46.マナリア=スース
「初めまして。マナリア=スースです。みんな、よろしく」
そう言って、マナリア様は爽やかに笑った。
変な所で日本の学校っぽいこの学院では、講義の前にホームルームのようなものがある。
留学生として編入してきたマナリア様は、これまた日本の学校のように前に立って自己紹介をするように言われた。
冒頭のはその自己紹介の一言である。
プラチナブロンドを短めに整えたボーイッシュな彼女の容姿は、教室にいる男性陣だけでなく女性陣の視線も釘付けにした。
隣に座っているクレア様は、なぜか誇らしげな表情で鼻をひくひくさせていた。
「ご存じの方も多いでしょうが、マナリア様はスース王国の第一王女であらせられます。みなさん、失礼のないよう――」
「トリッド先生。そんな気遣いは無用です」
そう言って、マナリア様はトリッド先生の言葉を遮った。
「スース王国ではどうあれ、この国には一生徒としてやってきたのです。普通に扱って頂いて構いませんよ。みなさんも、どうか友人として仲良くして下さい」
胸に手を当てて腰を折るという、少し演技がかった仕草でマナリア様は頭を下げた。
そうして頭を上げると、また爽やかに破顔して見せる。
私はマナリア様の周りに、少女漫画チックな花柄のデザイントーンが浮かんでいるように見えた。
「さすがお姉様ですわ」
案の定、クレア様はぽうっと見とれている。
「そうは仰いますが、マナリア様。一国の第一王女にそのような扱いをする訳には参りますまい」
トリッド先生が困ったような顔をした。
先生は爵位こそあるものの元は平民の出なので、王族相手に礼を尽くさないことに戸惑いを隠せないようである。
生粋の貴族というよりは、どちらかというと研究者肌の先生ですらこれなのだから、この学院に多い王国貴族の生徒たちにはもっと無理だろう。
「第一王女と言っても、名ばかりのものですよ。ボクは後継者争いに巻き込まれて、厄介払いされたも同然の身ですから」
マナリア様が笑顔のままさらっと言ったので、トリッド先生を含めほとんどの生徒はその意味が浸透するまでに時間がかかった。
「留学というのは建前です。ボクは事実上、国外追放に遭ったのですよ」
マナリア様が端的にまとめると、教室の中がどよめいた。
隣のクレア様もさぞや動揺しているだろうと思いきや、クレア様はそれほどショックを受けた様子がない。
「ご存じだったのですか?」
「ええ。忌々しいこと」
クレア様によると、マナリア様とは頻繁に手紙のやり取りをしていたようで、留学という名を借りた国外追放のことも伝え聞いていたらしい。
マナリア様を慕うクレア様にとって、それは許しがたい暴挙だったようだ。
「そういう訳ですから、ボクはもう王女ではありません。みなさん、どうか対等な相手としてよろしくお願いします」
マナリア様には悲壮感のようなものは欠片もない。
心底楽しそうにニコニコと笑っている。
つられてこちらまで何か気分が上向いていきそうな、そんな魅力に溢れる笑顔だった。
「ご、ごほん。マナリア様の扱いは追々考えさせて頂くとして、とりあえず今日は普通に講義を受けて下さい」
そう言って、トリッド先生はマナリア様に席に着くよう促した。
「分かりました。トリッド先生」
ハキハキと返事を返すと、マナリア様はこちらにやって来た。
そうして、私が座っているのと反対側、クレア様の左隣に座った。
「やあ、クレア。久しぶり」
「お久しゅうございますわ、お姉様。お元気そうでなによりです」
親しげに笑いかけてくるマナリア様に、クレア様も笑顔で返す。
「お姉様のような方を差し置いて、あのような愚鈍な者を後継者に据えるなど、スース王は何も分かっていらっしゃいませんわ」
「あはは。そう言わないでよ。所詮ボクは妾腹なんだし」
「しかし――」
「ボクはね、ややっこしいお家騒動から離れられて、むしろ清々してるんだよ。これでボクは自由だ」
なおも食い下がろうとするクレア様を、マナリア様の毒気のない笑顔が押しとどめた。
それはきっと、マナリア様の言葉が本心だからなのだろう。
「分かりましたわ。お姉様がそう仰るのであれば、わたくしもこれ以上何も申しません」
「ありがとう。ところでそちらは?」
マナリア様の茶色の瞳が、私を興味深げに見た。
「私の使用人ですわ。あなた、自己紹介なさい」
「レイ=テイラーと申します。愛するクレア様の下僕です。よろしくお願いします」
