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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
第三章 平民運動編
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37.中庭事件

「大変です、団長!」

「なんだ騒々しい」


 何度目かの学院騎士団の会合中、その一報は飛び込んできた。

 知らせを持ってきた男性騎士は顔面が蒼白になっていた。


「貴族学生の一人が、平民学生を手打ちにした模様です!」

「なんだと!?」


 室内に一気に動揺が広がる。


「詳しく聞かせろ」

「はい。本日の昼過ぎ、学院の中庭において貴族のディード=マレー様と平民の男が言い争いになったようです」

「ディードが!?」


 ユー様が血相を変えた。

 忘れている方もいると思うので説明すると、ディード様とはユー様のおそば仕えである。

 ユー様とトランプ勝負したとき、いかさまをしたディーラーの男性がディード様だ。

 王族のおそば仕えともなると、その人自身も貴族なのである。


「それでさっきから姿が見当たらなかったのか……」

「……ユー、今は報告を聞こう」


 セイン様が先を促した。


「……続けろ」

「はい。最初はただの言い争いだったようなのですが、次第に周りの人間も巻き込んだ騒ぎになったようです」


 どうやら貴族対平民の構図になってしまったようだ。


「それで……どうも、平民の一人がユー様を侮辱する発言をしたようで、それに腹を据えかねたディード様が魔法で攻撃を加えたとのこと」

「そんな馬鹿な……。あのディードに限って」


 ユー様はディード様を信頼しているようで、事態を説明されても信じられない様子だった。


「情報が錯綜しているので、真実は別の所にあるのかもしれません。ただ、平民の男が重傷を負って教会の治療院に運び込まれたこと、ディード様が自ら軍に出頭したことは事実のようです」


 ユー様はなおも信じられない、といった顔で呆然としていた。

 王子様めいた(正真正銘の王子様だが)いつもの雰囲気は完全に消えてしまっている。



「ユー、お前は軍に行って、ディードから詳しく話を訊け。いいよな、団長?」


 ロッド様がいち早く動いた。


「はい、そうして頂けると助かります。軍から聴取を受けているのであればすぐには面会出来ないでしょうが、それが終わっても、拘束中に面会が許されるのは家族かユー様くらいでしょうから」


 団長も頷く。


「状況が状況です。護衛にランバートをつけます」

「分かったよ。行ってくる」


 ユー様とランバート様は早足で会議室を出て行った。


「平民側の情報も欲しいな」

「私が行きましょうか? 私なら同じ平民ということで、話が聞きやすいかもしれません」


 こちらで申し出たのはミシャだった。

 普段通りの冷静を装っているものの、内心は気が気では無いだろう。

 何しろユー様に近いところでいざこざが起こったのだから。

 ユー様のために何かしたい、という気持ちがにじみ出ている。


「ミシャだけじゃ面会の許可が下りるまい。クレア、お前も行け」

「かしこまりましたわ」

「なら私も」


 クレア様のいるところに私あり、である。


「頼む。オレたちは学院内の様子を見て、必要があれば対応に回ろう。事態がややこしくなる前に収拾するぞ」


 学院騎士団の長はローレック団長だが、こういう時に的確な判断を下してリーダーシップを取るのは、やはりロッド様である。

 団長もそれが分かっているから、口を出したりはしない。


「では、みんな動け!」


◆◇◆◇◆


 治療院は精霊教会が運営している医療施設である。

 病気や怪我をした人間がやってきて治療を受ける場所なのだが、費用のかかり方が少し特殊である。

 財産が多い人ほど高額で、貧しい人ほど安いのだ。

 この事業のために、教会は平民から絶大な支持を得ている。

 教会が支持されるのは、何も宗教上の理由だけではないのだ。


 治療院はあちこちに置かれているのだが、ここ王立学院にも併設されている。

 今回、負傷した男子生徒が運び込まれたのはこの治療院である。

 魔法の練習をしたり、学院騎士団が魔物退治をしたりする学院の治療院は、かなり高度な医療体制が整っている。

 生徒の多くが貴族であるということも理由の一つだろう。


「彼はまだ治療中ですので、もうしばらくお待ち下さい」


 治療院について面会を求めたのだが、まだ施術中だったらしく、すぐには会わせて貰えなかった。

 待合室で待機する。


「大方、平民がとんでもない暴言を吐いたのでしょうね。自業自得ですわ」


 待っている間、クレア様がそんなことを言った。

 これまでの言動を見て貰えれば分かるとおり、クレア様は生粋の貴族だ。

 平民への差別意識は強い。


「でも、魔法を使って攻撃するというのは、明らかに過剰防衛ではありませんか?」


 ミシャはあくまで客観的にものを言う。

 元貴族とは言え、今の彼女は平民だ。

 両者の立場を経験しているからこそ、物事の見方に偏りは少ない。


「そもそも、平民が貴族に対して悪口雑言を口にするという事態がおかしいのですわ。立場が逆ならまだしも……。いつから平民はこんなに分を弁えなくなってしまったのでしょう」

