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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
最終章 人類の未来編
265/277

257.過ち

「自害……ですって……?」


 クレア様は敵愾心剥き出しの表情で、魔王をにらみ返した。

 対する魔王は飽くまで冷静に応じる。


「そうです。何か問題がありますか?」

「大ありですわよ! わたくしはレイやメイ、アレアと約束しましたのよ!? 必ず皆で家に帰るって!」

「しかし、このままではあの愚か者はおろか、マナリア様やリリィ様まで死にますよ?」

「まだ勝負は分かりませんわ! わたくしたちのうち、誰一人まだ諦めてはいませんわ!」

「そうですか。まだ足りませんでしたか」


 そう言うと、魔王は右の手のひらを頭上に掲げた。

 先ほどとは比べものにならない数の黒い闇の刃が出現する。

 その数は太陽の光を遮って、辺りが暗くなるほど。

 流石のクレア様も血の気が引いたようだった。


「さて、どうなさいますか?」


 これは脅しだ。

 自害しなければ、これを私たちにけしかけるという。


「わたくしが死ねば、どのみちこの世界は終わりなのでしょう? ならばどんなに苦境だろうと、あなたに抗うのが――」

「世界の終わりと仰いますが、クレア様はそれがどんなものか、本当に分かっていらっしゃいますか?」

「え……?」


 魔王の静かな問いに、クレア様が虚を突かれたような顔をする。


「それは……人類をことごとく殺すような……」

「そんなことはしません。私がするのは飽くまで人類史の終焉です。つまり、ループを止めるだけです」

「同じ事じゃありませんのよ」

「全然違います。私は無駄な人殺しはしませんし、この世界はいずれ来る人類の限界まで繁栄を続けます。そうして滅びた先に、不自然に作られていたループがなくなるだけです。この世界を呪われた輪廻から解放するのですよ」

「……!」


 クレア様が目に見えて動揺した。

 彼女は迷っている。

 それは本当に悪いことなのだろうか、と。


「クレア様、耳を貸してはダメです! そいつが本当のことを言っている保証なんてどこにも――」

「今は私とクレア様が話しているんですよ」


 私を追尾していた黒刃が勢いを増して一気に私に襲いかかってきた。

 魔法弾と魔法矢でできる限り対消滅させたが、それでも十数個の黒が私の身体に突き刺さった。


「あ……く……」

「レイ!」

「クレア様、よくお考えください」


 悲鳴を上げるクレア様に、魔王は慈悲深ささえ感じる口調で続けた。


「ここであなたが自害すれば、世界はループシステムのない本来の姿に戻るだけです」

「……わたくしが応じなければ?」

「あなたの目の前で、あなたの大切な者たちが一人ずつ死んでいくだけです」

「……この……!」

「怒りに身を任せるべきではないでしょう。冷静に考えて下さい。考えるまでもない二択だと思いますけれどね」


 魔王は右手を頭上に掲げたまま、クレア様に回答を迫った。

 クレア様は唇を噛んで考え込んでいる。

 迷っているのだろう。

 魔王の言う人類の終焉が、想像よりも酷いものと思えなかったせいで、揺れているのだ。


「クレア様……ダメです……」

「レイ……?」


 私は地面を這いずりながら、何とか言葉を絞り出して続けた。


「それは……人類史の存続の可否なんていうものは……私たちが勝手に決めていいことじゃありません……。それをしてしまったら……そいつがやろうとしていることと何が違うんです……!」

「黙りなさい」


 魔王の頭上の黒刃十数個ほどが、追加で私の身体に降り注いだ。


「あっ……ぐ……っ……!」

「レイ! 魔王、やめなさい! レイも黙って!」

「いいえ……黙りません。魔王……あなたは間違ってる。あなたの選択は……何もかもどうしようもないですけど、一番救えないのは……全てを自分で抱え込んで……一人でどうにかしようとしたこと……です」


 体中が痛みに悲鳴を上げているが、私は口を動かすのをやめなかった。

 だってもう、私に出来ることはそれくらいしかない。


「永遠の恋……ですって? 笑わせてくれます……ね。あなたにとって恋は……一人でするものなんですか……。クレア様を思うと言いながら……あなたは結局独りよがりだった。勝手に決めて……勝手に絶望した……そんなもののどこが恋ですか……!」

