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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
グランドフィナーレ
276/277

268.ただいま

本日は2話同時投稿です。

先に「267.高笑い」をご覧下さい。

「なんだか……緊張してきましたわ……」


 クレア様は硬い表情で私の隣を歩いている。

 私たちは今、バウアーの我が家への岐路をたどっている。

 およそ十ヶ月ぶりの帰宅ということで、私もなんだかそわそわとした気分だ。


 空を見上げれば雲一つない青空だった。

 空気はきんと冷えているが、不思議と凍えるような寒さは感じない。

 それはきっと、隣にクレア様がいてくれるからだろう。


 サーバールームでの決戦を終えてから、一週間が経った。

 タイムが人々の記憶を元に戻したことで、クレア様の存在は再び人々に認知されるようになった。


「情けないよ……クレアのことを忘れてしまっていたなんて」


 悔しそうにそうこぼしたのはマナリア様だった。

 彼女はひとしきりクレア様に謝罪を述べると、


「やっぱり、キミたち二人の絆は特別なんだろう。ボクの入り込む余地はないのかもしれないね」


 と苦笑した。

 私は今さら分かったんですかと言ってやり、クレア様にぽかりと頭をはたかれた。

 マナリア様は今はもうスースに戻っている。

 四カ国首脳会談からこちら、ずっと国をあけてしまっていたので、流石に戻らないとまずいということらしい。


「マナリア様、何をしているのですか。さっさと帰りますよ」


 マナリア様は女王の仕事なんて面倒くさい、ずっと私たちで遊ぶと駄々をこねたが、帰国を伸ばし伸ばしにしている間にイヴがやって来て、マナリア様をスースへ引っ張って行った。

 まだ少しわだかまりがありそうな雰囲気だったが、いずれ時間が解決するだろうと思う。

 解決しなければ、きっとクレア様がお節介を焼くだろうし。


「うえーん、仕事が忙しすぎてレイさんと遊べませーん」

「よしよし。その分アタシが遊んどくから、リリィ様はお仕事頑張って!」

「何の解決にもなってませんよ、ラナさん!」

「ラナ、仕事を頑張るのはキミもだよ」


 リリィ様は正式に枢機卿に返り咲くことになった。

 今はその準備に大忙しということで、たまに暇を見つけては治療院にやって来て愚痴をこぼしていた。

 一時的にでも私の恋人の地位を得たことで、前よりも図々しくなって来ている、とはクレア様の弁。

 クレア様がちょっと焼き餅妬いてくれるので、私としては「やったぜ!」である。


 ラナはドル様の補佐官になることが内定しているらしい。

 仕事はよく出来るようなのだが、何しろさぼり癖が酷く、頻繁にドル様に怒られている。

 サボるときは私の所に来ることが多いのだが、その度にドル様が直々にやって来て、首根っこをひっ捕まえて引きずっていく。

 ドル様が自ら指導に当たっているということは、あれで意外と将来を見込まれているのかも知れない。


「人類史の行く末、か……。この歳でまたこんな大事に携わることになろうとはね」


 ドル様にはバウアーを始めとする各国の首脳陣にループシステムについて話し合うよう働きかけをして貰っている。

 管理者権限は未だにクレア様が保持しているが、システムのあり方がこれでいいのか、人類はどのような未来を迎えるべきかなどについて統一見解が生まれれば、彼女はそれをしかるべき責任者に譲渡すると言っている。

