225.どこまでも苛烈に
※ドロテーア=ナー視点のお話です。
幼い頃から自分は周りと違うということに気がついていた。
それは自分が帝室に連なる者だからという意味ではなく、単純に能力の問題だった。
世の多くの者が数年掛けて出来るか出来ないかということが、自分には瞬く間に出来た。
学問でも武術でも、それは変わらなかった。
幼い頃より皇帝となることを期待され、自分もそれを当然のように思った。
何でも出来るというのはつまらない、ということを多くの者は知らないだろう。
何もかもが、自分にとっては暇つぶしのようなものだった。
いずれ帝位を継ぐことは確信していたが、その確信は自分の心をなんら動かさなかった。
物心つく頃には、既に人生に倦んでいた。
他人からすれば贅沢な悩みだと言われるだろう。
だが、余にとってこの世界は退屈極まりないものだった。
それが一変したのが、あの魔王なるものとの遭遇だった。
『……』
目の前で次々と家臣たちが死んでいった。
余よりも遙かに弱き者たちが、余を守ってその命を散らした。
どうすることも出来なかった。
余はあまりに無力だった。
『あなたは殺さない。あなたを殺すと、歴史が変わりすぎてしまうから』
魔王はそう言い捨ててその場を去った。
後に残されたのは、無数の亡骸と愚かな道化一人。
恐怖を思い知らされた。
そして、そこからの人生は、その恐怖を根絶するだけのものになった。
『ま、待て! 何が望みだ!? 帝位ならお前が長じればすぐにでも――』
先帝である父を殺した。
七歳の時だ。
父は余が成人すればすぐに譲位するつもりだったようだが、それでは遅すぎると余は思った。
早く、一刻も早く。
あの魔王を倒すには、強大な帝国を作らなければならない。
いや、帝国だけではダメだ。
人類が一丸となって立ち向かわねば、あの災厄には敵わない。
それからは国を大きくすることに邁進した。
侵略を繰り返し、無理矢理人類を一つにしようとした。
それは強引すぎる方法ではあったのだろう。
どのような大義があろうと、侵略などという行為が正当化されるはずもない。
自分に正義がないことは分かっていた。
それでも、やらなければならないと思った。
『陛下、もっと人の痛みを知りなされ。今のままでは、誰も陛下を理解しませんぞ』
じいやは事あるごとにそう説教してきた。
理解などいらぬ。
余が求めるのは力のみ。
力がなければ何も出来ぬ。
力こそが余の全てとなっていた。
そうして気がつけば、余の周りからは誰もいなくなっていた。
◆◇◆◇◆
「さすがのキミも、そろそろ疲れてきたのではないかね?」
アリストなる魔族が、嬲るような口調でそうさえずった。
聞くに堪えぬ戯れ言ばかり垂れ流すその口を、一刻も早く閉じてやりたかった。
「しかしまあ……。敵ながら正直感心してしまうよ。まさかこれだけの数をけしかけて、まだ立っているとはね」
言われて見回せば、余の周りには魔物や魔族の亡骸が無数に散乱していた。
もう何匹斬ったか分からぬ。
それでも、余の前にはまだまだ無数の魔物や魔族が控えていた。
「諦めてはどうかね? いくらキミが強かろうと、この数を相手に一人は無謀というものだ」
「そうであるな」
辺りにはもう、立っている人間は余だけであった。
殿を務めた部隊の兵士たちは、余を残して皆、先に逝ったらしい。
余とて一人で襲撃者たちを全て切り伏せられるとは思っていない。
だが、まだだ。
まだ倒れるわけにはいかない。
「やれやれ……仕方ない。私が直々に相手をして上げよう。光栄に思い給え」
「さんざん部下を犠牲に消耗させておいて、その言い草は笑えんぞ」
剣を構える。
愛用の双剣はあちこち刃こぼれしているが、折れずにここまで戦ってくれた。
もう少し、耐えて見せよ。
「ふっ――!」
鋭く息を吐き、魔族との間合いを詰める。
これが剣神ドロテーアの踏み込みか、と自分でも呆れるほどに遅い。
スースの一個大隊とやり合ったときでも、ここまで消耗はしなかった。
願わくば、余たちの戦いが少しでも長く時間を稼げていることを、と思う。
「この私に正面から斬りかかるとは……よほど余裕がないと見える。これで終わりだ、剣神」
余の剣閃のその先に、魔族の爪が見える。
このままではいなされて終わる。
返す刀の前に、余の首は跳ねられていよう。
だが――。
「なに!?」
恐らくアリストには、余の身体が消えたように見えたに違いない。
余は残る力ではあり得ぬ速度で、アリストの後ろに回った。
これが余の最後の隠し球――生きる鎧である。
余が纏うこの漆黒の甲冑は、生きる魔道具である。
魔法を使えぬ余が唯一使えるこの魔道具は、帝国の遺跡で発掘された古代文明の遺産で、代々帝室に受け継がれてきたもの。
この魔道具は魔道具そのものが意志を持っており、装着者を守るように自律稼働する。
「油断が仇となったな、魔族」
余は最後の力を振り絞って剣を振り下ろした。
「――油断、か。これは余裕というものだよ、皇帝」
必殺を期して振り下ろした剣は、魔族ではなく別のものに食い込んで止まった。
「卑怯……ではないな」
「ああ、戦場ではなんでもありだ。そうだろう?」
魔族の前にオーガが一人、身体を投げ出していた。
余の剣はオーガの角を半ばまで切断したところでポキリと折れた。
「キミは強かったよ、皇帝。だが、さようならだ」
アリストの爪が、余の右胸を突き破った。
考えずとも身体が理解する。
致命傷だ。
「……」
「なんだい? 遺言なら聞こうじゃないか。キミの娘にしかと伝えてあげよう」
「……い」
「? もっと大きな声で言い給え」
耳を寄せて来た魔族の頭を、消えゆく力を寄せ集めて掴む。
「……道連れだ。供をせい」
「!? 貴様!?」
次の瞬間、余の鎧から黒い炎があふれ出し、魔族を巻き込んで燃え上がった。
「ぐあぁぁぁっ……!!」
「旧文明のものと言われる炎だ。とくと味わって死ね」
装着者の命が燃え尽きるのと同時に発動するこの炎は、神が鍛えたというアダマンタイトですら溶かすという。
黒炎は生き物の触手のようにアリストに絡みつき、その体を焼き尽くしていく。
「貴様あぁぁぁ!!」
「ふふ……ふははは……!」
フィリーネとの約束は守れなかったが、これなら悪くない。
存外、悪くない気分だ。
(許せ、フィリーネ。余の死など笑い飛ばして見せよ)
孤独に生きてきた自分が最後に思うのが、愛せたとは言えない我が娘のことだとは。
こみ上げる笑いに身を任せながら、余は最後の意識を手放した。
――今逝くぞ、ディートフリート。
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