30.衣装合わせ
創立記念祭まであと数日となった。
相変わらず学院騎士団は雑務で忙殺されているが、私たち自身も創立祭の出し物の準備を徐々に進めている。
「はーい、みなさん少し手を止めてくださーい」
そう言ってパンパンと手を叩いたのはレーネである。
その声に、学院騎士団の面々の動きが固まる。
メイド道ブートキャンプの後遺症は重症らしい。
「何だ、レーネ――先生」
普段は砕けた口調のロッド様も、レーネに対しては先生呼びである。
レーネやばい。
「みなさんが記念祭で着る衣装が出来たので、合わせてみて下さい」
衣装をこちらへとレーネが言うと、オルソー家の者とおぼしき商人たちが服を運び込んだ。
「男性陣はメイド服、女性陣は執事服です。サイズは少しだけ大きめに作りましたけれど、あまりぶかぶかなようならこちらで調整します」
そう言いながら、レーネは一人一人に衣装を配っていった。
「着替える場所が必要だな……。オレら男子はここで、女子は隣の空き教室を使えばいい」
こっちの方が散らかってるからな、とロッド様は笑った。
その言葉に従って、一旦男女に分かれて着替える。
「執事服ってどう着るんですの?」
「あ。着付けは私がしますよ」
「……。レーネに頼みますわ」
クレア様は身の危険を感じたらしい。
うん、正しい。
でも――。
「レーネは会議室で男性陣の着付けですよ」
「……仕方ありませんわね」
◆◇◆◇◆
「……アリだな」
「アリですね」
ロッド様は自分を見て、私はクレア様を見て、それぞれそう言った。
「……ロッドはどうかしているな」
「この者がどうかしているのはいつものことですが」
セイン様は溜め息交じりにそう言い、クレア様も肩をすくめている。
「スカートって落ち着かないね」
「執事服は意外と悪くありません」
ユー様は苦笑し、ミシャはまんざらでもない顔だ。
一通り着替えが済み、内々での衣装のお披露目となった。
メイド服はヴィクトリアンテイストのクラシカルなものだった。
スカートはあくまで長く、エプロンも装飾の少ない実用性重視なもので、色は白と黒で統一されている。
ホワイトブリムなどもってのほかとばかりに室内帽を被った姿は、まさに古き良き英国のメイドさんである。
ここはイギリスとは縁もゆかりもない異世界ではあるのだが。
執事服も基本的にはヴィクトリアンテイストのものだった。
黒のジャケットに白のシャツ、グレーのウェストコートに赤のタイ。
こちらも古き良き英国を思わせる執事か家令を想起させる。
繰り返すが、ここはイギリスとは全く関係ない異世界である。
「……王子さま方は普通に似合っていますわね」
「はは、そうか?」
呆れたように言ったクレア様に、ロッド様がおかしげに笑いかけた。
声こそ男性のそれだが、超絶美形のロッド様は化粧の効果もあって、女装しても普通に美しい。
表情が大きいので、もう少し慎みが欲しい所ではあるが。
「……」
対照的に不機嫌そうなのはセイン様である。
冷たい美貌のセイン様はどこか普段のミシャに近い。
いわゆる氷雪系である。
クレア様が複雑な表情で見ている。
そりゃそうだろうね。
「ねえ、ミシャ。僕、変じゃない?」
「お可愛らしいと存じます」
言葉面こそあんなだが、ユー様は絶対楽しんでいる。
ふわふわ王子様は女装してもふわふわである。
私の脳裏に男の娘というワードがよぎった。
ユー様は私の視線に気づくと、パチンとウィンクして見せた。
可愛いけど、クレア様一筋の私には効かないよ?
