65.敵
「……大丈夫ですか、クレア様?」
「だだだ、大丈夫に決まっていますわ!」
「明らかに大丈夫じゃなさそうですけれど……」
気遣う私、強がるクレア様、心配げなミシャと三者三様である。
私たちを始めとする討伐隊は、幽霊船に向けて小舟で近づいている所だ。
討伐隊は総勢三十人。
何人かに分かれて小舟に乗り、警戒しつつ接近を試みている。
今のところモンスターには遭遇していないが、そろそろ危険な距離である。
と、思っていた矢先。
「来たぞ!」
一番前を行く冒険者たちの船から声が上がった。
霧の中に目を凝らすと、前方から鳥のようなモンスターが飛んでくるのが見えた。
その数、およそ十。
「クレア様、やってくれ!」
「わ、分かりましたわ!」
ルイさんの声にクレア様が応えた。
遠目なのでモンスターたちの姿形はまだはっきりと見えない。
それが功を奏したのか、クレア様の怯え具合もそれほど重症ではないようだった。
「光よ!」
クレア様がマジックレイを唱えた。
熱線は鳥の群れを直撃し、そのほとんどを焼いた。
「ちっ、少し残ったか」
「任せて下さい」
ルイさんの舌打ちに、ミシャが反応した。
直後、甲高い音が響いて、残りの鳥モンスターが撃墜される。
ミシャのセイレーンである。
「あんな数のモンスターを一瞬で……」
「いける……いけるぞ!」
初戦を圧勝したことで、討伐隊の士気は十二分に上がった。
ルイさんが私たちに親指を立ててねぎらってくれた。
その後も幽霊船にたどり着くまで散発的な戦闘があったが、誰一人負傷者を出すことはなかった。
「さて、ここからが本番だな」
討伐隊の全員が幽霊船に上がったことを確認すると、ルイさんは皆に気を引き締めるように言った。
「手はず通り、A班からE班までは道を切り開いてくれ。船長室へは俺とこの子らで行く」
ルイさんの指揮できびきび持ち場につく討伐隊。
彼は経験豊富な冒険者だ。
指示も効率的で的確である。
「! スケルトンだ! 多いぞ!」
甲板の扉が開くと、中から骸骨の姿をしたアンデッドが十体ほど姿を現した。
皆が臨戦態勢を取る。
「ひるむな! 数はこちらが上だ! 囲んで潰せ!」
ルイさんの指揮の下、乱戦が始まった。
◆◇◆◇◆
「皆さん、疲労してますわね」
乗船してから二時間ほどが経過した。
私たち三人は切り札として温存され、討伐隊に守られながら進んだ。
アンデッドたちは一匹一匹の力こそ大したことがないが、何しろ数が多かった。
討伐隊は徐々に体力を削られ、負傷した者も多かった。
「もうすぐ船長室だ! ボスを倒せば終わりだから、みんな頑張れ!」
ルイさんの鼓舞に反応する声も、だんだん小さくなってきている。
本当に、ギリギリだ。
「隊長、船長室です!」
先を行く冒険者の声に、討伐隊の顔が明るくなった。
ようやく終わる、という安堵の顔だ。
「よし。俺とこの子らの四人で入る。みんなは部屋の外を固めて、モンスターたちが中に入ってこられないようにしてくれ」
「了解」
みんなが警戒する中、ルイさんの先導で、私、クレア様、ミシャの順で船長室に入った。
「……あれ?」
部屋の中はがらんとしていた。
フック船長みたいなボスがいることを予想していた私は、何もいない室内に拍子抜けしてしまった。
「他の部屋でしたの……?」
「いいや、ここであってる」
怪訝な声を上げるクレア様に、ルイさんが断言した。
「結界を張る」
ルイさんはそういうと、マジックスクロールを使って何かの魔法を発動した。
「でも、何もいませんよ?」
ミシャも室内を見回すが、やはり何もいない。
「そりゃそうさ。ボスは……これから呼び出すんだからね」
その声に、私はとっさにクレア様の前に出た。
ミシャも魔法杖を構え、戦闘態勢に入っている。
「あなた……」
「みんなお人好しだよな。冒険者ギルドのライセンスがあるだけで、ここまで信用されるんだから」
ルイさんは苦く笑いながら部屋の奥へ歩いて行った。
「ルイさん、あなたは敵ですか?」
「敵? そうだな、敵だな」
ルイさん――いや、ルイはそう言うと右手を差し出してきた。
彼の薬指には、私だけが見覚えのある指輪がはまっていた。
「アンデッド化の魔道具――!」
「知っているのか……まあ、そういうことさ」
彼がはめていたのは、王都でハンスさんに諦めさせたあの魔道具だった。
ということは、ルイがこの幽霊船騒ぎの元凶……?
