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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
最終章 人類の未来編
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256.圧倒

「……全く、往生際の悪い……」


 魔王は立ち上がるとぽんぽんとローブのホコリを落とした。

 魔法障壁こそなくなったが、魔王自身に与えたダメージはそれほど大きくないようだった。

 魔王はこちらを睥睨すると、さらに続けた。


「魔法障壁を破ったくらいで勝った気になっているわけではありませんよね? 私にはまだまだ余力が――」

「リリィ様!」

「は、はい!」

「?」


 打ち合わせ通り、リリィ様が魔法を詠唱する。

 かつて私たちを苦しめた時間魔法である。


「時間魔法、ですか。なるほど。タイムの入れ知恵ですね」


 魔王の時間が停滞し、汲み出される魔力が低下したのが分かる。

 いくら規格外の魔力があっても、供給されなければ意味がない。

 相対しているだけで膝が抜けそうになるほどだった魔王の魔力が大きく減じた。

 それでもまだ十分に驚異的だが、これならまだ戦いになりそうだ。


 ただ、私には一つ気に掛かっていることがある。

 私はちらりと帝城の入り口の方をみやった。

 ロッド様、メイ、アレアの三人はどうやら力尽きて戦闘不能になっているようだ。

 三人とは目視できる距離。

 魔王との戦いの余波や流れ弾が当たっては堪らない。


「脱落した戦闘不能者などを狙うような無駄はしませんよ」


 魔王が私の内心を読んだかのように言った。


「人質として価値があるのに?」

「ええ。無駄弾は撃ちません。全てあなた方を倒すために使います」


 これは別に温情でも何でもない。

 ヤツは私たちを全力で殺すと言っているのだ。


「あなた方が何をしても無駄なあがきだと思いますけれどね。まあ、心の残りのないように全力でいらして下さい」


 そう言うと、魔王はけだるげに右手を上げた。

 辺りに霧が漂い始める。


「クレア様!」

「ええ!」


 霧が凍結して辺りを氷に変える前に、クレア様が蒸発させた。


「ジュデッカは前に見ましたわ。いくらあなたが相手でも効きませんわよ?」

「……そういえばそんなこともありましたか。その頃の《《私》》は弱かったですね」

「今でも弱いですわ。なんなら、今の方がずっと弱いのではなくて?」

「そうですか?」

「レイは少なくとも素直になりましたわ。今のあなたは歪んでしまっている。そんなあなたに負けるものですか!」


 クレア様は大きく吠えると、一瞬で魔王との距離を詰めて剣を振りかぶった。

 彼我の距離はおよそ二十メートル。

 いくらクレア様でも自力でこの早さで詰めるのは無理である。

 これを実現しているのは、マナリア様の風魔法によるブーストだ。


「そんな単純な攻撃が通じるとでも?」


 魔王は片手でそれを制しようとした。

 しかし――。


「思っていますとも」


 声は魔王の後ろから聞こえた。

 見ると、魔王の前方にいたクレア様の姿がかき消されると同時に、後方のクレア様が魔王に剣を振り下ろす所だった。


「幻影ですか」

「……そう簡単にはいきませんわね」


 魔王は後ろを見向きもせずに岩の防壁を生じさせてクレア様の斬撃を防いだ。

 どうやらあの幻影もマナリア様の援護のようである。


 魔王はさらに、右手の前腕をくいと上に向けた。


「くっ……!」


 地面から何本も切り立った岩の刃が突き立ち、クレア様を追うように迫っていく。

 クレア様は後退をせざるを得ない。


「お姉様、リリィ、私たち三人で前衛を務めますわよ!」

「は、はい!」

「分かった!」

「レイ、あなたはそこから援護なさい!」

「分かりました!」


 クレア様を司令塔にフォーメーションを組む。

