25.創立記念祭に向けて
「創立記念祭……ですか?」
「そうだ」
私の聞き返しに、団長のローレック様が頷いた。
私をはじめとして皆が集まっているのは学院騎士団の会議室である。
広さは現代日本における小学校の教室ほど。
事務用の机と椅子がおかれ、壁の本棚には書類やマニュアルが並んでいる。
ローレック様が座っているのは団長用の椅子だが、別に特別豪華であるとか一番上座にあるとかいうことはない。
上座は王子であるロッド様たちが座っている。
この辺りは貴族の子女が通う学校らしいと言えそうだ。
誰がどこに座るかはなんとなくで決まっている。
ちなみに私は当然クレア様の隣である。
もちろん、嫌がられたけど。
創立記念祭という単語を聞いて、そういえばそんな時期かと私はゲームの内容を思い出していた。
王立学院の創立記念日に開かれるこのイベントは、日本の学校でいえば文化祭のようなものだ。
各教室がそれぞれ出し物をし、外部からやって来る客をもてなすというのが基本スタイルである。
妙なところで日本の学校みたいなところがあるのは、やはり日本のゲーム会社が作ったゲームだからか。
「しばらくは出し物の申請認可や備品の貸し出し手続きなど、記念祭の準備で忙しくなることと思う。各自、仕事を割り振るので分からないことがあれば聞くように」
そう言って、ローレック様は私たちに仕事を割り当てて行った。
「なあ、団長。オレら学院騎士団も出し物するんだよな?」
各自が何をするかが一通り決まったあと、ロッド様がそんなことを言った。
「はい。例年通りであれば、喫茶店ですな」
「ただの喫茶店じゃつまらないだろ。なんか変わったことしようぜ」
ロッド様の悪い癖が出た。
この人は本当に退屈が嫌いだな。
「そうは言っても、何をする気なの、ロッド兄さん?」
「……普通でいいと思うが」
こちらはちょっと興味がありそうなユー様と、面倒くさそうなセイン様である。
「王都では男女逆転カフェなんていうものが流行ってるらしい。どうだ? オレたちもそれでいかないか?」
「男女逆転カフェってどんなものなんですか?」
不穏な単語に、ミシャが尋ねる。
「簡単なことだ。男は女装して、女は男装して給仕するんだ。衣装を変更するだけなのに、普通にやるよりずっと面白いだろ?」
どうだ、とロッド様は目を輝かせた。
「どうだ……って仰いますけれど、ロッド様も女装するんですのよ? その……許されますの? 王族的に」
そんなフリーダムが許されるのか、と訊くクレア様。
「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」
ロッド様はそう言ってあっけらかんと笑い飛ばした。
「女性の男装はともかく、男性の女装は見るに堪えないと思いま……す……わ……?」
クレア様が懸念を口にするけど――。
「……いえ、意外といけるかもしれませんわね?」
王子様方の容姿を鑑みて、考えを改めたらしい。
三王子は性格はともかくみんな美形である。
女装してもそれほど違和感はないだろう。
「私たちもいるのですが……。なあ、ランバー……ト?」
ローレック団長が渋い顔で、横にいる男性に意見を求めたが、途中から難しい顔になってしまった。
ランバートと呼ばれたその男性は、はしばみ色の髪と瞳をした美青年だったからである。
学院騎士団の入団試験の時、筆記試験のテスト用紙を配っていた人だ。
この人も、女装に違和感がなさそうである。
ランバート=オルソー様。
そのファミリーネームが示すとおり、このランバート様はオルソー商会の長男、つまりレーネのお兄様である。
レーネはメイドとしてクレア様の下で働いているが、ランバート様は奨学生として学院に入学している。
彼本人の魔法力もさることながら、魔道具の発明と調整において特別な才能を有しているのだ。
ランバート様は「魔物を制御する魔道具」というものの研究をしていて、魔物に怯えるこの世界ではちょっとした有名人である。
頭もかなり切れる人で、今は学院騎士団の副団長の地位に就いている。
その功績を考えれば、家柄さえ貴族であったなら団長であってもおかしくはない。
「なんてことだ……。笑いものになるのは、私だけじゃないか」
頭を抱えるローレック様。
イキロ、そなたはびゅーてぃふぉー……ではないな。
いや、ローレック様もイケメンには違いないのだ。
ただ、イケメンにも種類があって、ローレック様は他の人たちと違って男くさいソース顔なのである。
女装はちょっと厳しいかもしれない。
