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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
第六章 教会編
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70.宗教と世界の流れ

「で、では、お話しさせて頂きますね」


 他の者に任せるべきですという司教を押し切って、リリィ様は話を始めた。

 リリィ様はまず教会設立の歴史について話そうとしたのだが、


「教会設立の経緯については端折って頂いて結構ですわ。歴史は得意ですの」

「そ、そうですか」


 そう言ってクレア様が先を催促した。

 民間信仰から立ち上がった宗教だという話は以前にもしたと思うので、私も割愛する。


「で、では、次は教会の理念についてお話しさせて頂きます」


 リリィ様の話によるとこうだ。

 教会は精霊神の下の平等を謳う組織であり、全ての人間で精霊の恩寵を分かち合うことを目的としている。


「バ、バウアー王国にも王侯貴族が存在しますが、精霊の前に貴賤はありません」

「でも、現実問題として貧富の格差が存在しますわよね?」


 クレア様の指摘にリリィ様は頷いた。


「は、はい。その為に、教会は富の再分配を行っています」


 世界各地に広がるその信仰の力を背景に貴族から寄付を募り、それを貧しい人々に施しという形で与える。

 教会の主力事業である治療院では、経済力に比例したお布施を求める。

 リリィ様の話によると他にもあるようだが、主力となるのはこの二つらしい。


「ということは、結局、教会も王族や貴族がいなければ成り立ちませんの?」

「い、いえ、そういう訳ではないです。教会は各国に領地がありますし、事業を行って利益を上げているのです」


 誤解されやすいところですが、と彼女は前置きして説明してくれた。

 教会はお布施や寄付だけに頼って存立している訳ではなく、教会自体も一種の経済主体であるらしい。

 領地から税を徴収したり、田畑を作って農作物を作ったり、酪農をして乳製品を作ったりと、その活動は多岐に渡るようだ。


「で、ですので、教会は各国の富裕勢力からは独立した存在ということになります。依存関係にあっては、教会の理念は果たせませんので……」

「なるほど……」


 クレア様は熱心な様子で頷きながら聞いている。


「平民からは寄付を取りませんの?」

「も、もちろん、平民の皆様から寄付を頂くことはあります。でも、そういった寄付は少額か、高額な場合でもそれは裕福な商家がほとんどですね」

「教会の財力に資する部分は少ない、ということかしら」

「い、いえ。むしろ、平民の皆様から集める重要なものは信仰です。信仰こそが教会を教会たらしめる最も重要なものです」


 私にはそれがよく分からなかった。


「信仰ってそんなに重要なものなんですか? 私は無宗教なのでよく分からないのですが、宗教って言ってみれば思い込みじゃありません?」

「!?」


 日本生まれの現代人だった私の発言に、リリィ様は一瞬絶句した。


「お、思い込み……。それは……ええと……さすがに……うーん……」

「レイ、今のは流石に暴言ですわ。謝罪なさい」


 この世界では信仰があるのは当たり前らしく、私はどうやら外様だったようだ。


「言葉が過ぎたようです。申し訳ありません」

「い、いえ。リリィもびっくりしてしまってすみません。でも、仰ることは分かる気がします。教会の領土の中には、信仰を持たない民が暮らす地域もありますから、そういう場所ではレイさんと同じようなことを仰る方はいるようです」


 でも、とリリィ様は続けた。


「で、でも、宗教というのは現実に存在する力です。本来力を持たないものだったはずのものが、現実に力を持ってしまったもの、と言い換えることも出来るかも知れません。宗教に馴染みのない方向けの言い方をするとすると……そ、そうですね、歴史の流れの中で醸成された、非常に良く出来たおとぎ話とでも申しましょうか……」

「リリィ枢機卿。今の言葉を教皇様が聞いたら卒倒しますわよ?」

「そ、そうですよね、すみません!」


 リリィ様はしきりに謝っていたが、私にはむしろその説明の方がしっくりきた。

 宗教というのは、実際に中身をつぶさに検証してしまえば空っぽなフィクションなのだろう。

 でも、長い歴史を経るうちにそれが実際に力を持ってしまっている。

 そしてその力は、人々の信仰によって支えられている、と。


「も、もちろん、リリィたち信仰に生きる者にとっては、宗教は絵空事ではありません。宗教は価値の体系ということも出来ると思います」

「価値の体系、ですか?」

「え、ええと、何に価値を置き、何に価値を置かず、それらの価値や無価値がお互いにどういう関係にあるかを示したもの、と言ったら説明になるでしょうか」


 つまりこういうことだろう。

 ある宗教では豚を食べない。

 それにはその宗教なりの教義が背景にあり、豚を食べないということが別の教義と密接に関連している。

 そうして日々生活している中で、なにをどうすべきか、何が正しくて何が間違っているかの一覧を示していく。

 日本人にとって宗教というものは「異質」なものと捉えられがちだが、本来の宗教は生活に寄り添うものであり、生活の指針となるものだと聞いたことがある。


「あまり難しく考えることはありませんわ。よりよく生きる方法を示すのが宗教ですのよ」

「はあ……」


 クレア様は何を今更という感じで言ったが、地球ではその「よりよい生き方」同士が衝突して戦争や紛争が何度も繰り返されていたのだから、実際には根深い問題である。

 もっとも、この世界には宗教戦争・紛争はないようなので、クレア様に反論することはしないでおいた。


「そろそろ本題に入らせて頂きますわ。教会は今のバウアーにおける貧困問題をどのように見ていらっしゃるの? わたくしには貴族制度の形骸化・腐敗が温床に見えるのですけれど」

