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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
第五章 バカンス編
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59.クレア=フランソワの憂鬱

 私たちがフランソワ家の別荘に着いたのは、夕刻だった。


「凄いお屋敷……」

「ホントだね」

「王都の本邸に比べたら、ずいぶん小さいですわよ?」


 夕日に照らされた別荘は、個人の所有物とは思えない規模の豪奢な建物だった。

 ミシャと私は感嘆の息を漏らしたが、クレア様は大して感慨もないらしい。


「私は先に休ませて貰うよ。メイド長、後のことは頼む」

「かしこまりました」


 長旅の疲れが出たのだろう。

 指示を投げると、ドル様はさっさと自室に引っ込んでしまった。


「クレア様も自室でお休み下さい。荷物はレイに持たせます」

「それくらいわたくしも待ちますわよ」

「つまり、クレア様は私と少しでも一緒にいたいってことですね?」


 ここぞとばかりにクレア様をいじった。

 ところが――。


「……」

「あ、あら……?」


 即座に否定されると思っていたのに、罵声の一つもなかった。

 かといってデレている様子もない。

 クレア様はとても複雑そうな顔をしていた。


 どうしよう。

 自慢ではないが私、こういう機微には凄く疎い。

 いや、本当に自慢にならないが。


「じゃあ、クレア様、レイ、私もこれで失礼します」


 微妙な空気に気づいているのかいないのか。

 ミシャはそう言って実家に戻って行った。

 元々、馬車に便乗していただけで、彼女の宿は実家なのだから当然である。


「レイ、ぐずぐずしていないで荷物を運んで下さい」

「あ、はい」


 メイド長の指示でメイドの仕事にかかる。

 その様子を、クレア様はぼうっとした様子で眺めていた。


 別荘付きのメイドたちも手伝ってくれたので、荷物の整理はさほど時間が掛からずに終わった。

 それでも二十分くらいはかかったはずだ。

 でもその間、クレア様はなんの不平も言わずにずっと待ってくれていた。


「お待たせしました、クレア様。お部屋に参りましょう」

「……ええ」


 クレア様の荷物を持って促すと、クレア様は素直に従ってくれた。


 なんだろう。

 クレア様、ちょっと元気がない?


 別荘のクレア様の部屋は、落ち着いた調度の置かれた貴族らしい部屋だった。

 無駄なものがあまりなく、少し人間味に乏しい部屋という感じもする。

 私は荷物を片付けつつ、クレア様の様子を観察した。


「クレア様」

「なんですの」

「このお洋服はどこに仕舞いましょうか」

「ウォークインクローゼットに適当にかけておきなさいな」


 やっぱり元気がない。


「クレア様」

「なんですの」

「この下着はどこに仕舞いましょうか」

「そこのタンスに適当に……って、ちょっとレイ、何してますの」


 下着を広げて一つ一つ形を確認している私を見て、クレア様が流石にツッコミを入れてきた。


「え? クレア様がどんな下着をお召しなのか、確認しておこうと思いまして?」

「何してますの!?」

「いや、メイドたる者、クレア様のことは何でも知っておかないとと思いまして?」

「あなたね……いえ、そう……そういうことですのね……?」


 激高しかけたクレア様だったが、ふいに言葉を切ると、苦笑いを浮かべた。


「わたくしに元気を出させようと、わざとちょっかいを出していますのね?」

「え? 純然たる欲望ですけど?」

「そこは違ってても、うんと頷いて下さらない!?」


 まったくもう、とクレア様は疲れたようにベッドに腰掛けた。


「わたくし、少ししょげていますわ。貴族であることが何よりの誇りでしたのに、今になってそれが少し辛く感じるなんて……」

「……」


 クレア様が私に愚痴るなんて、初めてのことではないだろうか。

 これは重症かも知れない。


「お父様の仰ることも分かりますのよ? レーネのことは客観的に、損得勘定で考えれば切り捨てて当然ですわ。でも、わたくしにはとても出来そうにありません」


 まるで独り言のように呟くクレア様の言葉を、私は静かに聞いていた。


「こんなこと、お父様に聞かれたらまた大目玉でしょうけれど、わたくしはレーネのことを姉のように思っていたのだと思いますわ。だから、あんなことがあった後でも、彼女のことを悪く言われるのは我慢なりませんの」


 そう言って、クレア様は重いため息をついた。


「バカンスの間、この屋敷でお父様とずっと一緒に過ごさなければならないと思うと、憂鬱ですわ……」


 そこでふと何かに気がついたように言葉を切ると、クレア様は苦笑して――。


「まあ、レイには関係のないことでしたわね。ごめんなさい。忘れて――」

「クレア様」


 私はクレア様の言葉を遮るように言った。


「うちに遊びに来ます?」

「? レイの家に?」

「はい」


 この町には私の実家もある。

 バカンスの間、一度は顔を出しに行こうとは思っていたのだが、クレア様の気分転換がてらに行くのも面白いかも知れない。


「もっとも、私は平民なので、クレア様を十分に歓待することは出来ないかも知れませ――」

「行きます」

「え?」

「行きますわ。どういう家庭環境で育ったら、あなたみたいな変な人が出来上がるのか、興味がありますもの」


 ひどい言われようである。


「建物も普通の民家ですよ?」

「構いませんわ」

「食事も貧相ですし」

「たまには粗食もいいものです」

「娯楽だって……」

「レイがいるじゃありませんの」


 懸念材料を並べてみたが、全て問題ないと言われてしまった。

 本当にいいのかなあ。


「では、外出許可を頂いてきます。いつ参りましょう?」

「明日にでも」

「分かりました」


 クレア様がこんなに食いついてくるとは思わなかった。

 何がそんなに琴線に触れたんだろう。


「あ、クレア様。水着はお持ちですか?」

「もちろんありますわ。でもどうして?」

「私の家は海がとても近いので、海水浴もいいかなと」


 そう提案したのだが、クレア様は渋い顔をした。


「……わたくし、海は苦手ですわ」

「あ……」


 そうだった。

 クレア様、実は金槌なのである。


「泳ぎを教えて差し上げますよ?」

「だ、誰が泳げないって言いましたの!」

「じゃあ、泳げるんですか?」

「……ぐぅ」


 ぷいっと顔を背けるクレア様。

 はい、可愛い。


「じゃあ、手取り足取り腰取り教えて差し上げますね?」

「なんか不穏な単語が混じってましたわよ!?」

「我が儘だなあ」

「わたくしですの!? わたくしが悪いんですの!?」


 ぎゃーぎゃー言う私たち。

 うんうん、調子出てきた。


「それじゃあ、クレア様。テイラー家へご招待します」

「楽しみですわ」

「あ、クレア様」

「なんですの?」


 きょとんとした顔で聞き返してくるクレア様。

 そうそう、これだけは注意しておかなければ。


「私の母には気を付けて下さい」

「……は?」

「なんというか、アレなんです」

「……アレとは?」

「ある意味で、私よりもさらにたちが悪いと思って頂ければ」

「……レイよりもさらに……?」


 あ、クレア様の顔が引きつった。


「やっぱりやめておこうかしら……」

「大丈夫ですよ」

「そ、そうですわよね。いくらなんでもフランソワ家の息女たるこのわたくしに――」

「クレア様みたいな方は、母の大好物だと思いますから」

「どこが大丈夫ですのよ!?」


 そんなこんなで、クレア様が私の家を訪れることが決まった。

お読み下さってありがとうございます。

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[一言] 「我儘だなぁ。」のくだり、好きです。
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