「じゃあ、異論はないな?」
ローレック様のことは綺麗に無視して、ロッド様が話をまとめ始めた。
「僕は別に構わないよ」
「……皆がいいなら、それでいい」
ユー様は普通に賛成、セイン様は消極的賛成のようだ。
「私も別に反対意見はありません」
ミシャも消極的賛成。
「わたくしも別に構いま――」
「クレア様の男装……尊い……」
「……やっぱり反対に一票で」
素直な気持ちを表現したのに、クレア様に反対されてしまった。
解せぬ。
その他のメンバーも特に反対はなさそうだった。
「いや……私は反対なんですが……」
「諦めましょう、団長」
ローレック様のささやかな反抗は、ランバート様に慰められただけで終わった。
「じゃあ、決まりだな。今年の学院騎士団は男女逆転喫茶『キャバリアー』だ」
「キャバリアー?」
「学院騎士団の正式名称だよ。キャバリアーというのは、騎士という意味なんだ」
響きが仰々しいから誰も使わないけどね、とランバート様が教えてくれた。
そういえば学生時代に教養の先生がナイトとの違いを教えてくれた気がする。
確か――。
「上品さを保ちながらも無鉄砲で呑気くらいのニュアンスがあるんでしたっけ?」
「間違ってはいないけど、出来れば、無鉄砲でも呑気でも上品であれ、くらいの語順にして欲しいかな」
ランバート様に苦笑された。
語順を入れ替えるだけで随分印象が変わるものだ。
まあ、それはともかく。
「ということは、クレア様はキャバリアーのお嬢様。つまり、キャバ嬢ですね!」
「何を言っているのかわかりませんけれど、それは絶対に褒めてませんわよね?」
「すっごい褒めてます! 私だったら毎日指名します!」
「だから何の話ですの!?」
この世界に当然キャバレーなどない。
似たようなものはあるのだろうが。
「クレア様、盛り髪にしましょう!」
「何ですの、その盛り髪って」
「キャバ嬢のみに許された特別な髪型です!」
「特別……? ふ、ふん! まあいいですわ。特別にして上げてもよくってよ」
さすがチョロインである。
今日の会議はひとまずそれだけで終わったので、夕食を済ませてクレア様の部屋に戻った。
「何をするの、レイちゃん」
「クレア様をキャバ嬢にしようと思って」
「?」
「ではクレア様、ちょっと失礼しますよ?」
クレア様の髪をアップに盛っていく。
金属のヘアピンをふんだんに使えるのは、さすが貴族のご令嬢といったところか。
「へー、こんな風になるんだ?」
「うん。後ろ髪の半分で土台を作って、そこにピンでどんどん留めていく感じだね」
レーネは髪上げに興味があるようで、熱心に質問をぶつけてきた。
私も専門家ではないから詳しいことは分からないけど、分かることには積極的に答えた。
難しいのは多分、ピン打ちである。
「クレア様の髪型が縦ドリルでよかったです。くるくるさせるのが一番時間がかかるので」
「それはレーネのお手柄ですわね」
「恐縮です」
そんなこんなで完成である。
「出来ました」
「わー、クレア様、素敵です」
「へえ……。なかなか悪くないじゃありませんの」
姿見の前で髪の両サイドを確認しながら、クレア様も満足げである。
「凄いですね、クレア様! どこからどう見てもキャバ嬢です!」
「そ、そうですの……?」
褒められていると勘違いしたクレア様は得意げである。
本当の意味を教えたら、絶対怒るだろうなあ。
「クレア様。しばらくこの髪型にされますか?」
レーネが何気なく尋ねた。
すると、それまで喜んでいたクレア様は少し沈んだ調子で答えた。
「……いえ、いつもの髪型で結構ですわ。レーネ、お願いします」
「そうですか。かしこまりました」
レーネはそれに気づいたのか気づかないフリをしたのか、いつもの調子で柔らかく答えた。
クレア様のくるくるカールは、実は亡きお母様の影響なのである。
お母様もくるくるカールの髪型で、クレア様はそれをずっと真似し続けているのだ。
クレア様、実はちょっぴり本来の意味でのマザーコンプレックスがあったりする。
「そんな所も好きですよ!」
「貴女は唐突に何を言ってますの……?」
「いえ、ちょっと愛があふれてしまって」
「……もういいから、あなたは部屋にお戻りなさいな」
呆れたように言われてしまったので、仕方なく言うとおりにする。
「あ、クレア様」
「何ですの?」
これだけは言っておかないと。
「男装、楽しみにしてます!」
「早くお帰りなさいな!」
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