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私の推しは悪役令嬢。  作者: いのり。
第十六章 帝都襲撃編
233/277

225.どこまでも苛烈に

 ※ドロテーア=ナー視点のお話です。


 幼い頃から自分は周りと違うということに気がついていた。

 それは自分が帝室に連なる者だからという意味ではなく、単純に能力の問題だった。

 世の多くの者が数年掛けて出来るか出来ないかということが、自分には瞬く間に出来た。

 学問でも武術でも、それは変わらなかった。


 幼い頃より皇帝となることを期待され、自分もそれを当然のように思った。

 何でも出来るというのはつまらない、ということを多くの者は知らないだろう。

 何もかもが、自分にとっては暇つぶしのようなものだった。

 いずれ帝位を継ぐことは確信していたが、その確信は自分の心をなんら動かさなかった。


 物心つく頃には、既に人生に倦んでいた。

 他人からすれば贅沢な悩みだと言われるだろう。

 だが、余にとってこの世界は退屈極まりないものだった。


 それが一変したのが、あの魔王なるものとの遭遇だった。


『……』


 目の前で次々と家臣たちが死んでいった。

 余よりも遙かに弱き者たちが、余を守ってその命を散らした。

 どうすることも出来なかった。

 余はあまりに無力だった。


『あなたは殺さない。あなたを殺すと、歴史が変わりすぎてしまうから』


 魔王はそう言い捨ててその場を去った。

 後に残されたのは、無数の亡骸と愚かな道化一人。

 恐怖を思い知らされた。

 そして、そこからの人生は、その恐怖を根絶するだけのものになった。


『ま、待て! 何が望みだ!? 帝位ならお前が長じればすぐにでも――』


 先帝である父を殺した。

 七歳の時だ。

 父は余が成人すればすぐに譲位するつもりだったようだが、それでは遅すぎると余は思った。


 早く、一刻も早く。


 あの魔王を倒すには、強大な帝国を作らなければならない。

 いや、帝国だけではダメだ。

 人類が一丸となって立ち向かわねば、あの災厄には敵わない。


 それからは国を大きくすることに邁進した。

 侵略を繰り返し、無理矢理人類を一つにしようとした。

 それは強引すぎる方法ではあったのだろう。

 どのような大義があろうと、侵略などという行為が正当化されるはずもない。

 自分に正義がないことは分かっていた。


 それでも、やらなければならないと思った。


『陛下、もっと人の痛みを知りなされ。今のままでは、誰も陛下を理解しませんぞ』


 じいやは事あるごとにそう説教してきた。

 理解などいらぬ。

 余が求めるのは力のみ。

 力がなければ何も出来ぬ。

 力こそが余の全てとなっていた。


 そうして気がつけば、余の周りからは誰もいなくなっていた。


 ◆◇◆◇◆


「さすがのキミも、そろそろ疲れてきたのではないかね?」


 アリストなる魔族が、嬲るような口調でそうさえずった。

 聞くに堪えぬ戯れ言ばかり垂れ流すその口を、一刻も早く閉じてやりたかった。


「しかしまあ……。敵ながら正直感心してしまうよ。まさかこれだけの数をけしかけて、まだ立っているとはね」


 言われて見回せば、余の周りには魔物や魔族の亡骸が無数に散乱していた。

 もう何匹斬ったか分からぬ。

 それでも、余の前にはまだまだ無数の魔物や魔族が控えていた。


「諦めてはどうかね? いくらキミが強かろうと、この数を相手に一人は無謀というものだ」

「そうであるな」


 辺りにはもう、立っている人間は余だけであった。

 殿を務めた部隊の兵士たちは、余を残して皆、先に逝ったらしい。


 余とて一人で襲撃者たちを全て切り伏せられるとは思っていない。

 だが、まだだ。

 まだ倒れるわけにはいかない。


「やれやれ……仕方ない。私が直々に相手をして上げよう。光栄に思い給え」

「さんざん部下を犠牲に消耗させておいて、その言い草は笑えんぞ」


 剣を構える。

 愛用の双剣はあちこち刃こぼれしているが、折れずにここまで戦ってくれた。

 もう少し、耐えて見せよ。


「ふっ――!」


 鋭く息を吐き、魔族との間合いを詰める。

 これが剣神ドロテーアの踏み込みか、と自分でも呆れるほどに遅い。

 スースの一個大隊とやり合ったときでも、ここまで消耗はしなかった。

 願わくば、余たちの戦いが少しでも長く時間を稼げていることを、と思う。


「この私に正面から斬りかかるとは……よほど余裕がないと見える。これで終わりだ、剣神」


 余の剣閃のその先に、魔族の爪が見える。

 このままではいなされて終わる。

 返す刀の前に、余の首は跳ねられていよう。

 だが――。


「なに!?」


 恐らくアリストには、余の身体が消えたように見えたに違いない。

 余は残る力ではあり得ぬ速度で、アリストの後ろに回った。


 これが余の最後の隠し球――生きる鎧である。

 

 余が纏うこの漆黒の甲冑は、生きる魔道具である。

 魔法を使えぬ余が唯一使えるこの魔道具は、帝国の遺跡で発掘された古代文明の遺産で、代々帝室に受け継がれてきたもの。

 この魔道具は魔道具そのものが意志を持っており、装着者を守るように自律稼働する。


「油断が仇となったな、魔族」


 余は最後の力を振り絞って剣を振り下ろした。


「――油断、か。これは余裕というものだよ、皇帝」


 必殺を期して振り下ろした剣は、魔族ではなく別のものに食い込んで止まった。


「卑怯……ではないな」

「ああ、戦場ではなんでもありだ。そうだろう?」


 魔族の前にオーガが一人、身体を投げ出していた。

 余の剣はオーガの角を半ばまで切断したところでポキリと折れた。


「キミは強かったよ、皇帝。だが、さようならだ」


 アリストの爪が、余の右胸を突き破った。

 考えずとも身体が理解する。

 致命傷だ。


「……」

「なんだい? 遺言なら聞こうじゃないか。キミの娘にしかと伝えてあげよう」

「……い」

「? もっと大きな声で言い給え」


 耳を寄せて来た魔族の頭を、消えゆく力を寄せ集めて掴む。


「……道連れだ。供をせい」

「!? 貴様!?」


 次の瞬間、余の鎧から黒い炎があふれ出し、魔族を巻き込んで燃え上がった。


「ぐあぁぁぁっ……!!」

「旧文明のものと言われる炎だ。とくと味わって死ね」


 装着者の命が燃え尽きるのと同時に発動するこの炎は、神が鍛えたというアダマンタイトですら溶かすという。

 黒炎は生き物の触手のようにアリストに絡みつき、その体を焼き尽くしていく。


「貴様あぁぁぁ!!」

「ふふ……ふははは……!」


 フィリーネとの約束は守れなかったが、これなら悪くない。

 存外、悪くない気分だ。


(許せ、フィリーネ。余の死など笑い飛ばして見せよ)


 孤独に生きてきた自分が最後に思うのが、愛せたとは言えない我が娘のことだとは。

 こみ上げる笑いに身を任せながら、余は最後の意識を手放した。


 ――今逝くぞ、ディートフリート。

ご覧下さってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 予想外な展開? [気になる点] ありきたりな死亡フラグたってたから、生き残るかな? 助けが来るのかな? って思ってたら特に熱い描写もなく普通に死んでて逆に笑えたよ
[一言] ドロテーアの死の理由は理解しましたが、そうなるとレーネ達はどうなんだという事実から目を逸らせなくなってしまうんですよね…。自分もなんとか考えないようにしてきましたが…。
[一言] そんな……
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