24.騎士団での初仕事
学院騎士団といえば聞こえはいいが、その実態は雑用係も兼ねている。
この辺りは現代日本の生徒会と似たようなところがある。
学院生から寄せられた苦情を、一つ一つ地味に処理していかなくてはならない。
「最近、夜になると幽霊が出るんです」
そんな寄せられた苦情の中から、クレア様と私に振り当てられたものがこれだ。
なんでも、夜になると学院女子寮で幽霊……もとい不審な人影が目撃されるようになったらしい。
私と組まされたことでクレア様はぶーぶー言っていたが、私がクレア様付きのメイドということもあって、ほぼ全会一致で可決された。
クレア様は最後まで不服のようだったけど。
ちなみに今は目撃者に一人一人話を聞いているところである。
こんな事件はゲームでも起きた覚えがないので、私としては興味津々だ。
「そ、そうですの。へー……、ふーん……」
心なしかクレア様が動揺しているように見えるが、それは気にしない。
目撃者の女学生にさらに話を聞く。
「目撃場所はどの辺りですか?」
「友だちが見たのは二階と三階の間の階段だったらしいんだけど、私が見たのは調理室ね」
「まちまちなんですね。幽霊に特徴は?」
私はメモを取りながらさらに尋ねた。
「そうね……。私、最初はそれを幽霊だって気づかなくて。不審に思って近づいたら、水を掛けられたわ」
「み、水ですの?」
「はい。学院の川で溺れ死んだ女の子の幽霊かもしれません」
「ひっ」
クレア様が息をのんだ。
「どうかしましたか、クレア様?」
「な、なんでもありませんわ」
明らかになんでもなくはない様子だが、あえてツッコミはしない。
「貴重なお話をありがとうございました」
「絶対、退治してね」
「……ごきげんよう」
お礼を言って目撃者の元を離れた。
「次は現場に行ってみましょうか」
「……あなた一人でいいのではなくって?」
「何言ってるんですか。一人で手がかりを探すよりも、二人の方が効率がいいに決まってるじゃないですか」
「そ、そうですわね……」
渋々、といった様子のクレア様と一緒に、調理室を目指して歩く。
勘のいい人はもうお分かりのことと思うが、クレア様はお化けが苦手なのだ。
夏にはアンデッドハントという学院恒例の行事があるのだが、お化けをマジ怖がりするクレア様はかなり萌える。
私だけかもしれないけど。
そんな訳で、偶然とはいえオカルティックな苦情処理が回ってきたことに、クレア様は戦々恐々、私は狂喜乱舞しているという訳である。
「ここですね」
「鍵がかかってますわよ? 仕方ありませんわ。ここは後回しに――」
「あ、借りてきました」
「……そうですの」
昔ながらのシリンダー錠を開ける。
様々な調理具が並ぶ調理室は、よく片付けられていた。
うっすら甘い香りがする。
お菓子でも焼いていたのかもしれない。
学院寮の調理室は主に学院生の個人的な趣味やちょっとお茶したいときなどに使われる。
三度の食事には食堂が利用されるため、こちらが使われるのは例外的だ。
貴族ならお付きの者が何か作るし、平民なら自分で調理する。
まあ作るにしても、お茶菓子や軽食くらいだろうが。
「クレア様は入り口付近を探して下さい。私は奥を見ます」
「わたくしに指図するんじゃありませんわよ!」
「じゃあ、クレア様が奥を見ますか?」
「……仕方ありませんわね。譲ってあげますわ」
こんなときでも突っかかってこられるんだから、クレア様のツンぶりはなかなかのものである。
しばらく手分けして捜索していると――。
「ひっ!? 平民! あなた! レイ!」
クレア様の悲鳴が聞こえた。
「どうしました?」
「あ……あれ……! ……って、どうしてあなた半笑いですの?」
「あ、すいません。クレア様が可愛らしくてつい」
「こんなときにふざけるんじゃありませんわよ。それよりあれですわ、あれ!」
クレア様が指さす先を見ると、何やらゲル状のものがこびりついていた。
「何でしょう……。単なる汚れとも思えないですね」
私はサンプルを採取しようと手を近づけた。
「触るんじゃありませんわよ! 何かあったらどうするんですの!」
「あれ? 心配して下さるんですか?」
「巻き込まれたくないんですの!」
ちぇっ、デレはお預けか。
「仕方ないですね。分析科に回しましょう」
学院は教育施設だが、同時に最先端の研究施設でもある。
この辺りは、現代日本の大学と立ち位置が近い。
分析科は学院内にある施設の一つで、その名の通り対象を分析するところだ。
以前は博物学的な立ち位置だったようだが、魔石が発見されてからは魔法的なものに分析対象が移っているらしい。
中には魔物の分析をしている研究者もいるとか。
「にしても、ここにはこれ以上の手がかりはなさそうですね」
「早く出ましょう」
「そうですね。夜にまた来ましょう」
「……何ですって?」
クレア様が信じられないことを聞いた、という顔をした。
「夜になったら、真相が分かるかもしれないじゃないですか」
「で、でもですわね。本当に幽霊が出たらどうするんですの?」
「捕まえるなり、退治するなりすればいいじゃないですか」
