として暮らせているのは、王宮が口止め料として家の負債を肩代わりしてくれたからよ」
貴族の身分は失うことになったけれどね、とミシャは変わらない表情で言った。
「教会は密かに異性病の研究を陛下から命じられているの。もちろん、ユー様を女性ではなく本物の男性にするために」
要はリーシェ王妃のやったことのつじつま合わせをさせられている、ということなのだろう。
でも、そんなことが可能なんだろうか。
この世界には魔法があるから、現実世界ではあり得ないことが色々起こるわけではあるけども。
「それは分からない。でも、ユー様は内心嫌がっているわ」
私の疑問に、ミシャはそう答えた。
「ユー様は普段の身体こそ男性のものとはいえ、もともと女性として生まれついた方。成長するにつれ、心の性別と身体の性別の乖離に悩まれるようになっていったの」
ミシャの顔が苦悩に歪んだ。
彼女が表情をあらわにするのは珍しい。
ユー様はいわゆる性別違和の状態にあるのだろう。
日本では性同一性障害とも言う。
心の性別と身体の性別が一致せず、社会生活に困難が生じる状態だ。
この状態になっている人は、日常生活の様々な面で性別の不一致に起因する苦痛を味わうことになる。
「私の着ているドレスを羨ましがったり、髪を伸ばしてみたいと仰ったり。皆に隠れてお化粧をしたこともあったわ」
思い出すように語るミシャの口調は苦い。
『ねえ、ミシャ。僕、変じゃない?』
『お可愛らしいと存じます』
男女逆転喫茶の衣装合わせの時、私はユー様が楽しんでいるに違いないと思っていたが、ニュアンスが全然違った。
ユー様は自分の見目がいいことを自覚してほくそ笑んでいたのではなかった。
普段は叶えられない渇望を満たせて、本当に心の底から喜んでいたのだ。
ユー様のことを私は狸だと思っていたが、そりゃあ狸にもなるだろう。
こんな二重生活を送らされていれば。
「それで、レイはユー様の病気を治せるの?」
「治せるっていうか、元の性別に戻すことは出来るよ」
「どうやって?」
「異性病は病気だって考えられてるけど、実は魔法による一種の呪いなの。だから、教会が所蔵してる解呪の魔道具で治すことは出来る」
「……貴女がどうしてそんなことを知ってるのかは、聞かないでおくわね」
ミシャが空気の読める人で安心した。
もっとも、彼女にしてみれば、思い人の問題を解決してくれる相手の気分を害さないという目的もあっただろうが。
「でも、王宮と教会が探しているのは、ユー様を男性のまま固定する方法なんでしょ?」
「そうね。少なくとも王宮はそう」
「あれ? 教会は違うの?」
「教会には女性を重用する文化があるから」
そういえばそうだった。
以前にも少し述べたが、精霊教会には女性を神秘的なものと捉えて、重要視する風潮がある。
地球のカトリックと違って、女性でも高位の役職に就けるのはそのためだ。
実際、元枢機卿のリーシェ王妃やリリィ枢機卿という事例があるわけだし。
「ミシャはどっちなの?」
「私の意向なんてどうでもいいじゃない」
「よくないよ。ミシャはユー様のことが好きでしょう?」
「……誰が言ったのよ、そんなこと」
ミシャは言外に否定したが、私は食い下がった。
「誰からも言われてないけど、私は知ってる。友だちだもん」
「私は貴女と友だちのつもりだけど、あなたのことはさっぱり分からないわ」
「で、どうなの?」
「……」
私が追及の手を緩めるつもりがないことが伝わったのか、ミシャは小さく嘆息した。
「私自身は普通に男性が好きだから、ユー様が男性だったらいいなと思うことはあるわよ」
「ふむふむ」
「でも、私のことよりもユー様のことだわ。ユー様が苦しまず健やかに生活していけるなら、私はユー様がどちらの性別でも構わないのよ」
「おー……。ユー様がユー様であれば、ってやつ?」
「戯曲的な言い回しは好きではないけど、まあそういうことね」
ミシャはつまらなさそうに自分のことを語った。
彼女は自分のことをヘテロセクシュアルだと思っているようだが、私が思うにバイセクシュアルの素質もあるんだと思う。
創作物ではよく言われる「性別なんて関係ない」という文句は、実際にはあまり現実的ではないからだ。
読み物として読む分には多くの人がそれを楽しめるが、実際に自分がそれを実践出来るかというのはまた話が別なのである。
もちろん、どんな人を好きになるかというのは人それぞれ程度差があり、私が今まで言ってきたほどクリアに分かれるわけではないのだが。
「なら、私はユー様が女性に戻れるように協力する」
「私がどう思ってるかは別にして、王宮はユー様が女性になることを許さないわよ? 特にリーシェ様が」
「どうして?」
「リーシェ様の悲願は自分の子どもを王位につけることだからよ。生まれたばかりの我が子を病気にするくらいなんだから、その執念は並大抵のものじゃないはず」
それもそうか。
ゲームでもユー様ルートのリーシェ女王は、自分の息子(娘だったわけだが)が平民と結婚するなどもっての外という立場だった。
王になるには相応しい女性が必要だという意見で、最後まで頑なに主人公を認めようとしない。
けっきょく革命が起き、そのどさくさに紛れて、ユー様は主人公を連れて駆け落ちするのである。
「じゃあ、ミシャにも駆け落ちして貰うか」
「何を言ってるの?」
「ミシャ。ユー様と結ばれるんだったら、駆け落ちする覚悟はある?」
「ないわ」
ミシャの即答に、私はずっこけた。
「な、ないの?」
「考えてもみなさい。ユー様も私も王侯貴族として育ったのよ? 駆け落ちしたってろくに生活して行けないわ」
「ミシャは平民として生活出来てるじゃない」
「さっきも言ったでしょ。王宮の後ろ盾があるのよ」
「それだけかなあ?」
ミシャはしっかりしているし、平民としてでも立派に暮らしていけると思うのだが。
結局、その日の話はそこまでとなった。
私はベッドに横になりながら、ミシャの話を振り返った。
ユー様にそんなドラマチックな設定があったとは。
「Revolution」マニアの私でも知らなかった事実だ。
ユー様が本来女性であったということは、ファンディスクにも設定資料集にも書かれていなかった。
おそらく、乙女ゲームとして相応しくない設定と言うことで、公にされなかったものなのだろう。
以前、学院の実力テストの時に、私はスタッフよりもこの世界に詳しい自信があると言ったが、きっとあれは間違いだった。
どんなゲームにも、プレイヤーには公開されていない死に設定や隠し設定が無数にあるに違いない。
それはそれとして、なんとかユー様の性別を元に戻して、ミシャとくっつける方法はないものか。
思案の結果、出た結論は――。
「ショック療法しかないかもね」
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