 ナー帝国が協力的になったことで随分やりやすくなった、とドル様は言ってくれるが、難しい仕事を押しつけてしまって申し訳ない気がする。

 私がそう言ったら、ドル様は可愛い娘たちのためだからね、と朗らかに笑っていた。


「最近、セインのヤツとよく話すんだ」


 そう言っていたのはロッド様である。

 マギ・シブレーの功績で一躍時の人となったロッド様は、しかし以前よりも地味な仕事にやりがいを感じているという。

 彼の中でどんな心境の変化があったのかは分からないが、セイン様との仲も以前より良好らしい。

 セイン様も以前よりこじらせ度が下がり、王としての風格が出てきたともっぱらの評判である。

 魔王戦後の世界において、彼はマナリア様に次ぐリーダーシップを発揮しているという。

 この分なら、バウアーにおけるサッサル火山の噴火の後遺症も、いずれ乗り越えることが出来るだろう。


「もうブルーメにも負けないんだから!」


 レーネは魔王戦での戦功を認められ、彼女とランバートのフラーテル商会は今やブルーメをも凌ぐ大商会になろうとしていた。

 やり手の女将として辣腕を振るうレーネが前面に出て、夫のランバートが手堅く実務を取り仕切るという名コンビぶりは、各国の新聞がこぞって取り上げた。

 近々、帝国にも支店を出すことを決めたようで、今はその準備に大忙しだとか。

 いちゃつく暇もありませんよとは彼女の弁だが、そう言う反面、彼女の表情は明るかった。

 仕事にやりがいを感じているんだろう。

 充実した毎日を送っているようで、大変結構なことだと思う。


「娘の墓参りが出来るようになりました。ありがとう、クレア先生、レイ先生」


 クレア様と私が合唱のお礼を言いに行くと、トリッド先生はそう答えて頭を下げた。

 帝国から出奔していた彼はフィリーネによって許され、帝国とバウアーを自由に行き来出来るようになったらしい。

 学院での仕事があるため、主として生活しているのはバウアーの方だが、まとまった休みが取れると帝国を訪れて娘さんの墓参りをしているという。

 先生もまたシステムに人生を翻弄された一人だが、彼のこれからに幸多からんことをと思う。


 ヨエルは今、一人暮らしをしている。

 実家との折り合いが付かなかったらしい。

 代々武官として王宮に仕えてきたヨエルの家は、やはり保守的な価値観が強かったようで、突然、女性として生きたいと言い出した彼女を理解してはくれなかった。

 ヨエルは最初辛抱強く説得を試みたのだが、彼女の両親は頑なで、やがてヨエルは説得を諦めて家を出た。


「まあ、時間が解決してくれると思います」


 そう言って笑う彼女の顔に悲壮感はなかった。

 性的マイノリティであることを公言して生きていくことを決めた彼女は、それに伴う苦労も受け入れているようだった。

 両親の方もまさかヨエルが家出するとは思っていなかったらしく、帰ってこいと再三手紙を出してくるとか。

 両者の間にはすれ違いこそあれ、思い合う気持ちは残っている。

 ヨエルの言う通り、時間が解決するだろう。


 ――拝啓、クレア様。皇帝のお仕事って大変ですね。


 そんな書き出しで、フィリーネからの手紙は始まっていた。

 彼女はナー帝国の新たな皇帝として正式に即位し、今はドロテーアの侵略外交の後始末に追われている。

 フリーダの祖国メリカを始めとして、旧支配地域にあった国々が次々と独立を表明しているため、そのために色々な条約を結んだり改正したり、人や物資の流れを調整したりと多忙を極めているらしい。