「へぇ、下僕……」
私の悪ふざけに対して、なぜかマナリア様は感心したように笑った。
「ちょっとあなた、お姉様になんてことを吹き込んでいますの!? ただの使用人ですわよ、使用人!」
慌ててクレア様が訂正を入れてくる。
私は不満である。
「聞かない名前だね。バウアー王国以外の国の貴族なのかな?」
「いいえ、この者は平民ですわ。伝統と格式あるこの学院の席を汚しているんですの。お姉様が知らないのも無理もありませんわ」
「へぇ、平民でこの学院に入れるなんて、きっと優秀なんだね」
凄い勢いでディスってくるクレア様とは対照的に、マナリア様は好意的な態度である。
それがまた面白くないのか、クレア様は続ける。
「優秀と言ってもお姉様には遠く及びませんわ。いいこと、あなた。二属性持ちだなんて調子に乗るんじゃありませんわよ? お姉様は世界で唯一の四属性持ちなのですから」
まるで我がことのように誇らしげに言うクレア様。
可愛い。
クレア様が言うことは本当だ。
以前、トリッド先生が王国で確認されている唯一の三属性持ちということは触れたと思うが、マナリア様はこの世界で唯一確認されている四属性持ちなのである。
しかも、トリッド先生は属性こそ多いものの適性は低いのに対して、マナリア様は全てが高適性以上というとんでもない人なのだ。
クレア様が言うように、私など足下にも及ばない。
「生まれる前に決まってた要素を誇る気はないなあ。便利ではあるけれど」
「何を仰いますの。お姉様は神に祝福された存在なのですわ」
ぼやくように言ったマナリア様の言葉を、クレア様が修正する。
どうでもいいけど、クレア様、マナリア様のこと好き過ぎ。
「マナリア様、クレア様。申し訳ありませんが、今はまだ伝達事項の最中でございます。旧交を温めるのは後にして頂きたい」
トリッド先生が本当に申し訳なさそうに言った。
「おっと。これは失礼しました、トリッド先生」
「申し訳ありませんわ」
二人は素直に謝罪して静かになった。
「えーでは、今月末に予定されているアモルの祭式について……」
トリッド先生の話が続く。
年齢のせいでいくぶんしわがれたその声に耳を傾けていると、
(ねえ、レイ。ちょっといいかな?)
頭に響く声があった。
(あ。突然ごめん。魔法でキミの心に直接呼びかけてるんだ。別に心の中を覗いたりは出来ないから安心して?)
声の主はマナリア様である。
(存じております)
(あ、念話のやり方分かるんだ?)
(チャンネルをマナリア様がつなげて下さっているので、私はそれを利用するだけですが……)
念話は風属性魔法の一種で、いわゆるテレパシーのようなものだ。
適性の高い術者がチャンネルを確立すれば、適性がない者でもそれに便乗することが出来る。
(それで、何か?)
(うん。キミのことが知りたくて)
来たか、と私は思った。
マナリア様は「Revolution」にもちゃんと登場する。
彼女は、ゲーム中ミシャと並んで数少ない主人公の味方なのである。
マナリア様はクレア様を御せるという特技を持つ、希有なキャラクターなのだ。
マナリア様はクレア様の遠縁で、クレア様は幼い頃マナリア様の家に預けられていたことがある。
クレア様がお母様を亡くされた直後のことだ。
マナリア様と姉妹同然に育ったクレア様は、マナリア様を慕っていると同時に頭が上がらない。
それゆえ、ゲーム内で主人公に味方するマナリア様は、クレア様からの防波堤となってくれるのである。
彼女との親密度を上げて、クレア様を引きつけて置いて貰う間に王子様たちと逢瀬を重ねる、というのが、「Revolution」の中盤以降の一テクニックである。
しかし――。
(私なんてつまらないただの平民ですよ。マナリア様のお気に留めて頂くようなことは何も)
私はそっけない言葉を返した。
王子様たちを攻略する気はさらさらなく、むしろクレア様との逢瀬を楽しみたい私としては、マナリア様の存在はあまり重要ではない。
むしろ、クレア様からの好感度抜群の彼女にジェラシーすら覚える。
というか、敵でしょ。
(んー、その反応、新鮮。ますます興味が出てきた)
横目でマナリア様を見やれば、人の悪そうな笑みを浮かべてニマニマしている。
(……面倒な人が来ちゃったなあ)
これは念話にせず、私は独りごちるのであった。
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