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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
最終章 人類の未来編
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252.化かし合い

 マギ・シブレーの駆体がバラバラになって地面に散らばった。

 私たちはそれを呆然と見ているしかなかった。


「これでお前様たちは切り札を失ったわけじゃな」


 呵々と笑うラテス。

 悔しいが、ヤツの言う通りだ。

 マギ・シブレーがなくては、魔王の魔法障壁は突破出来ない。


「さて、儂に一杯食わせてくれたお前様方にも、そろそろ退場して貰おうかのう」

「よく言うぜ。引っかけてくれたのは貴様の方だろうが」

「そうじゃったかの? 歳のせいか覚えが悪くてのう」

「抜かせ」


 ロッド様の悪態にもキレがない。

 完全に出し抜かれたのだから無理もない。

 考えてみれば、ヤツは教皇様暗殺未遂の時も再生を繰り返していた。

 これは完全にこちらの失策だ。


「メイ、アレア、ちょっと耳貸せ」

「「……?」」


 ロッド様が双子に何事か耳打ちした。

 二人はうんうんと頷いている。


「作戦会議かの? 構わんよ。好きなだけあがきなされ」


 自分の仕事は終えたという余裕なのだろう。

 ラテスは邪魔をすることもなく悠然と構えている。


「いいな?」

「うん」

「分かりましたわ」


 ロッド様と双子は話し合いを終えると、ロッド様とアレアが前衛、メイが後衛という陣形を敷いた。


「もういいかの?」

「ああ、待たせてすまねぇな」

「構わんとも。どうせお前様方はすぐ死ぬんじゃからな」

「悪ぃな。オレは諦めが悪いんだ」

「口の減らんヤツじゃのう。じゃが、そういうヤツの心を折るのも年寄りの楽しみでな」

「来るぞ!」


 ラテスが再びぶちかましを仕掛けてくる。

 狙いは――アレア!