「男装って言われたときはどうしようかと思ったけれど……意外と悪くないわね」
ミシャはちょっとどうかと思うくらいに執事服がハマっていた。
もともと冷たい雰囲気を持つミシャは、完全に有能系執事と化している。
後ろでまとめた髪からのぞくうなじがなまめかしい。
そして――。
「どうしてこのわたくしが男性の……それも使用人の服などを……」
不機嫌そうにつんとしているクレア様は、なんというか残念な雰囲気になっていた。
いや、似合ってはいる。
似合ってはいるのだが、生粋のお嬢様オーラをまとうクレア様には、執事服はどうしても着せられている感が半端ない。
端的に言うと――。
「罰ゲーム?」
「思ってても言うんじゃありませんわよ、そういうこと!」
ぎゃーっと噛みついてくるクレア様には申し訳ないが、どうしても罰ゲームにしか見えない。
容姿は文句なしだが、クレア様はやっぱりドレスとかの方が似合う。
「平民はやっぱり平民ですわね。使用人の格好がお似合いですこと」
反撃とばかりにクレア様が嫌みったらしく笑った。
「まあ事実、私はクレア様の使用人ですし?」
「……からかいがいがありませんわね」
そう言われても。
「うーん……しかし、こいつは予想外だな」
「何がですか、ロッド様」
声色に不満をにじませて言うロッド様に、レーネが尋ねた。
「オレが聞いた男女逆転カフェっていうのは、もっとこうイロモノっていうか、似合ってなくて笑えるものなんだよ。これじゃあ、笑いは取れそうもない」
いや、別に笑いを取りに行く必要ないよね?
私が突っ込もうとしたその時、ロッド様に呼びかける声があった。
「そのことでしたら、ご安心を」
ランバート様だった。
彼も美形なので、女装におかしみはあまりない。
どこに安心する要素があるのか、と思っていると――。
「ぶはははっ!」
ロッド様が吹き出した。
「ロッド様! 笑わないで頂きたい!」
原因は団長のローレック様である。
無骨な武人といった容姿のローレック様の女装は、ロッド様が期待したようなかなり笑えるものとなっていた。
メイクを担当したレーネもかなり頑張ったのだろうが、それでもやはり限界があったと見える。
「……だから、嫌だったんだ……」
男泣きに泣くローレック様。
涙でメイクが崩れてさらに酷いことになっていく。
「ローレック……、お前は合格だ。むしろ、お前こそが主役だな」
完全にツボに入ったロッド様は遠慮無く大爆笑している。
他の人は笑うに笑えない、といった面持ちだ。
「ご冗談が過ぎますぞ! 私は接客などしませんからな!」
キッチンに籠もる、と宣言するローレック様。
そりゃあ、貴族のご子息なら、嘲笑の対象になるのは耐えられないだろう。
「なんでだ?」
その辺りの機微に全く無頓着なロッド様。
まあ、ロッド様の性格なら、たとえ女装が似合っていなかったとしても、喜んで笑いを取りに行ったとは思う。
「……ロッド、その辺りにしておけ。ローレックが気の毒だ」
逆にそういう負の心理には敏いのがセイン様である。
彼の取りなしで、ローレック様はキッチン担当でいいということになった。
「しかし、だとするとキャバリアーの売りはなんだ? 笑えない男女逆転カフェなんて面白いか?」
不満そうなロッド様に、レーネが手を挙げた。
「普通に、美男美女が接客するカフェは需要があると思います。給仕をするのが王族や上級貴族の方々であればなおのことです」
「そういうもんか?」
ロッド様はまだ首を捻っているが、これはレーネが正しいだろう。
記念祭には平民もやって来る。
そんな彼らが王侯貴族の接客が受けられるとなれば、その是非はともかく耳目は引くだろう。
「まあ、いいか。それじゃあお前ら、記念祭当日まで気を引き締めていくぞ」
ロッド様が〆た。
どうでもいいけど、その格好でその言葉使いはなんとかして欲しい。
「……なんですの?」
「いえ、口直しをと思いまして」
「?」
罰ゲーム感が漂っていても、クレア様が可愛いという事実は微塵も揺らがない。
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