64.戦意の上げ方
海岸に出現した幽霊船のせいで、町は大騒ぎになっていた。
領主は非常事態宣言を出し、軍に討伐依頼を出そうとしたのだが――。
「困りましたわね……。まさか町の外に出られないなんて」
クレア様のぼやきの通りである。
救援要請を出そうにも、町の外に出られないのだ。
原因は町を覆うこの霧だと思われる。
「魔力を含んでるわね、この霧」
冷静に状況を分析するのはミシャである。
私たちは今、領主の館に集まっている。
幽霊船をどうにかしようと、戦う力がある者が町中からかき集められているのだ。
自警団や冒険者、素人の力自慢までが館の庭に集まって、あーでもないこーでもないと話し合っている。
「誰かまとめる者がいないと、これは収拾が付かないわね」
「でも、誰がやるかでもめない?」
ミシャの懸念は最もなのだが、こういう時にリーダーシップを取れる人材というのはなかなかいない。
「クレア様は?」
「わたくしのような若輩者よりももっと適任がいますわ。……というか、あの人がこんな状況で黙っていられるはずがありませんもの。ほら」
と、クレア様が指さす方向を見ると、一人の貴族が館から出てきた。
「諸君、よく集まってくれた。まずは礼を言わせて貰おう」
ともすれば嫌みな尊大さだけになりそうなその声は、絶妙にカリスマを備えていた。
「私はバウアー王国財務大臣ドル=フランソワである。此度の異常事態に当たって、領主に請われて指揮を執ることになった。異存はあるまいね?」
幽霊船という脅威の出現に浮き足立っていたみなにとって、ドル様の尊大だが落ち着き払った語り口は頼もしく響いたようだった。
「幽霊船とはまたおかしなものが出てきたが、なに、案ずることはない。所詮はただのアンデッド――つまりはモンスターだ。討伐してしまえばいいだけのこと」
たいした問題ではない、とドル様は言う。
「し、しかし、こんな風に霧を出して閉じ込めることをやってのけるような化け物、本当に倒せるのですか……?」
集まった者の一人が不安を口にした。
戦える力がある者ですらこうなのだ。
普通の町の人たちはもっと深刻だろう。
「諸君の懸念はもっともだ。しかし、心配はない。こちらには十分すぎる戦力がある。クレア、レイ、ミシャ、来たまえ」
唐突に、私たちの名前が呼ばれた。
事前に何の打ち合わせもなかったので、私たち三人は戸惑いを隠せなかったが、とりあえず前に出た。
「彼女たちは王立学院の優秀な生徒だ。魔法の腕では五本の指に入るほどのね」
ドル様の言葉を聞いて、皆がざわめいた。
そりゃそうだろう。
私たちは一見、ただの若い小娘にしか見えないからだ。
「順に紹介しよう。まず彼女はミシャ=ユール。風属性の高適性を持っている。学院での模擬戦では、あのロッド王子を追い詰めたほどの実力者だ」
唐突に紹介されたものの、そこはさすがはミシャである。
済ました顔でクールに一礼して見せた。
頼もしいことこの上ない。
「次にレイ=テイラー。彼女は土と水の二重属性持ち。しかもその両方が超適性だ。学院でも屈指の魔法のスペシャリストだよ」
何やら持ち上げられてるなあと思いつつ、私は空気が読める女なので如才なく礼をしておく。
「最後は我が娘、クレア=フランソワ。クレアの実力は……説明するよりも見て貰った方がいいだろう。クレア、全力の十分の一で構わない」
「かしこまりましたわ」
何をするのだろうと皆が注目する中、クレア様はおもむろに両手を掲げた。
クレア様の頭上にフランソワ家の紋章が四つ浮かび上がる。
これは――。
「光よ!」
クレア様の声とともに紋章から四本の熱線がほとばしり、庭の隅にあった大きな飾り岩を直撃した。
「み、見ろ! 岩が粉々だ!」
「す、すげぇ……。あの威力なら幽霊船ごと木っ端みじんに出来るんじゃ」
「あれで全力の十分の一ですって……。頼もしいわ!」
以前にも見たクレア様の十八番、マジックレイである。
