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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
第五章 バカンス編
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66.センディング

 戦いは苦しいものとなった。

 主たる武力が魔法である私たち三人にとって、魔法が効かないということは非常に不利である。

 私たちは船長室の中を逃げ回りながら、なんとか現状打開を試みていた。


 しかし――。


「くっ……!」

「魔法が効かないんじゃあ、打つ手がありませんわ!」


 ミシャとクレア様の顔色が示すとおり、旗色は芳しくない。


「部屋の外の者たちは何をしているんですのよ!?」

「外にも魔物が多数いるようです。それにおそらく、この結界は外からも入れません」


 じれたように言うクレア様に対して、ミシャはまだ冷静だった。


「諦メロ。抵抗シナケレバ苦シマズニ殺シテヤル」


 ルイは大ぶりのバスタードソードを振るって、私たちを仕留めようとして来る。

 ルイは優秀な冒険者だと聞いているが、それは過大評価ではないのだろう。

 三対一でも、こちらの方が押されてしまうくらいの実力者であると言えば分かるだろうか。


「私に考えがあります」


 すんでの所でルイの剣先をかわしつつ、クレア様とミシャに言った。


「クレア様は低ランクの魔法を数を撃って足止めして下さい。魔法は効かなくても衝撃は通ります」

「分かりましたわ」


 私を信頼してくれているのだろう。

 クレア様はそれまで使っていた火槍から火弾に切り替えて弾幕を張ってくれた。


「ミシャは索敵をお願い」

「索敵って、この上伏兵でもいるっていうの?」


 いつも無表情なミシャが、珍しく顔色を曇らせた。


「ううん。索敵範囲はこの部屋を除く船体全体。探して貰うのは、逆に敵の数が少ないところ」

「それにどんな意味が――」

「今は説明できない。私を信じて」


 ルイに聞かれては何もかもがご破算になってしまう。


「分かったわ」

「時間はクレア様と私で稼ぐから」


 私も水弾と土弾を作ってルイに放った。


「無駄ナアガキヲ……」

「そんなことを言われて諦める人がいまして!?」


 クレア様は華麗な体捌きでルイの剣をかいくぐり、すれ違いざまに足を引っかけた。

 膨れ上がったルイの巨体が倒れる。

 ルイはまだアンデッド化した体を完全には使いこなせていないようだった。

 それでも三人を十分に相手取れるのだから、大したものである。


「クレア様、あんまり危険な真似はしないで下さい!」


 確かにクレア様は私たち三人の中で一番体術に秀でているが、それでもルイには及ばない。


「でも、このままではじり貧ですわよ?」

「大丈夫です。多分、なんとかなりますから」

「信頼していいんですわよね?」

「もちろん!」


 クレア様に頷きかけると、私たちは二種類の魔法弾を雨あられとルイに放った。


「何トデモスルガイイ。魔法力ガ切レタ時ガ、オ前タチノ最期ダ」


 ルイは勝利を確信しているようである。

 だが、私はここで死ぬわけには行かない。

 いや、最悪私が死ぬのはいいが、クレア様にはなんとしても生き延びて貰わなければ。


「索敵終わったわよ。一番、敵が少ないのは、船尾の奥から三番目の部屋」

「ありがと、ミシャ」


 さすがミシャ、仕事が早い。


「ミシャ、クレア様と足止めに回って。私はちょっとやることがあるから、時間を稼いで」

「分かったわ!」


 さて、ここからが勘所である。


「――体はクレア様で出来ている」


 私は厳かに詠唱を始めた。


 ――血潮もクレア様。

 ――心は硝子と見せかけてクレア様。

 ――クレア様クレア様。


「さっきからなんですの!?」

「クレア様集中してください!」


 いや、ふざけてるわけではないのだ、本当に。


「何ヲスルツモリダ?」


 ミシャとクレア様の足止めにあいながら、ルイがいぶかった。

 私はそれに答えるつもりはない。

 詠唱の呪文こそアレだが、ひたすらやるべき事に集中する。


 遠くから大きな音が響き、それと同時に船体が大きく揺れ出した。


「なんですの……?」

「クレア様、手を止めてはダメです!」


 クレア様が一瞬動揺した隙にルイが肉薄し、その頭に向かって剣が振り下ろされた。

 思わず、私も詠唱を止めて水弾でフォローしようとする。


 間に合わない――!