「リ、リリィもあまり難しいことは分かりませんが、概ねクレア様が仰ったことは間違っていないと思います。でも、それも長くは続かないと思います」

「と、仰ると……?」

「ユ、ユー王子が仰っていたんです。貴族制度はじきに破綻する、と」


 リリィ様の言葉に、クレア様が顔色を変えた。


「貴族制度が破綻する、とはどういうことですの?」

「く、詳しいことはリリィにも分かりません。で、でも、魔道具の発明、魔法の発展によって、家柄よりも個人の能力がモノを言う時代が来る、とユー王子はお考えのようです。そうなれば、数で勝る平民に貴族が勝つ道理はない、と……」


 これは以前、学院で平民運動が盛り上がった際に、ユー様自身が語っていたことの焼き増しだ。

 あの時のクレア様は拒絶反応しかなかったが、今のクレア様には平民からの視点がある。

 ユー様の仮説を頭から否定することは出来ない。


「でも、貴族が黙って破綻を認めるとも思えませんわ」

「も、もちろん、抵抗はあるでしょう。でも、歴史の流れには逆らえないとリリィは思います」

「なら、貴族制度はどうやって消滅するというんですの?」

「じ、実際に貴族制度が消滅した国がいくつかあります。例えば、ランスという西方の国です」

「それはどのように……?」


 そこでリリィ様は一旦言葉を切ると、言いにくそうに、だがきっぱりと告げた。


「か、革命、というものが起こりました」

「革命?」

「へ、平民が蜂起して、貴族を武力で倒してしまったのです。いわば、新勢力と旧勢力の内戦です」

「内戦が起こると仰るんですの……?」


 クレア様の顔から血の気が引いた。


「も、もちろん、バウアー王国が必ずそうなるとは思ってはいません。ですが、世界の潮流を見れば、一部の特権階級が富を寡占するような状態は、終わりを迎えつつあるのではないでしょうか」


 気弱そうなリリィ様だが、クレア様の目には死の託宣を告げる予言者のように見えているかも知れない。


「その革命というものが起きた後、貴族だった者たちはどうなるんですの?」

「国によりますが、多くは平民と同じ身分になるか、処刑されてしまった貴族たちもいます」


 それを聞いたクレア様が、よろけるように体を傾けた。


「クレア様!」


 私は慌ててその体を支えた。

 ショックが大きすぎたようだ。


「だ、大丈夫ですわ。少し目眩がしただけですの」

「今日はこのくらいにしておきましょう。一度に学ぶには、事が大きすぎます」

「リ、リリィもその方がいいと思います」


 リリィ様も一旦切り上げることを勧めた。

 自分の言葉が相手を動揺させてしまったことへの罪悪感も見て取れる。


「そうですわね。今日はここまでにさせて頂きますわ。リリィ枢機卿、またお話をうかがってもよろしくて?」

「はい。貴族の筆頭であるクレア様にお話を聞いて頂けるのであれば、リリィはできる限り時間を作りたいと思います」

「ありがとうございますわ」


 リリィ様に礼を言って、私たちは大聖堂を後にした。

 帰り道の馬車の中は、しばらく重たい沈黙が続いた。


「レイ……リリィ枢機卿のお話……あなたはどう感じまして?」

「難しかったです。お腹がすきました」

「あなたはまたそうやって……。学院の学力テストの結果を知っているのですから、あなたが普段おどけるほど馬鹿ではないことくらい分かっていますのよ?」


 雰囲気を変えたくて道化を演じてみたのだが、今日のクレア様は同じレベルで話せる話し相手を欲しているらしい。


「教会の制度だけ学ぶつもりが、思わぬ所まで話が飛びましたね」

「ええ。特にあの革命というもの……。そんな野蛮なことが実際に起こりうるなんて……」


 革命に暴力が伴いやすいことは事実だが、野蛮かどうかは判断が分かれるところだろう。

 王侯貴族の専横の方がよっぽど野蛮という人だっているかもしれない。


「わたくしたち貴族は、消えていく定めにあるのかしら……」

「たとえ貴族という身分がなくなっても、クレア様の御身は私が必ず守りますよ」

「でも、革命が起きれば、貴族は処刑されると……」

「そこは立ち回り次第だと思います。革命を起こす側に味方すれば、むしろ感謝されるかもしれません」


 でもそれは、クレア様にとって到底受け入れられないものだった。


「わたくしに裏切り者になれと言うんですの!?」

「裏切り者と言えば聞こえが悪いですが、民草の味方という考え方も出来ます」

「わたくしは貴族ですわ!」

「クレア様は民の貧困をなんとかしたいのではなかったのですか? そのためには貴族であることは捨てられませんか?」

「!」


 クレア様は難しい顔で考え込んでしまった。

 平民の貧困をなんとかしたい――それはクレア様の偽らざる本音だっただろう。

 でも、その実現のために自分が貴族の身分を捨てなければならないとは思いもしなかったに違いない。


「クレア様。今日は一度に色々なことを聞かされました。すぐに結論の出るような簡単な問題でもありません。今夜はもう難しいことは考えずに、食事をしてお休みになって下さい」

「……そう……ですわね……」


 肯定の返事をしたものの、クレア様は帰路ずっと何かを考え込んでいた。

 なまじキャパシティが大きいのが災いしてしまっている。

 この分では、今夜は寝られるかどうか。


 でも、今日の展開は悪くない。

 これでクレア様に革命という概念を知って貰うことが出来た。

 そして、民の側に立つという選択肢も。


 革命は……起きてしまう。

 このままいけば確実に。

 私はゲームの知識としてそれを知っている。


 でも、ゲームのままの展開にはさせない。

 クレア様を処刑させてたまるものか。


(クレア様、私が絶対に守りますからね)


 馬車の窓に頭を預けて考え込んでいるクレア様に、私は心の中でそっと誓いを立てた。


お読み下さってありがとうございます。

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ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[一言] ゲームタイトルからして ・・・ですからね。
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