効果範囲こそそれほど広くないものの、威力だけなら世界ランキングで上から数えた方が早いほどのものである。
初めて見る者には強烈な印象を残しただろう。
それにしても、全力の十分の一とはずいぶんハッタリをかましたものである。
クレア様はマジックレイを全力で放ったはずだ。
集まった皆を安心させようというドル様とクレア様の策に違いない。
特別打ち合わせをした訳でもないのに、あうんの呼吸である。
「これで分かっただろう。モンスターなど恐るるに足らない。我々の力でこの町の平和を取り戻すぞ!」
ドル様の声に呼応して、皆が力強い声を上げた。
そこに怯えの色はもう微塵もなかった。
さすが魑魅魍魎が跋扈する政治の世界でトップに上り詰めただけのことはある。
ドル様にとって、このレベルの群衆扇動などお茶の子さいさいなのだろう。
「さて、具体的な作戦だが、それについては冒険者ギルドの者に任せる。皆、彼に従ってくれ」
そう言ってドル様は館の中に下がっていった。
「ドル様は流石ね」
「伊達に政治家やってないって感じだね」
「お父様本人は、また一つ功績を増やすチャンス、とか考えていそうですわ」
ミシャと私の賞賛を、クレア様は素直には受け取らなかった。
それでも、その顔は嬉しそうだ。
少しギクシャクしていたが、それでもクレア様はドル様のことを尊敬しているのだろう。
「それにしても……クレア様、よかったんですか?」
「何がですの、レイ」
クレア様はきょとんとしてるが、私には心配なことがあった。
「この調子だと、クレア様にはものすごく期待が掛かってると思うんですけど、クレア様、お化け苦手ですよね?」
「……あ゛」
案の定、クレア様ったら忘れてたらしい。
「べ、べべべ別に苦手じゃありませんわよ! 大体、アンデッドはお化けじゃありませんわ!」
「いえ、そういう建前はもういいですから。本番でクレア様が右往左往してる所をみんなに見られたら、士気に関わります」
「そうよね」
飽くまで強がるクレア様に突っ込みを入れると、ミシャもうんうんと頷いた。
「……どうしましょう」
「他の人とは別行動にして貰う、とかでしょうか」
「それなら早めにギルドの人に言った方がいいわね。作戦が決まってしまってからでは遅いわ」
ということで、私たちは冒険者ギルドの責任者に話をすることになった。
「……そいつはまた、意外な弱点があったんだな」
何の因果か、責任者はルイさんだった。
ルイさんは私たちの話を聞くと苦笑いを浮かべた。
「どうにかなりまして?」
「正直、お三方と他の奴らじゃあ戦闘能力が違いすぎるから、お三方を別行動にするのはむしろ歓迎なんだ。即席でチームを組んでも、連携なんか出来ないだろうからな」
ルイさんはクレア様相手にも砕けた口調で話している。
冒険者という立場は、国や身分に囚われない自由なものだからだ。
クレア様もそれを知っているから、特別目くじらを立てたりはしていない。
「経験から言って、あの幽霊船の奥には親玉がいる。雑魚どもの掃討を俺らがやって、三人には親玉を仕留めて貰うっていうのはどうだろう?」
「それしかなさそうですわね」
「ああ、でも――」
「?」
ルイさんは遠慮がちに続けた。
「最初だけちょっと頑張って貰えるか? さっきの魔法を最初に一発ぶちかまして貰えば、士気も上がると思うんだ」
「最初だけ……最初だけですわね」
「うん。出来るかい?」
ルイさんは無理なら他の方法を考えるけど、と言った。
「……いえ、大丈夫ですわ。やります」
「そうか。なら頼む。後のことは俺らに任せておいてくれ」
そう言うと、ルイさんはまた作戦の伝達に戻っていった。
「まあ、私たちもいますし大丈夫ですよ、きっと」
「サポートします」
「……よろしくお願いしますわ」
ずーんと暗い顔になるクレア様。
そんなクレア様も可愛いです。
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