 後退しながら岩の刃を避け続けるクレア様をよそに、リリィ様、マナリア様の二人が左右両方向から魔王に同時に斬りかかった。

 リリィ様の双短剣、マナリア様の長剣という三つの刃が魔王を襲う。


「ふむ」


 二人の剣が魔王に届く寸前、凄まじい爆発が魔王を中心に巻き起こった。

 堪らず、リリィ様とマナリア様が後ずさった。


 さらに、


「これならどうです?」


 魔王から二人に向けて、氷の刃を伴う竜巻が放たれた。

 二人はそれをそれぞれかわそうとする。

 しかし――。


「さらにこう」


 リリィ様とマナリア様の足下の地面が凍り付かされた。

 これでは二人は滑って思うように動けない。


「ソイルチェンジ!」


 私はとっさに凍った地面の上に通常の土の地面を生成した。

 間一髪の所で二人が竜巻を避けた。


「まだまだ!」


 魔王の注意が自分からそれたと見て、今度はクレア様が背後から斬りかかった。

 鋭いが、あまりにも素直過ぎる近づき方だ、と私はヒヤヒヤした。

 しかし、そこは流石クレア様である。


「フレイムランス!」


 魔王まであと三歩というところで、クレア様は炎槍を放った。

 こんな初級魔法が魔王に効くわけがない。

 だが、彼女の狙いは別にある。


「!」


 炎槍は魔王の足下に突き刺さり、爆煙を上げた。

 煙が魔王の視界を奪う。


「今ですわ、お姉様、リリィ!」


 クレア様の声に応えて、今度は三方向からの斬撃。

 今度こそ捉えたかと思ったが――。


「甘いです」


 言葉が届くよりも早く、圧縮された空気の塊が、三人に叩きつけられる。

 三人とも交わそうと身をひねったが、不可視の槌は完全に避けきるのは難しいようだった。


「はぁ……っ……はぁ……っ……!」

「つ、強いです……!」

「さすが……魔王を名乗るだけは……あるね……」


 三人の消耗が激しい。

 対する魔王の方はといえば、アレアが負わせたもの以外、傷一つない。


「ヒール!」


 私はクレア様たちに治癒の魔法を掛けた。

 これでとりあえずまた振り出しに戻ったわけだ。


 でも、打開策が見えない。

 魔王は防戦一方なので、こちらが押しているという見方も出来るが、実際には有効打は一度もない。

 こちらの攻撃は全て捌かれてしまっている。

 もう一人の私というだけあって剣は使わないようだが、魔法だけでも十分以上に手強い。

 ヤツが今使ってきた魔法の種類を見るに、ヤツはデュアルキャスターどころではない。

 恐らくマナリア様やメイと同じクアッドキャスター、それも全て高適性以上と見ていいだろう。


 何より厄介なのは、魔王が詠唱の類いを一切しないことだ。

 魔法の上級者になると、発動句や詠唱から魔法の効果を見抜くことが常態化する。

 例えば、クレア様お得意のフレイムランスの七文字でさえ、フレの時点で炎に対する対抗手段をとっさに思いつくのがベテラン同士の魔法戦なのだ。

 だが、魔王にはそれが一切通じない。

 魔力が高すぎるため、発動前の僅かな瞬間に魔力の高まりを感じて察することは出来るが、それだけだ。

 あまりにもこちらが不利すぎる。


「まだやりますか?」

「当たり前ですわ。わたくしは必ずあなたを倒します」

「素晴らしい心意気です、クレア様。それが叶わないことをすぐに思い知るでしょうけれど」

「何とでも言いなさいな」

「では、様子見はこれくらいにして、私もそろそろ本気で行かせて貰いましょうか」

「「「「!?」」」」


 私たちの間に動揺が走った。

 これでまだ本気ではなかった、と?


「強がりですか?」

「違いますわ、レイ。魔王の足下を見なさい」

「?」


 クレア様に言われて見ると、戦闘の余波で傷だらけの床の中、魔王の足下だけが綺麗に残っている。


「なっ……」

「ま、魔王はあの場所からまだ、一歩も動いていません……!」


 リリィ様の悲鳴は、そのまま私たち全員のものだった。


「こちらの番ですよ。これを受けきれますか、リリィ様、マナリア様?」


 そう言って魔王が腕を振ると、黒い光の柱が二人に向かって伸びた。

 これは……!