「逆ならいいって訳ですか?」


 クレア様の言い分があまりにもあまりだったので、私は少し反論してみた。


「それは……。貴族だってみだりに汚い言葉を口にすることはよくありませんけれど……」

「あ、でも、私にはどんどんどうぞ。むしろ罵って下さい」

「自重なさい」


 さすがに事態を重く見ているのか、クレア様が乗ってくれない。

 悲しい。


「クレア様、施術が終わりました。お入り下さい」


 そうしてしばらく待っていると、怪我をしたという男子生徒のところに通された。

 その姿を見て、私たちは息を飲んだ。

 全身、包帯に巻かれていない所の方が少ないほどの大けがだったからだ。


「……」


 先ほどまで自業自得などと言っていたクレア様も、さすがに絶句している。

 これを自業自得と言い捨てるのは、さすがに無理だと思ったのだろう。


「私はレイ=テイラー。あなた、お名前は?」

「……マット。マット=モン」

「マットだね。私たちは学院騎士団を代表して話を聞きに来たの。傷が痛むだろうけど、少しだけ協力してくれないかな」

「断る」


 マットはにべもなくそう言った。


「学院騎士団なんて貴族の味方だろ? 何も話すことなんかない」


 平民活動をしているだけあって、マットは貴族に対し良いイメージを持っていないらしい。


「学院騎士団は貴族の味方じゃないわ。学院生全ての味方よ」


 ミシャが落ち着いた声色で言った。

 しかし――。


「そんな建前は結構だ。帰ってくれ」


 そう言ってマットは横になってしまった。

 とりつく島もないとはこのことである。


「ねえ、マット。こういう言い方はしたくないんだけど、話した方がいいと思う。ただでさえあなたは私と同じ平民で、貴族相手のいざこざは分が悪いんだから」

「! やっぱりか! この国に正義なんてないんだ! だから僕たちはこの国に正義を――痛っ!」


 私の言葉はマットの神経を逆なでしたらしい。

 跳ね起きて激昂する彼を慌てて宥めた。


「落ち着いて、マット。私たちはそういう不条理が起きないようにするためにここに来たの。だから、何があったのか教えて?」

「……」

「お願い」


 私は出来るだけ真摯な姿勢でマットに向き合った。

 マットはしばらくの間黙っていたが、やがて口を開いた。


「最初は……ただの口げんかだったんだ」


 彼によるとこういうことらしい。

 マットは以前ユー様が会ったという平民活動家その人だったらしい。

 彼は活動団体を代表してユー様から教会勢力の協力を取り付けようとしたのだが、それは失敗に終わった。

 仲間は仕方ないと慰めてくれたものの、自分が仲間の力になれなかったことで、マットは深く落ち込んだ。

 そんな時に、ディード様からもうユー様に近づくなと警告されたらしい。


「何様なんだよ、貴族って。富と権力があるのにそれを振りかざすだけで、僕たち平民のことなんて考えやしない。僕たちは請願を行うことさえ許されないっていうのか?」


 そんな思いから、ディード様を責めたらしい。

 ディード様は最初穏やかに応じていたようだが、主であるユー様をあしざまに言われたことでカッとなったようだ。

 貴族に守られておきながら、どうしてそんな恩知らずなことが言えるのか、とマットは言われたらしい。


「そうこうしてる内に、周りに人だかりが出来て……」


 貴族たちと平民たちで言い争いになったらしい。

 議論とも言えない議論はヒートアップしていった。


「あんまりにも頭にきて……。それで僕、つい言っちゃったんだ」


 ――王侯貴族なんて、平民から税を吸い上げるだけの寄生虫だ、って。


「なんてことを」


 この発言に目の色を変えたのは、貴族代表のクレア様である。


「クレア様。今は何も仰らないで下さい。お気持ちは分かりますが、意味がありません」

「でも!」

「苦情はあとで私が全て引き受けます。今はマットの話を訊くのが先決です」

「……く」


 クレア様はなんとか矛先を収めてくれたようだ。

 えらい。

 あとでなでなでして上げる。

 させて貰えるわけないけど。


「それで? それに対してディード様は?」

「それまでも不愉快そうな顔はしてたけど、その一言で鬼みたいな顔になって杖を抜いて、気がついたら僕は火だるまにされてた」


 その時のことを思い出しているのか、マットは自分で肩を抱き身震いした。


「次に目を覚ましたら、ここのベッドの上だった。あいつにやられたんだって気がついたのは、その時になってやっとさ」


 マットは悔しさをにじませてそう言った。


「学院騎士団が本当に学院生全員の味方だって言うんなら、お願いだよ。あいつを厳罰に処してくれ」

「処分を決めるのは学院だし、ディード様の方の話も伺ってからになるけど、大丈夫。あなたが泣き寝入りするようなことにならないように努力するよ」

「……頼むよ」


 マットはそう言って再び布団に潜った。


「彼を休ませて上げましょう。話は聞けましたし」

「そうね」

「……」


 私たちはマットの病室を後にした。

 クレア様は終始複雑な顔をしていた。

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