26.ブルーメの仕掛け人
「……うーん……」
「どうしましたの、レーネ?」
記念祭に向けてドタバタしている午後、クレア様、ミシャ、私の学院騎士団一年生女子三人組とレーネは女子寮の調理室にいた。
何をしているかというと、男女逆転カフェで出す軽食のレシピを考えているところだ。
男性陣がなぜいないかというと、これは別に男尊女卑なわけではなく、王子様たちは料理などしたことがないので戦力にならないからである。
いや、それでも顔ぐらい出せばいいとは思うけどね。
「……この味付け、どこかで食べた覚えがあるんですよね」
「そうですの? まあ、平民にしては美味しいものを作ると思いますけれど」
作りやすいものをということで、手始めに私が手軽にバリエーションを変えられるサンドイッチを作ってみた。
まず一つ目ということでオーソドックスな玉子サンドを出したのだが、冒頭のレーネの発言はそれを食べての感想である。
「私、レーネにご飯作って上げたことあったっけ?」
「ううん、ないはず。でも、このサンドイッチのとろっとしたソースは凄く印象的でどこかで食べた覚えがあるんだよね」
あ、しまった。
「ああ、これはきっとマヨネーズというやつですわね」
「ご存じなんですか、クレア様?」
得意顔で言うクレア様に、ミシャが尋ねた。
「最近ブルーメで発表された新しいソースですわ。まろやかなコクとほどよい酸味が特徴の素敵なソースですの」
「そんなものをどうしてレイちゃんが?」
レーネが不思議そうな視線を送ってくる。
これはうかつだった。
前世の癖で、玉子サンドにはこれだろうと何も考えずに使ってしまった。
「あー、えっと。偶然、似たようなものが作れただけだよ」
「そうなの?」
「そうそう」
私は必死に誤魔化した。
勘の良い方ならとっくの昔にお気づきだと思うが、ブルーメにチョコレートやマヨネーズのレシピを提供したのは私である。
リンスの製法で一財産の計画は挫折したものの、そこは中世ヨーロッパ風の世界への転生だ。
地球の知識を売るのは基本である。
クレア様のメイドとして働いたお給金も決して安くはない。
けど、フルコースの値段が平民の半年の給料に相当するような、高級料理店へレシピを売ることの見返りはずっとずっと大きい。
どうしてお金を貯めているのかといえば、将来に備えてである。
ゲームのままの未来を辿るとするなら、クレア様はよくて没落、ややもすれば死罪という結末が待っている。
それは絶対に阻止したい。
そのためにはお金が必要なのだ。
さらに言えば、理由があってお金の使い道は悟られるわけにはいかない。
ゆえに、私がブルーメ関係者だということは秘密なのである。
「次ね。サンドイッチの他のバリエーションということで、ちょっとどっしりしたものも作ってみたよ」
話を誤魔化しがてら、次に作ったのはローストビーフのサンドイッチである。
薄切りの野菜にバジルのソースを添えてみた。
隠し味にちょっぴり辛子を使っている。
「これも美味しいわ。さっきの玉子サンドも素朴でよかったけど、これは少し豪華さがあるわね」
「平民にしてはいい仕事をしてますわ」
「ありがとうございます」
ミシャとクレア様には好評である。
その他にもハムサンドや野菜サンドなども提案してみたのだが、どれも二人の反応は好感触だった。
ところが、レーネはまた難しい顔をしている。
「どうしたの、レーネ?」
「レイちゃん、ちょっと来て」
何か内緒の話があるらしく、二人して調理室をいったん出た。
「ここ最近のブルーメの新作って、レイちゃんの仕業でしょ?」
あ、やばいやつだこれ。
「そんなわけないない。さっきも言ったでしょ。マヨネーズのことなら偶然だって」
「それだけじゃないよ。全体の料理の雰囲気がブルーメのそれと凄く似てる」
レーネは重ねて言ってきた。
私と違ってレーネは、ブルーメの料理をクレア様にごちそうになったことがあるらしい。
「気のせいだってば」
「隠し味にぴりっとしたものを使ってたよね? あれって東方の国で使われてるっていう辛子でしょ? 前にクレア様が仰ってたわ」
「私もクレア様から聞いたんだよ」
あくまで誤魔化すつもりの私である。
ところが、レーネはさらに食い下がってきた。
「玉子サンドと野菜サンドだってそう。玉子の潰し方は偏執的なくらい丁寧なのに、野菜の切り方は結構ざっくり」
「それのどこが変なの?」
「手間を掛ける部分と、簡素に仕上げる部分がブルーメのレシピと同じなんだよ」
どきっとした。
既存のレシピについてもあれこれ口を出したことはある。
でも、そんな細かいところまで気づかないよ、普通。
なんだなんだ。
レーネは海原○山だったのか?
「じゃあ、あのローストビーフの火の通し方は? これまでの常識では、肉には完全に火を通すのが当たり前だったけど、あのローストビーフはレアだったでしょ?」
ああ、それは違う。
「あれはレアじゃないよ。ロゼっていうの。作りたては薄ピンクなんだけど、肉の中のヘモグロビンが時間の経過と共に肉の色を変化させて――」
「ほら、やっぱり。そんな知識、普通の人は知らないよ」
「あ」
調子に乗って喋ったら、見事に引っかかってしまった。
おのれレーネ、やってくれる。
「どうして隠す必要があるの? ブルーメにレシピを提供しているなんて、凄いことだと思うんだけど」
結構しつこく追求してきた割に、そのことを無理矢理おおっぴらにする気は無いようで、私は安心した。
レーネになら話してもいいかな。
先々のこともあるし。
「認めるよ。確かに私はブルーメにレシピを提供してる」
「やっぱりそうだよね」
「でも、そのことは皆には内緒にして欲しいの」
「どうして?」
純粋に不思議なようで、レーネは可愛らしく首をかしげた。
「詳しくは言えないけど、クレア様のためなの」
「クレア様の?」
「うん。お願い、黙っててくれる?」
「それはいいけど」
黙っている意味が分からない、という顔だ。
「私にも秘密があるんだよ。レーネにもあるように」
「!? な、なんのこと?」
「なんだろうね?」
私ははぐらかしつつレーネを牽制した。
レーネは警戒するように少し真面目な顔をしていたが、こちらも無理に公にするつもりがないことが伝わったのか、
「仕方ないね。黙っててあげる」
と、表情を緩めた。
「ありがとう」
「その代わり、私にもなにかレシピを教えてよ。クレア様に作って上げたいの」
「いいよ。こんなものがいい、とか要望はある?」
「うーん。お茶菓子になるようなものがいいなあ」
お茶菓子になって、それなりに物珍しそうなものか。
「分かった。じゃあ、夜にまた調理室に来てよ。レシピを教えるから」
「ありがとう。立ち入りの許可取っておくね」
レーネは学院生ではなくクレア様のメイドなので、クレア様と一緒かあるいは一人なら許可を得ないと、門限の後は学院寮に入れないのだ。
「ふふ、夜が楽しみ」
「ちょっとあなたたち。主を放っておいて、何を話してますのよ」
しびれを切らしたのか心配してくれたのか、クレア様が調理室から出てきた。
「秘密のお話です。ね、レイ?」
「そういうことです」
「……なんか面白くありませんわね」
素直に混ぜて欲しいとは言えないのがクレア様である。
「じゃあ、レーネ。夜にね」
「うん」
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