「きゃあ!?」

「ぐっ……!?」


 慌てて私はタングステンカーバイドの防壁を二人の前に展開したが、衝撃で二人は大きく後ろに吹き飛ばされた。


「なんて威力ですの……。しかもその魔法は……!」

「ええ、ラナの時に使った魔法です。あの時使ったのはラテスですけれどね」


 地水火風のどの属性にもない、闇色の魔法。

 これは……?


「闇属性魔法です。魔族にしか扱えませんが、非常に強力な攻撃魔法が数多くあります」


 例えばこのようなものも、と再び魔王が腕を水平に振った。

 三日月型の黒い刃のようなものが三枚私に襲いかかる。


「さ、させません!」


 闇柱からすぐに体勢を立て直すと、リリィ様は私の前に立ち塞がってそれを切り払おうとした。

 ところが、


「あ、あれ?」

「!」


 黒刃はリリィ様を避けるように迂回し、そのまま私の元に殺到した。


「くっ……!」


 私はリフトアップの魔法で足場を構築し、上へ避けた。


「まだだ、レイ!」


 マナリア様の鋭い警句。

 後ろを振り返ると、黒刃は方向転換して私を追尾してくる。


「なんて厄介な!」


 私は氷と土の矢を連打して、何とかそれを対消滅させた。


「まずはお前から退場して貰おう、レイ=テイラー」


 魔王の前に、先ほどの黒い刃が無数に生じた。

 それらの全てが私に殺到する。


「冗談でしょ!」


 私は氷と土の攻撃魔法を雨あられと叩き込んだが、黒刃のいくつかはそれらをすり抜けて襲ってくる。

 まずい。


「本体を仕留めてしまえば――!」


 魔王を隙と見たか、マナリア様が斬りかかるが、魔王は悠然とそれを片手で受け止めた。


「あなたならそう来ると思っていました、マナリア様。そんなにあんなヤツのことが好きですか?」

「好きだとも。だからこそ、今のキミは見るに堪えない!」

「悲しいですね。私もあのような者に心乱されているあなたを見るのは忍びないですよ」


 そう言うと、魔王は片手で剣ごとマナリア様を振り上げると、反対から密かに接近を試みていたリリィ様に放り投げた。


「わ、わわわ!?」

「受け止めるな、リリィ! よけろ!」


 マナリア様の制止は間に合わず、受け止めてしまうリリィ様。

 そこに闇柱が襲いかかる。


「きゃあ!?」

「ぐっ……!」


 堪らず吹き飛ばされる二人を眺めつつ、私は私で黒刃への対応で手一杯だ。


 魔王は魔法の発動までにための類いが一切ない。

 ほぼノーモーションで魔法を撃ってくる。

 おまけに発動句や詠唱での先読みも出来ないので、なおさら早く感じるのだ。


「リリィ様、魔王って遅くなってるんですよね!?」

「き、効いてるはずです!」

「それでこの魔法と対応の速度なのは反則だね」


 腐っても魔王ということか。


「どうしてわたくしを狙わないんですの」


 クレア様が剣を構えたまま魔王に問うた。

 その目からは自分だけ手加減されていることに対する不満が、ありありと見て取れた。


「申し上げたでしょう。私はあなたにを殺せないんですよ」

「もう三大魔公はいませんのよ? あなたが手を下すほかないじゃありませんの」

「そうでしょうか? まだ手段はあると思いますよ?」

「……?」


 そう言うと、魔王はまた黒刃を生成して放った。

 今度のそれは、リリィ様やマナリア様の方にも襲いかかっていく。


「やめなさい!」

「いつでもやめますとも。あなたが死ねば、ね」

「――!」


 そういうことか。


「魔王……あなた……」

「どうしますか、クレア様? このままあの者たちが死ぬのを指をくわえて見ていますか?」

「……」


 魔王はクレア様にこう言っているのだ。


 ――あの者たちを助けたくば、自害せよ、と。

ご覧下さってありがとうございます。

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