「でも、この場に死体はないわよ」
ミシャが指摘する通りだ。
魔道具があっても、その効果対象がなければ意味がない。
「これから作るのさ。これを使って」
ルイは懐から香水瓶のようなものを取り出した。
中には透明な液体が満たされている。
「新型のカンタレラだ」
「!? あなた、ナー帝国の刺客ですの!?」
「すまないが、そういうことになる」
ルイは心底申し訳なさそうに言った。
「調子に乗って種明かししすぎじゃありませんか?」
「まあ、そうかもしれない。これは俺の負い目だと思って貰って構わない」
ルイは本当にこうなったことを後悔しているように私には見えた。
でも――。
「この幽霊船はあなたが?」
「ああ。バウアー王国の貴族様の船をちょいとね」
すでに犠牲者が出ている。
彼が許される道理はない。
「毒があると分かっていたら、こちらも対策をしますよ」
「解毒方法も知っているし……って?」
私の言葉に、ルイは少しだけ笑った。
「このカンタレラは新型だって言っただろ? こいつを使われた相手は、魔法を一切受け付けなくなるんだ。だから、君の解毒魔法では解毒出来ない」
「なら、そもそも毒にかからなければいいのですわ」
クレア様が強気に言い返す。
しかし、ルイの笑いは止まらない。
「誰も君たちに使うとは言ってないだろ?」
「!? 何を!?」
クレア様の驚きもむべなるかな。
ルイはカンタレラの蓋を開けると、そのまま一息に飲み干してしまった。
「ぐわぁ……っ! ぐぅ……っ……!」
「自害……? いえ、そういうこと――!」
床に倒れ込んでのたうち回るルイ。
それを見て最初は戸惑った様子だったミシャだったが、何かに思い当たったようだった。
「この人、自分がアンデッドになる気よ!」
「!? そんな……!」
理解不能だった。
それはまさに自殺行為である。
一度アンデッドになってしまえば、永遠にこの世の地獄をさまようか塵に還るしかない。
ルイの狙いは私たちの命だと推測されるが、それでも自分が死んでしまっては元も子もないではないか。
「解毒を!」
「……ダメ! もうカンタレラの効果が発動してる!」
私たちが呆然とする中、それは起こった。
「……怪物……」
皮膚が剥がれ落ち、赤黒い筋肉が剥き出しになり膨れ上がっていく。
男性としては標準的なルイの体はどんどん大きくなり、やがてオークのような巨軀になった。
「逃げますわよ!」
クレア様の声ではっと我に返った。
そうだ。
こんなことに付き合う必要はない。
みんなを連れて脱出してしまえば――。
「ムダダ」
人ならざるものの声で、ルイが言った。
扉は……開かない。
「さっきのマジックスクロールですわね」
あれは私たちを閉じ込めるためのものだったのか。
「サア……。大人シク 殺サレテ クレ」
「お断りですわ!」
クレア様が炎槍を放った。
炎槍はルイに直撃したが、しかし――。
「魔法ハ、効カナイ」
ルイは全くの無傷だった。
「なるほど……。解毒魔法だけでなく、全ての魔法を無効化するのね」
ミシャが油断なく構えながら冷静に分析する。
そういえばそんなことを言っていた。
「さしずめ、ここまで私たちに何もさせなかったのは、物理攻撃に秀でた他の者たちを消耗させるため?」
「ナカナカ頭ガ回ルジャナイカ」
最初から、この状況を作り出すことが目的だったっていうことか。
魔法の実力こそ高いものの、私たちには物理的な攻撃手段が乏しい。
魔法が効かないとあっては、私たちは手も足も出ない。
「どうすればいいんですの……」
クレア様の声に苦いものが混じる。
私たちは追い詰められた。
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