 ――それでも、めげません。私はドロテーア=ナーの娘ですから。


 そう締めくくられた手紙からは、弱音だけでなく、彼女の皇帝としての自負を感じることが出来た。

 今はまだ未熟な面が勝つかも知れないが、ゆくゆくはドロテーアに負けない名君になるかもしれない。

 側で支えてくれるヒルダやじいやさんという存在もいることだし、彼女はもう大丈夫だろう。

 内気で弱気だった彼女も成長したものである。


「教会が民とどのように生きていくか――それを私たちは示さなければなりません」


 精霊教会はシステムとの関わりを公表するかどうかで、大論争になっているらしい。

 教皇様本人は公表する意向を示しているが、反対の意見もまだまだ根強い。

 民に寄り添うと謳っていた教会が、実は民を操って来たなどというスキャンダルは前代未聞だ。

 教皇様は反対派を辛抱強く説得していくということなので、時間は掛かるかも知れないが、いずれ真実は明らかにされることだろう。

 そうなれば一旦、教会は力を大きく減じるかも知れない。

 それでも、彼女たち信仰に生きる者たちが民に与えてきた恩恵はなかったことになるわけではない。

 リリィ様やユー様、ミシャ、サンドリーヌさんという力強い協力者もいる。

 教会のことは教皇様に任せておけば大丈夫だろう。


「教会に同性婚を認めさせる働きかけをしていてね」

「まだ、支持者はほとんどいないのだけれど」


 そう話すのはめでたく恋人同士となったユー様とミシャである。

 彼女たちは保守的な価値観の強い精霊教会の中に風穴を開けようとしている。

 婚姻の儀式には教会が利用されることが多いという事実からも分かるように、精霊教会は民の暮らしに深く関わっている。

 教会の価値観をアップデートすることが出来れば、同性愛に関する民たちの価値観も変わっていくのではないか、と考えているらしい。

 ただ、抵抗はやはり大きいようで、今のところは教会の圧倒的少数派のようだ。

 とはいえ、ユー様とリリィ様という、魔王戦の立て役者ともなった二人の枢機卿が支持を表明しているため、数は順調に増えつつあるとか。

 クレア様と私が法的な後ろ盾を持った結婚をする日も、それほど遠くはないのかもしれない。


「あ、おかあさまたちかえってきたよ、アレア!」

「わたくし、まちくたびれましたわ」


 自宅が見えてくると、メイとアレアが庭先に立ってこちらを見ていた。

 今日、二人で帰ると連絡してあったので、ずっと待っていてくれたのかも知れない。

 私が二人に手を振ると、二人もちぎれんばかりに手を振り替えしてくれた。


 メイとアレアの血の呪いは、タイムの言った通りなくなっていた。

 タイムの説明では、魔王の防御障壁を打ち破ったときの魔法剣の余波で、全身の魔力がオーバードライブを起こし、体中の呪いが機能不全に陥っているのだとか。

 一緒にいなくてよくなってしまったレレアは少し寂しそうにも見えたが、二人のためには呪いが解けて本当によかったと思う。

 メイもアレアも幼稚舎の教育レベルではもう追いつかないので、飛び級を検討しなければならないとのこと。

 これはこれで悩ましいが、こんな悩みなら大歓迎である。


「あの子たちったら……」


 隣でクレア様も手を振っていた。

 慈愛に満ちた視線をメイとアレアに送っている。

 クレア様はまだしばらく忙しくなるだろう。

 ループシステム関連のことで、ドル様について行って説明して回らなければならない。

 恐らく私もそれに付き合うことになるだろうが、まあ、こればかりはなるようにしかならない。

 やってみなければ分からないことばかりだ。


 でも、きっと大丈夫。

 クレア様が一緒にいてくれるのだから。


「クレアおかあさま!」

「レイおかあさまも、おそいですわよ?」


 庭先まで来ると、双子が胸に飛び込んで来た。

 クレア様はよくして貰っているが、私までして貰えるのはレアケースである。


「元気にしていた、メイ?」

「ごめんごめん、アレア」


 クレア様はメイの頭を撫で、私はアレアと目の高さを合わせると、顔をのぞき込みながら謝罪した。


「メイたちあさからずっとまってたんだよ?」

「もうおなかぺこぺこですわ」

「それはごめんなさいね」

「じゃあ、ご飯にしよっか。何が食べたい?」

「「サンドイッチとクリームブリュレ!」」


 声を合わせてそう答えると、双子は二人して家の中に入って行った。

 そのままダイニングに行ったのかと思っていたら、二人は玄関からひょこりと顔を出してこう言った。


「クレアおかあさま、レイおかあさま!」

「あのね」


 二人は顔を見合わせると、声を揃えて、


「「おかえり!」」


 隣で、息をのむ音がした。

 クレア様が口に手を当てて泣きそうな表情をしている。


「さあ、クレア様」

「ええ……ええ!」


 そう、やっと帰ってきたのだ。

 だから、二人に向かって言わなければならない。

 私はクレア様と目配せし、


「「ただいま」」


 万感の思いを込めてそう言うと、私たちは愛しい娘たちの後を追いかけて玄関のドアを開けたのだった。


 fin.