「お前に……お前に何が分かる!」


 魔王が初めて顔色を変えた。

 憎しみに顔を染めて、私を鋭く罵倒し始めた。


「初めて愛した人を目の前で失おうとした私の気持ちが、その恋心が永遠によってすり潰されていく気持ちが、たかだか十数年生きただけのお前に分かるか!」


 クレア様への思いは、恐らく彼女にとっての急所なのだろう。

 でも、だからなんだって言うんだ。


「分かりませんよ……分かりたくもない。でもね、それでも一つだけ分かることがあります」

「戯れ言を――!」

「私も同じ過ちを犯したんですよ。革命の時にね。私も一人で勝手に決めて、自滅する直前だった」


 クレア様のためと言いながら、その実、クレア様を信頼し切れなかった。

 全てを話せば反発されてしまうと恐れて、全てを隠して事を進めようとした。

 その結果が、王国歴二〇一五年十一月十日のあの醜態だ。


「魔王、人間は一人じゃダメなんですよ。どんなに優れた能力を持っていても、どんなに誤謬のない論理があっても、どんなに正しい理想があっても、一人じゃダメなんです」

「綺麗ごとはたくさんです!」

「綺麗ごとって、生やさしいものじゃないんですよ。あなたはクレア様に教えて貰わなかったんですか? 理想から現実に逃げ込むなって」


 それを聞いた瞬間、魔王がはっとした。

 私の知るクレア様と、ヤツが愛したクレア様は厳密には別人だが、ヤツにとってのクレア様も確か同じ事を言っていたはずだ。


「あなたはどんなに辛くても、目の前でクレア様が苦しむことになろうとも、クレア様に全てを打ち明けるべきだった。全て打ち明けて、二人で――いえ、皆で考えるべきだった」


 それをせずに一人になってしまったのが、魔王の最大の過ちだ。


「やあぁっ……!」

「! リリィ様……!」


 魔王の気がこちらにそれているのを隙とみて、リリィ様が斬りかかった。

 魔王は慌ててそれを、頭上に上げているのとは逆の手で防いだ。


「り、リリィはレイさんに……いえ、あなたに説教することなんて出来ません……でも……!」

「くっ……!」

「それでもやっぱり、リリィはあなたが間違っていると思います! だってあなたは、少しも幸せそうじゃない!」


 止められた一刀目を翻し、二刀を駆使してさらに切り結ぼうとするリリィ様。


「私は! もういいんですよ!」


 頭上の黒刃を叩きつけられ、堪らずリリィ様が後ずさる。

 その直後、


「ボクからも一つ言わせて貰おうか、魔王。ボクもレイと同意見だ。キミは間違えた」

「マナリア様……あなたも戯れ言を並べるつもりですか」


 マナリア様が逆側から斬りかかった。

 一刀だが、その剣閃はあのドロテーアに勝るとも劣らない。

 踊るような軽やかで優美な剣閃で、魔王と切り結ぶ。


「言葉を連ねるまでもなく、一言だけで十分だ。クレア以外の全てを切り捨てたのがキミで、何も諦めなかったのがレイ――そういうことさ」

「分からないですよ、マナリア様!」


 魔王が黒刃をマナリア様に叩きつけた。

 マナリア様はそれに逆らうことなく、勢いを利用して後退した。

 私の元まで下がると、片手で剣を構えつつ、もう片方の手で治癒魔法を掛けてくれた。


「やれるね?」

「はい」

「さすがはボクのレイだ」

「クレア様の、ですよ」


 ふざけ合いつつ、立ち上がる。


「……分からず屋ばかりですね……。クレア様、後悔しますよ。今のうちに自害しておかなかったことを」


 魔王の気配が険しくなった。

 今度は何をしてくるか。


「ねえ、レイ」

「クレア様……?」


 いつの間にか、クレア様が私の側まで来ていた。

 何かを覚悟した顔で、私に言う。


「約束しましたわよね、みんなで帰るって」

「ええ、それが何か?」

「わたくしを、信じて下さる?」

「もちろんです」

「結構。なら、少し悲しい思いをさせることを先に謝っておきますわ」

「……クレア様?」

「でも、約束は必ず守りますわ」


 それだけ言って、私に笑いかけると、クレア様は歩き出した。


 ――私に魔法杖を放り投げて。


「クレア様!?」

「クレア!?」

「く、クレア様!?」


 クレア様はそのまま迷いのない足取りで魔王の方へ歩いて行く。


「……何のつもりですか、クレア様」

「わたくし、分かりましたのよ」

「何がですか」

「どうすれば、あなたを止められるか」

「私は止まりませんよ」

「魔王……いいえ、もう一人のレイ。よくお聞きなさい」


 そう言ったクレア様は、もう魔王の目の前だった。


「!?」


 魔王が驚愕に目を見開いた。

 クレア様はおもむろに魔王を抱きしめたのだ。

 背中に回した手で、魔王を撫でながら続ける。


「誰もがその恋を永遠にしたいと思いますわね。でも、人は永遠に恋できるようには出来ていないんですの」

「クレア様……? あなたは……一体何を……?」


 クレア様がなおもきつく魔王を抱きしめる。

 当惑する魔王。

 そして――。


 ――クレア様は自分の背後に魔力の槍を生成すると、自分の身体ごと魔王の身体を貫いた。


「あ……ぐ……? クレア……様……?」

「それでも……わたくしはあなたを愛していますわ、レイ」


 呆然とする私たちの目の前で、うわごとのような魔王の声と、慈しむようなクレア様の声だけが、静かに響いた。


ご覧下さってありがとうございます。

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