怯えるクレア様をいじって遊ぶ。
「そ、そういうのは軍の仕事ではありませんの?」
「モノホンのアンデッドならともかく、幽霊ごとき学院騎士団で十分ですよ。大体、幽霊なんているわけないじゃないですか」
「そ、それはそうですけれど、さっきのゲル状物質のこともありますし……」
「大丈夫ですって。私が守ってあげますよ」
「馬鹿になさらないで下さる!? 自分の身ぐらい自分で守れますわ!」
お、段々元気になってきた。
「それじゃあ、本番は夜ですね」
「はあ……。どうしてあなたはそんなに楽しそうですの……」
◆◇◆◇◆
そして夜0時を回った頃、クレア様と私は連れだって再び調理室にやってきた。
鍵を開けて中に入る。
「……何もいませんわね?」
「そうみたいですね」
「ほら、異常は何もありませんでしたわ。きっと幽霊は何かの見間違いだったんですのよ」
「念のため、一晩は様子を見ましょう」
「ここでですの!?」
クレア様が嘘でしょう、という顔をする。
「大丈夫です。レーネに言って、寝具は用意して貰っています」
調理室の隅に布団が用意されていた。
「最初からそのつもりだったんですわね?」
「はい」
クレア様と疑似お泊まりデートである。
「布団の用意をしますね」
「ちょっと! ホントにここで一夜を明かすつもりですの!?」
「そうですよ?」
わたわたするクレア様を尻目に、私は布団を整えた。
「はい、じゃあ寝ましょうか」
「一枚しか敷いてないじゃありませんの! ちゃんと二枚あるんですから、二枚敷きなさいな」
「え? だってそれだとクレア様と同じ布団で寝られないじゃないですか」
「それでいいんですのよ!」
「わがままだなあ」
「わたくしですの!? わたくしが間違ってますの!?」
仕方がないので二枚布団を用意した。
「クレア様は先に布団に入っていて下さいな」
「あなたはどうするんですの?」
「私はちょっと夜食でもと思いまして」
キッチンの使用許可は取ってある。
私は材料を取り出して計量を始めた。
「……あなた、料理も出来ましたのね」
「平民なら当たり前のことですよ」
「……そうですわね」
「でも、最近は新しいレシピに挑戦したりしてるんです。それがけっこう、面白くて」
「そうなんですの。平民らしい趣味ですこと」
何ごとも起きないのでいつもの調子が戻ってきたのか、クレア様がそんなことを言う。
「……って、あなたいつも私の側に仕えてるじゃありませんの。いつ料理をしてるんですの?」
「夜中にこっそりと、ですね」
「ああ、そうなんです……の……?」
そこでクレア様の表情が固まった。
「夜中に……調理室で?」
「はい」
「まさか……。調理室の幽霊って……?」
「はい、私のことだと思います!」
「帰りますわ!」
布団をほっぽり出して自室に帰ろうとするクレア様。
それを青い物体が遮った。
「ひっ! で、出たー!」
「よく見て下さい、クレア様。レレアですよ」
「え……?」
ふるりと震えて自分をアピールするレレア。
調理している間はレレアの相手が出来ないので、鞄から出して自由にさせているのだ。
「それじゃあ、あのゲルの正体も?」
「はい、レレアだと思います」
「……本当に人騒がせな飼い主とペットですこと」
うんざりした顔でクレア様はうめいた。
「黙っていたのは謝ります。お詫びにこちらを召し上がって下さいな」
私は完成した料理を差し出した。
「これは?」
「新作のお菓子です。クレア様のお口に合うといいのですが」
「何を言ってますの。わたくしの口に合うものなんて、それこそブルーメクラスでなければ到底――」
そう言いながらも一口食べてくれるクレア様。
まあ、味見してこき下ろそうとしてるかもしれないけども。
「!? 美味しいですわ!? なんですのこれ。ケーキのようで中にとろっとしたものが……」
「フォンダン・オ・ショコラという料理です。チョコレートケーキのなかに、温かくとろかしたチョコレートが入っています」
「チョコレートはブルーメでも最近始めたばかりの最先端のお菓子ですわ。それを応用したお菓子が作れるなんて……あなた本当に何者ですの?」
クレア様がまたうさんくさいものを見るような目で私を見た。
つり目がちな目がチャーミングですね。
「何者って、クレア様の愛の奴隷ですけど?」
「だからそういう冗談で誤魔化すんじゃありませんわよ!」
「まあまあ。冷めると美味しくないお菓子なんで、早めにお召し上がり下さいな。今、お茶も入れます」
「全く……。でも、このお菓子は素敵ですわ。褒めて差し上げます」
「ありがとうございます」
甘い香りの中で、クレア様とティータイムを共にした。
その後はなんやかんやとりとめもないことを話しながら、結局、調理室で眠りについた。
「やったぜ、お泊まりデート大成功」
眠りの中にいるクレア様を見ながら、私は小さくガッツポーズをした。
「……うるさいですわね……むにゃむにゃ」
クレア様の寝顔は天使でしたまる。
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