 最後までご覧下さってありがとうございます。

 作者のいのり。です。

 本作でこうしてご挨拶申し上げるのは二度目となります。


 一度目は第一部完結後の後書きでした。

 あの時はまだ色々と未回収の伏線があったものの、「とりあえず区切りのいいところまで書いたし、綺麗に着地したからここで終わり」と考えておりました。

 その後、ありがたいことに続編の要望を多数頂き、未回収の要素を整理し直して始まったのが第二部でした。

 お楽しみ頂けたことを願ってやみません。


 ところで、第二部をご覧下さった皆様の中には恐らく、こう感じた方もいらっしゃるのではないでしょうか。


 ――第一部に比べると、百合成分が少ない。


 これはある意味で当たっている、と申し上げなければなりません。

 第一部でも私は書きたいことを書きましたが、それでも恋愛という要素を非常に重要視して書きました。

 第二部を書こうと思ったとき、私はさらに自由に書きたいことを思いっきり書かせて頂こうと思いました。

 その結果、第二部はどちらかというと、ロマンスというよりはファンタジーや冒険に寄った内容に感じられた方もいらっしゃると思います。

 分かりやすく恋愛してはいないお話だった、と今振り返っても思います。


 ですが、わたおし。は飽くまで「レイとクレアの恋愛物語」として最初から最後まで書かせて頂いたつもりです。

 最後までご覧になった皆様にはもうお分かり頂けるかと思いますが、このわたおし。世界で起きたあらゆることが、レイとクレアの出会いに端を発する、言わば「時空を越えた大恋愛」とも言うべきものでした。

 もちろん、本編の主人公たるレイと、事の発端となった最初の大橋零は完全に同一人物というわけではありません。

 それでも、わたおし。はレイとクレアという二人の女性に関わる物語であることに変わりはないのです。


 第二部を書くに当たってもう一つ意識したことは、百合作品の可能性についてです。

 百合というジャンルである以上、恋愛が重要であることは私も否定しないのですが、百合はもっとおおらかで懐が深いモノだと私は考えています。

 何を言いたいかというと、国家の存亡や世界の滅亡を賭けた百合があってもいいのではないか、ということです。

 女性同士の関係性がそのまま国や世界の存亡を左右するような、そんな百合を目指して、私は第二部を書いてきたつもりです。

 上手く行ったかどうかは、読者の皆様のご判断に委ねたいと思います。


 さて、第一部後書きでも書かせて頂きましたが、もう一度改めてお願いをさせて頂きます。

 毎回の後書きに、


「ご覧下さってありがとうございます。

感想、ご評価などを頂けますと幸いです。」


 という二文を書いてきましたが、ぜひこれをお願いしたいのです。

 何を書いたらいいのかわからないという方もおられると思いますが、あまり難しく考えないで頂ければと思います。

 ただ一言、面白かったとかつまらなかったでも嬉しいです(後者は結構凹むのでオブラートに包んで頂ければ幸いです)。


 感想まではご面倒という方は、最後に得点評価だけでもお願いできないでしょうか。

 得点評価は最新話つまりこのページの下部にございます。

 余裕がありましたなら、PCでは最上部、スマホでは評価欄のさらに下にありますツイッターマークで感想ツイートを拡散して頂ければ嬉しいです。

 どんな形であれ皆様のお声を頂戴できれば、これに勝る喜びはございません。

 次回作への原動力ともなりますので、なにとぞよろしくお願い致します。


 本作はいったんこれで完結となります。

 ネタはほぼ使い切ってしまいましたので、直接的な続編の予定はありませんが、スピンオフ的な構想はございます。

 例えば、本作を最初に遡ってクレアの視点から見るシリーズや、メイとアレアを主人公にした、国の存亡や世界の危機とは無縁な等身大の少女たちの恋物語などです。

 ご覧になりたいと仰って頂ける方は、ぜひPixivFANBOXへのご登録をお願い申し上げます。

 「結局、お金ですか」と言われてしまいそうですが、いくらか改善されたとはいえ、私は日本の平均年収を大きく下回る極貧生活(実話)なので、どうかたまには美味しいご飯を食べさせて下さい。


 最後になりましたが、改めて、最終話までご覧下さり誠にありがとうございました。

 またお目に掛かる幸いに恵まれることをいのりまして、完結のご挨拶に代えさせて頂きます。

 それでは、失礼致します。


        2021年2月21日 いのり。拝


 PixivFANBOX:https://inori-0.fanbox.cc/

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― 新着の感想 ―
もうこちらに感想を書き込んでもいのり。先生の目に留まることはないのかもしれませんがこの世に素晴らしい作品を生み出していただいて本当にありがとうございます。大好きです。アニメからどハマりして漫画も最新刊…
最高でした!!先生に、わたおし。に出会えて良かったです。 たくさんの感動をありがとうございました。
思ったことを言葉として表すの苦手なので一言だけ、最高の作品でした
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