「――!」


 アレアは一瞬強ばった表情を見せたが、すぐに大きく身をかわしてラテスの突進を避けた。


「そこですわ!」


 かわされて体勢の崩れたラテスに向けてアレアが鋭く切りつけた。

 ドロテーアから譲り受けた魔道具の剣は、ラテスの固い表皮に深い傷を残した。


「む。それはちと痛いのう」

「ししょーのつるぎですもの。あたりまえですわ!」

「アレア、取り合うな! 罠だ!」

「!?」

「遅いのう」


 とっさに逃げようとしたアレアだが、剣が深く食い込んで抜けないようだった。

 ラテスの腕がしたたかに打ち付けられ、ゴム鞠のように跳ね飛ぶアレア。


「アレア!」

「だ、だいじょうぶですわ……」


 クレア様が血相を変えたが、起き上がったアレアに深い傷はないようだった。


「む?」

「たすかりましたわ、メイ!」

「まかせて!」


 どうやらラテスの腕との間に、メイが何らかの魔法で緩衝材を作ったらしい。

 我が娘ながら素晴らしい機転だ。


「ふむ、面倒じゃのう」

「よそ見が過ぎるな」


 嘆息するラテスの背後から、ロッド様が切りつけた。

 剣は折れているが、折れた部分から炎の刃が立ち上っている。


「お前様はもう寝ておれ」

「!?」


 油断しているように見えたラテスだが、どうやらロッド様の動きは読まれていたらしい。

 人間の関節では到底無理な体勢で上体を後ろに反らすとロッド様の剣をかわし、体勢を戻す勢いでそのまま鎌を振り下ろした。


「がはぁっっっ……!」


 ロッド様が吹き飛ばされる。

 かろうじて鎌との間に剣を挟み込んだようだが、受け身も取れずにマギ・シブレーの残骸に叩きつけられた。

 メイの防御は間に合わなかったらしい。


「「ロッドさま!」」

「ふむ、どうやらこの坊主が頭じゃな? 嬢ちゃんたちにさっきの判断は出来んじゃろ」


 そういうことか。

 恐らく、メイが念話のチャンネルを構築して、メイとアレアはロッド様からリアルタイムで指示を受けていたのだろう。

 だから、アレアの時は間に合い、ロッド様の時は間に合わなかったのだ。


「やはりお前様から始末するべきのようじゃな」

「……」


 よろよろと起き上がろうとするロッド様に対して、ラテスは再度ぶちかましを仕掛ける。


「やめて!」

「させませんわ!」


 メイが魔法を放ち、アレアも剣を振りかぶったが、そのどちらもラテスの勢いを止めるには至らない。


「終わりじゃ」


 交通事故のような音がして、ロッド様の体が舞い上がった。


「ロッド様!」


 クレア様が悲鳴を上げた。

 重い音を立てて、ロッド様の体が地面に叩きつけられる。


「これで一人、じゃな。さて、嬢ちゃんたち。今度はお前様たちの――」

「……へへ……へへへ……」


 力のない笑いは、ロッド様のものだった。


「……呆れたしぶとさじゃな。まだ息があるのか」

「言っただろ……好きな女にゃあ……かっこ悪いとこ見せらんねぇって」


 強がってはいるが、ロッド様はもう立ち上がることも出来ないようだった。


「ふむ……。健闘は讃えんでもないが、それ以上、お前様に何が出来る? どう見ても瀕死じゃが」

「何もしねぇよ……もう終わってる」

「?」


 ラテスは怪訝な顔をしたが、ふいにかくんと膝を突いた。


「む? なんじゃ……?」

「へへ……まだ気付かねぇのか……?」

「ち、力が抜けていく……!」


 ラテスの巨躯が風船のようにみるみるしぼんでいく。


「お前様、一体なにをした……!?」

「貴様が壊したマギ・シブレーに……仇を討たせてやったんだよ」

「!?」


 見ると、ラテスの背中にマギ・シブレーの剣のような魔法射出部分が突き立っていた。


「ぬお!?」

「その部分は魔道具でな。集めた魔力を放出する役割がある。貴様の再生能力のからくりは知らねぇが、どうせ魔力が関係してんだろ? なら、そいつを全部拡散させちまえってな」

「ぐぬ……、抜けん……!」


 ラテスは必死にマギ・シブレーの部品を引き抜こうとしているが、それはラテスの体と完全に一体化しているようでびくともしなかった。


「冥土の見上げに覚えとけ。弱者の化かし合いにかけて、人間に勝るヤツぁいねえんだよ」

「こんな……こんなことで儂が……!」


 ラテスの体はもう牛ほどにまで縮み、なおも小さくなっていく。


「往生しろ、ジジイ」

「……ふん。このような手があったとはの。運も実力のうちか。これだから人間は嫌いじゃよ」


 諦めたのか、ラテスは嘆息するように言った。


「最後に教えろ。貴様の再生は結局どういうからくりだったんだ?」

「なぜ知りたがる」

「貴様みたいなのがまた出てきたら、確実に殺すために決まってんだろうが」

「……くふ……ふははは……!」


 ラテスは縮んでゆく身体を震わせて笑った。

 ひとしきり笑ってから、どうせ死ぬのは変わらんしいいじゃろう、と続けて、


「この身体から脱落した細胞は、一旦魔力として分解してから元の形に再結合する。じゃが、このように儂の意思と無関係に分解されて霧散すれば、結合命令が間に合わんのよ。呵々、やっと死ねる! 気分がいいのう!」


 ラテスはいっそ晴れ晴れとした様子で笑った。


「申し訳ありませんな、魔王様。儂はこれにておいとまを。ご武運をお祈りしておりますぞ」

「大義でありました」


 最後の挨拶を魔王と交わした後、ラテスの体は点になり、そして今度こそ跡形もなく消え去った。

 からん、とマギ・シブレーの部品が落ちる。

 不死身かと思われた異形の魔族、ラテスは今度こそ塵も残さず消滅した。


「あー、キツかった……」

「ロッドさま!」

「メイ、ちりょうを!」


 メイとアレアがロッド様に駆け寄って治療を始めた。

 息はあるが、彼の傷は浅くない。


 ◆◇◆◇◆


「ラテスも逝きましたか……」


 魔王はぽつりとこぼした。

 その声色に悼む色があるのは、きっと気のせいではない。

 使い捨ての手駒というわけではなかったのだろうか。


「とはいえ、よくやってくれました。あれさえなければ、あなた方に私を傷つける術はありません」

「くっ……」


 クレア様が悔しそうに唇を噛んだ。

 クレア様のマジックレイも、私のアブソリュートゼロも、マナリア様の攻撃魔法も、リリィ様の斬撃も試した。

 しかし、その全ては障壁に阻まれた。

 打つ手がない。


「三大魔公は全て失いましたが……まずはクレア様以外の全てを殺してから考えましょうか」


 魔王が無造作に手を水平に振った。

 私はとっさにタングステンカーバイドの防壁を張ったが、魔王の黒い衝撃波はそれを易々と切り裂いた。


「伏せなさい!」


 後ろから体を押されて地面に倒れ伏す。


「……助かりました、クレア様」

「あれは防げる類いのものではありませんわ。かわすことに専念なさい」


 追撃を警戒しつつ起き上がり、魔王を睨むクレア様。


「あがきますね。そんなに私が大事ですか?」

「あなたではありませんわ。自分を見失い、魔道に墜ちたあなたなど、何の魅力も感じませんもの」

「……」

「わたくしが愛したレイは、どんな時も諦めず、わたくしを愛し、わたくしに道を示してくれる人ですわ」

「私も示していますよ……滅びという道ですが」

「そんなものはごめんだと言っていますのよ」


 クレア様が私の手を取ろうとする――が、しかし。


「くっ……!」

「合唱はさせませんよ。それは少し危険ですから」


 魔王に対してあと唯一試していないのが合唱だった。

 だが、魔王も警戒をしているようで、先ほどからその隙を作ってくれない。


「あなたがどう思おうと、私は私の選択を全うするだけです」

「この分からず屋!」

「何とでも」


 魔王は肩をすくめて続けた。


「もう私の望みは一つだけなのです。全てを終わらせ……そして私も消えましょう」


 魔王にはもう、クレア様の言葉も届かないようだった。

ご覧下さってありがとうございます。

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