「クレア様――!」


 しかし、その剣は何かに弾かれたように押し戻された。


「ナンダト!?」


 一瞬の隙を立て直し、クレア様は再び火弾を放ちながら距離を取る。

 何が起きたのかは分からないし、心臓が止まるかと思うほど焦ったが、私は作業に戻った。


 音と揺れは次第に大きくなっていった。

 そして――。


「!?」


 大きな音ともに扉の蝶番が外れ、外から大量の海水が流れ込んできた。

 ――沢山の剣と一緒に。


「ミシャ、クレア様! 魔法でその剣をルイに突き立てて!」


 返事はなかったが、二人の行動は素早かった。

 即座に魔法弾から魔法を切り替えると、クレア様は火の爆発、ミシャは風の流れを利用して、流れてきた剣をルイへと飛翔させた。

 そこに私も参加する。


「アン○ミテッドクレアワークス!」


 ルイは慌てて体をかわそうとしたが、無数に飛来する剣を避けることは出来なかった。

 体中を剣に縫い止められるようにして床に倒れ伏した。


「……負けた……か……」


 ルイの体が元の人間サイズに戻っていく。

 もちろん、破れた皮膚はそのままなので、見た目はボロボロだ。

 声もルイのものに戻った。

 その声色には悲嘆はなく、ただ純粋な疑問の色だけを帯びていた。


「一体……何をどうしたんだ?」

「答えてあげる義理はありませんね」


 私はさっさと船から脱出したかった。

 しかし――。


「わたくしも疑問ですわよ? 一体何がどうなっていますの」

「私も教えて欲しいのだけれど」


 クレア様とミシャまでもがそう言うなら仕方ない。


「この部屋は結界に覆われていましたが、それは術者の力によるものではなく、マジックスクロールによるものでした。ならば、その効果はそれほど長く続かないと思ったんです」


 そのために、ルイの足止めと称して三人で魔法を連打し、流れ弾で結界を減衰させていった。


「ミシャに索敵して貰ったのは、この剣のありかを探って貰うためです」

「これ、銀製の武器?」

「はい」


 銀はアンデッドに非常に高い効果を発揮する。

 逆に、アンデッドは銀には寄りつかないから、敵のいないところを探して貰った訳だ。


「どうしてこんなものが船内にあるかもしれないと見当をつけましたの?」

「町で聞いたじゃないですか。アンデッドハントに来たお貴族様の船が行方不明になったって」


 そして、ルイは貴族の船をアンデッド化してこの幽霊船を作ったと言っていた。


「あとは水魔法で海水を操作して、銀製の武器をここまで持ってきた、という訳です」

「なるほど……完敗だ」


 そう言うと、ルイはどこか吹っ切れたような笑みを浮かべた。


「こんなことを頼める立場ではないが、頼みがある」

「お断りします。行きましょう、ミシャ、クレア様」


 何が悲しくてクレア様を殺そうとしたヤツの頼みなんぞ聞かねばならんのだ。

 私は二人を連れて去ろうとした。


「聞くだけなら聞いて上げますわ。仰いなさい」

「クレア様……」

「思い人を手に掛けようとしたんですのよ? 何か事情があるに違いありませんわ」


 情けを掛ける、ということらしい。

 クレア様、悪役令嬢はどこいった。


「ありがとう。出来れば俺の母親のことを頼みたい。病気なんだ」

「あなたが帝国に踊らされた理由はそれですのね?」


 ルイの母親は重い病にかかってしまったらしい。

 そして、帝国の者にそこをつけこまれたという。


「薬くらい、後ろ暗くない方法で買えばいいじゃありませんの」

「貯金をほとんど使って都会の医者に見せたさ。そしたら悪いできものが腹にあるんだと。そのできものを殺す魔法薬は別料金ときたもんだ」


 クレア様が絶句する。


「冒険者稼業では危険依頼を受け続けても、貯めるのに一年はかかる。顔見知り連中に土下座して借りても半分にも届かなかった」


 ルイの血を吐くような語り口に、クレア様は掛ける言葉が見つからないようだった


「もういいでしょう? 聞くだけ聞きましたから、脱出しましょう。この船、もうすぐ沈みます」

「でも……」

「クレア様。今はレイの言うとおりです。脱出するべきかと」

「……分かりましたわ」


 ミシャの冷静な声に、クレア様が折れた。


「あなたの母親のことは、このクレアがフランソワ家の名に誓ってなんとかします。ですから、安心してお眠りなさい」

「……ありがとう。あぁ……。あいつら、金返さなかったこと、恨むかなあ……」


 それがルイの最後の言葉だった。


「行きましょう」


 私たちは外で待っていた仲間たちと共に、幽霊船を脱出した。

 その間、クレア様は一言も言葉を口にしなかった。

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